第17話 越えるべき壁
その男が私に近づいてくる。
「嫌……やめて……こっちに来ないで」
それでも、男は歩いてくる。
「あなたの……罪は何ですか?」
「ひっ……」
その男の顔は無表情だったが、明らかに殺意を含んでいた。
今、動かなければ……殺される!
「……あ……あああああああああ!」
私は落ちていた鉄の棒をつかみ、男に向かう。
だが…………。
グワワアーン
「……うっ!」
私の足は黒く染まり、地面に引き寄せられる。
「なんで……急に重く……」
すると、男は剣を腰の鞘にしまった。そして、灰色の髪を揺らしながら、言葉を放つ。
「……相手を殺すことに罪悪感は抱かない方がいいですよ。……それがあなたの敗因になるかもしれません……」
「えっ?」
男から殺意が消えて行く。まるで、私を敵だと思っていないかのように。
なぜだか、その声をどこかで聞いたことがある気がした。
突然、男は一歩後ろにさがる。
すると、男がいた場所に、上から誰かが拳で攻撃して来た。地面がひび割れるのがわかる。
「リズ……?」
「私の友達に手を出さないで」
目の前をリズが守ってくれている。その様子を見ると、男は頭をポリポリとかく。
「……どうやら、あなたとやるのは少し骨が折れそうですね……」
そう言うと、男は黒い翼を広げ、廃墟の上に飛ぶ。よく見るとそこにはもう一人、赤い髪の男がいた。
「おせえぞ。何やってたんだ?」
「すみません。カゲロウ。少し気になる人がいまして……」
そして、吸血鬼の男は赤い髪の男に触れる。
「待て!」
二人は一瞬で消える。代わりに現れたのは一体の人形だった。
上から落ちてきた人形は何の動きもなく、地面に叩きつけられる。どうやら、襲ってくる気配は無さそうだ。
それを感じた私は安心したのか、しゃがみこんでしまった。
「あれが……本物の吸血鬼……」
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
アジトに戻った私たちは、団長の前に三人で並ぶ。
「で? 結局、その吸血鬼が犯人だったと……」
「うん……。私は会わなかったけどね!」
レベッカが頬を膨らませながら、言う。
「そういう時もある。また、作戦を考えるとしよう。……今日はもう自由にしていいぞ」
「まあ……最近は暇な時間が無かったし、寝れてないからねえ」
レベッカは大きなあくびをし、扉に向かう。私たちは彼女についていき、団長の部屋から出ていく。
ふと、私は昨日の吸血鬼の人について考える。
「あの人……なんで私を殺さなかったんだろ……」
「なめられたんじゃないの? あんた弱いから」
レベッカは私をからかうように言う。
「でも……わりとそんなに悪い人ではないように見えたなあ……」
「あんた……。本気で言ってる? あいつは飛行船に乗ってた人間のことなんてまったく考えてないようなやつよ! その時点で悪人でしかないでしょ!」
「そうだけど……」
なんというか……。雰囲気が独特だったのだ。二面性と言うのが一番当てはまっている。彼には残虐性があったが、それ以外も何かを含んでいた気がした。
「まあ、どう考えるかはあんたしだいだけどね……。それより、この後どうする? 私はもう寝たいわ」
私とリズは顔を見合わせる。
「そうだねえ。私は図書館にでも行こうかな」
「私はまたカフェ巡りに行ってくるよ」
そうして、私たちは再び別行動を始める。
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
私はもう一度そのカフェに訪れた。そこには、またあの黒髪の男の人がいた。
私はその人に話しかける。
「……また、お話をしてくれますか?」
「ええ。もちろんですよ」
そして、私はマスターにカフェラテを頼む。
「どうやら。気に入ってくれたみたいですね」
「はい。また飲みたくなる味だったので」
「じゃあ、僕も同じ物を頼んでみましょうかね」
「えっ?」
その男の人はマスターにカフェラテを注文する。
「大丈夫なんですか? 確かコーヒーは苦手だって……」
「何を言っているんですか?」
男は微笑みながら、言う。なぜだか、その笑顔には引かれるものがあった。
「僕は……苦手というのは克服するためにある……と思うんです。小さなことから、少しずつでもいいから、できることを増やしていかないと……」
「……すごいですね……」
目の前にカフェラテの入ったカップを渡される。その水面にぼやけながら映る自分の顔を眺めながら、言う。
「私には……そんな勇気は無いです。……いつも誰かを頼って……自分からは何もしない……。……だから、他の人がいないと怖くなってしまう。私はそんな臆病な人間なんです」
「……そうなんですか……」
私は自分で言っていて、嫌になってきた。こんな風に、他人に頼るだけの人生なんて……。
「あなたの人生は……あなた自身が変えられるものですよ」
「えっ?」
「ただ焦らずに……少しずつ……少しずつ……変わっていけばいいんです。……急に変われるほど、人間はよくできていないので……」
男の人の前にも、同じくカフェラテが置かれる。それを男は口につけ、飲み始める。
ゴクッゴクッ。
やがて、カップをカウンターに置く。すると、男はしぶい顔をする。
「……やっぱり……苦いですね……」
「ふふふっ。あははははっ」
「笑わないでくださいよー」
「だって……苦手なのに、そんなに一気に飲まなくてもいいんですよ」
男は空になったカップを眺める。そして、こちらに笑顔を送る。
「確かにそうですね。僕の方が焦ってしまいました」
「あははっ」
私は思わず笑いをこらえられなかった。こんなに笑ったのはいつぶりだろうか……。
「はは…………私も……」
「?」
「私も……頑張ってみようかと……思います」
「応援してますよ」
なぜだか、その人の言っていることを聞くと、私にも勇気がわいてきた。
唐突に私はあることを考える。そういえば、私は自己紹介をしていなかった。
「私、ジェナって言います」
「僕はサクラザカです。できれば、おすすめのカフェを今度紹介してください」
「飲めないのにですかあ?」
「はははっ。そういえば、そうでした……」
会話を楽しみ、カフェラテの入ったカップに口をつける。
その味はいつにも増して、おいしかった。
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
「みんな。集まったか?」
私たち三人は再び団長のもとに集まった。どうやら、新しい作戦ができたようだ。
「ここ2日間の間、やつらは数々の拠点を襲撃してきた。そこで、私は今回のやつらの目的を推測してみた」
団長はホワイトボードに地図を掲げながら、言う。しかし、レベッカはそれについて、反論する。
「その推測が当たってる可能性があるの? た だの妄想になるんじゃない? まず、その根拠を教えてよ!」
「……勘だ」
「はあっ!? マジで信用ならないじゃん!」
団長は地図にいろいろと書き込んでいる。それは襲撃した箇所と……もう一つ……ある場所だった。
「アトル湖近くの……自然公園……?」
「襲撃された場所はどこもそこから離れている。つまり……今までの襲撃は陽動と考えた。だから今回お前らには、この公園までのルートを捜索してもらう」
私たちはその地図を眺める。そして、またもやレベッカが団長に向かって言う。
「で? その推測がはずれた場合は……?」
「その場合……各地に配置された財団の能力者が対応する」
「なるほど……団長? 一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
レベッカは鋭い瞳で団長を見る。
「私たちを……安全な方に運ぼうとしてない?」
「何の話だ?」
「たぶん……私たちには、これが主要の計画のように伝えてるけど……他の人には拠点を守ることが中心の計画って伝えてるよね? それってさあ。私たちはあくまで予備ってことだよね?」
「どうだろうな? そう思いたいなら思えばいいんじゃないか?」
「ふふっ。まあいいけどさ……」
そして、彼女は皮肉をこめて団長を睨む。
「あまり子ども扱いしないでよね……」
「そんなつもりはない……。さあ、早く行ってこい」
「……はいはいっ。団長様の言うとおりにしまーす」
レベッカは部屋を出ていく。それに私とリズもついて行く。
なぜだか、冷たい風が首筋を冷やしたのを覚えている。




