第16話 自分勝手に生きること
私の名前はジェナ。今日は最近、趣味で始めたカフェ巡りをしている。
「次はこのお店にしようかなー」
そこは赤レンガの屋根を持つ綺麗な店だった。この街にしては珍しい建物だ。
店に入ると、マスターの男が声をかける。
「いらっしゃい!」
「こんにちはー」
イスに腰掛けてメニューを眺め、飲み物を選ぶ。
「何が良いかなー」
「ここはカフェラテがおいしいらしいですよ」
隣の眼鏡をかけた男の人が声をかける。
「そうなんですか? じゃあそれにしようかなー」
「逆にそれ以外はそこまでおいしくないです」
ゴツンッ
マスターの重々しいチョップが男の頭に衝撃を与える。男はカウンターに倒れ込む。
「そんなことは無いぞ。嬢ちゃん。好きなものを頼んでくれ」
「そうですね。でも、カフェラテを飲んでみようかな。せっかくですし」
「あいよ!」
マスターが作っている時、その男が私を眺めている。
「あの……。何でしょうか?」
「……いや、面白い人だな……と思いまして」
「……そうですかね?」
マスターがカフェラテを差し出す。それを私は飲む。やっぱり、ちょうど良く時折感じる苦味がカフェラテの良いところである。
「……どうでしょうか? 僕おすすめのカフェラテは……」
「なかなかおいしいですね」
「……ちなみに本当は友達のおすすめなんですけどね」
「えっ。そうなんですか?」
「実は……こう見えてコーヒーは苦手なので……」
それは意外だった。どうりでカフェラテをおすすめしたのに、ずっとストレートティーを飲んでいるわけだ。
「あなたは何か苦手なものはあるんですか?」
「私ですか?」
急な質問だったからか、私は戸惑う。やがて、少し考えると結論を出す。
「暗いところが苦手ですね」
「暗いところ……。どうしてですか?」
「……なんていうか……不安なんです。今まで見えていて知っていた物が無くなるのが……」
「そうですか……」
そう言うと、その男は空になったグラスをマスターに出し、席を立つ。
「もう行っちゃうんですか?」
「ええ。少し仕事があるので……」
男は扉を開けて出ていく。
「また、ここで会いましょう……黒髪のお嬢さん」
そして、私は席で一人になった。残ったカフェラテを飲み尽くす。
ちょうど飲み終わった頃だった。
プルルルルッガチャッ
激しい着信音で鳴く携帯を手に取る。
「もしもし。どうしたの? レベッカ?」
『もう集合の時間よ! さっさとアジトに来なさい!』
こうやって、私の平和な時間は終わりをつげるのであった。
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「遅いわよ! ジェナ!」
私はアジトの入り口に向かう。そこには茶髪のツインテールの少女、レベッカと、水色の髪のポニーテールの少女、リズがいた。
「ごめんごめん。カフェ巡りをしてたら、つい時間を忘れちゃって……」
「あんたってやっぱ変わってるわね……。カフェのどこがいいのかしら」
レベッカは肩をすくめて言う。
「まあでも……カフェに行くと落ち着くよね……」
「さすがリズ! わかってくれるよね……」
私とリズはその話で盛り上がる。しかし、そこにレベッカが入り込んでくる。
「そんな話はいい! 私はどうしてもあの忌々しい吸血鬼野郎を殺したくて殺したくて仕方ないのよ!」
怒りを抑えられないレベッカを見て、リズに事情を聞く。
「何があったの?」
「なんていうか……その吸血鬼の人にこてんぱんに負けちゃったらしいんだよね……」
「そうなんだー。レベッカより強い人ってどんな人だろう」
二人で話していると、またレベッカが割り込んでくる。
「負けてない! あいつが卑怯なロープを使わなければ勝ってた! 次やったら絶対勝てる!」
「負けた理由がわかっていないやつが、次勝てると思うな」
そんなレベッカの後ろからある男がやって来る。
「ブラック団長!」
団長はレベッカの頭をポンポン撫でる。レベッカはその手を思いっきり突きとばす。
「子ども扱いしないで! 私は負けてない! 何度も言わせないでよ」
「まあ、そのうちわかるだろうな……」
「……で? なんで私たちは呼び出されたの?」
「そうだそうだ……忘れてた」
団長はユニギリム、今いる街の地図を取り出す。そこには印がついていた。
「この地域の連中が最近被害を受けてる。今夜はそこに調査に向かってもらう」
「……ええ。ただの調査? そんなのやって何になるの?」
レベッカはがっかりした表情で不満をもらす。
「言っておくが、調査だって大事な役割だぞ。それに……今回はあの吸血鬼の目撃情報もある」
「本当!? じゃあ、早く行かないと! まずはどこに行けばいいの?」
さっきとは見間違えるほど、やる気が出ていた。そんなレベッカの姿に私とリズは唖然とする。
「本当に吸血鬼の人のことになると、すごい執念だよね……」
「まあ。それがあの子の良いところではあるのだけれど……」
レベッカは団長から地図を受け取り、二人に言う。
「さあ! さっそく調査を始めるわよ!」
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私たちはとある廃墟に向かった。そこは同じ財団のメンバーが集まっている場所であった。
「やっぱり……ここらへんはあんまり来たくないわね……。どいつもこいつも偉そうなふりばかりしてるもの」
レベッカはそうつぶやく。当然のことだ。だって、ここらは同じメンバーとはいえ、ほとんどがチンピラと変わらない連中ばかりなのである。
だが、その日は妙だった。そのことにリズも気づく。
「なんだか……人が少ないね……」
いつもは話しかけてくる人がいるのに、今日は誰も私たちに絡んでこない。
そして…………。
「うう……」
路地裏から一人の男が現れた。その男は大きな怪我を負っていて、倒れる。
レベッカはそんな彼に話しかける。
「ちょっと! どうしたのよ!? ここで何があったの?」
男は苦しみながらも口を開く。
「二人組の……男が……襲撃してきた……。一人は……灰色の髪をしていた」
その言葉を聞いた時、レベッカはニヤリと笑った。
「あいつが……いるのね……」
レベッカはその路地裏に走り出す。それに私とリズも着いていく。
私はレベッカの奇妙な行動に疑問を抱いていた。
「ちょっと待ってよ! もしかして、その吸血鬼の人がいるの?」
「うん! まさか! こんなに早く会えるなんて!」
レベッカはさらに走る速度を上げる。私はそれに追いつけるほど速くなかった。
「ちょっと……待って……」
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私は二人とはぐれてしまった。
「はあ、はあ、はあ……ここ、どこ?」
周りは廃墟に囲まれ、空に昇った月だけが光を与えていた。少しここにいるのは好きではなかった。
その時……。
「ぎいやああああああああああああああああああああ!」
突然、近くから叫び声が聞こえた。
「もしかして、例の吸血鬼が近くにいるの?」
私は脚が震えていた。なんせ三人ならまだしも、一人で戦って勝てる自身など無いからだ。
恐る恐る、声のする方向に進む。そこには……。
「……なにこれ……」
心臓をひとつきで貫かれた死体があった。
「……ひっ……」
こんなにあっけなく人は死ぬものなんだなと思った。同時に次は私がこうなる番な気がした。
不意に……後ろから何かが来る気配がした。
「ぐっ!」
私は目の前に飛び込み、その攻撃を回避する。振り返ると、そこには……灰色の髪でマスクをした男が地面に剣を刺していた。そして、その剣を抜き取り、私を見下ろす。
「こんばんは……」
「あっ……ああ」
私は恐怖を隠すことができなかった。まるで、その男の目は罪人を裁く執行人のような目をしていた。




