第13話 『逃走』
サクラザカは逃げる。何度も何度も角を曲がり、先を目指す。
そんな中、あの少年の声が聞こえてくる。
「おいおい…………逃げる意味なんてあんのか?」
少年は目の前に現れる。サクラザカは腕で防御するが、蹴りで吹き飛ばされる。いくつかタンクや施設を突き破って別の路地に出る。
サクラザカは再び走り出す。
「こんなことを繰り返して……何の意味があるんだ?」
それでもサクラザカは走る。
「……ふざけてんのか?」
少年は瞬間移動し、サクラザカの腹を蹴る。そのまま吹き飛び、またサクラザカは走り出す。
ずっとそれの繰り返しだった。
「いいかげん、諦めたらどうだ?」
サクラザカは何を言われても走り続ける。自分の体力が持つ限り、走り続ける。
その光景に少年は、うんざりしていた。
「うぜえ……。例えると……攻撃力が無い癖に防御力とHPだけ無駄にあるゲームの敵ぐらいうぜえよ……お前。だが、無限じゃあねえ。必ず限界がある……。そろそろ見えてきたみたいだぜ」
サクラザカは走るのをやめる。その先に道は無く、ただ湖が広がっていた。
「これで……終わりだな……」
「…………」
もうサクラザカに逃げる道は無い。かといって、その少年に対して、全力で戦うほどの体力も無い。
つまり、この状況は詰んでいるのだ。
「くくくくくっ。くかかかきくけけけけけ! やっとてめえをぶち殺せるぜ。これほどまで最高の気分はねえ! ただ……その袋には興味があるなあ。まあ、てめえを殺した後でも間に合う話だからいいがな」
その少年は剣の短冊を出現させる。その短冊には『硬いものほど壊しやすくなる能力』と書かれていた。まさに吸血鬼を殺すにはうってつけの能力だ。建物を破壊できたのもその能力のおかげだろう。
サクラザカは状況を確認し、うつむく。
「くくくっ。どうやら諦めちったらしいな。かかかかっ! いやあ、弱すぎて手応え無かったなあ。はっはっはっは!」
「君の罪はそれだ」
「ああ?」
少年は笑いを止め、サクラザカの方を向く。
「君の罪は、最強の能力であることだ」
「なんだ……。ただの負け惜しみかあ。見苦しいぜ!」
「最強だから……魔法の知識なんて学ぼうとも思わなかったんでしょうね。魔法がからんでいない状況だったら、僕は詰んでいた」
「は?」
サクラザカは手にライターを取り出す。
「このライターは、さっき逃げてる時に拾ったものです」
「そんなライターで何ができるって言うんだ? 異世界転移の先輩さんよお!」
「重要なのはライターじゃあない。重要なのは火元があることだ」
ドガアアアン!
その時だった。急にどこかから爆発音が聞こえたのは。
「はっ? なんだ? 何の音なんだ?」
サクラザカとその少年はその場所からの煙を眺める。
「……どうやら……誰かがタバコか何かを捨てたんでしょうね。なぜなら、この研究施設には橙色の魔素が充満しているのだから……」
「橙色の……魔素……? 何言ってんだ?」
サクラザカは話し続ける。
「橙色の魔素は……『爆発魔法』を使うのによく使われます。……ただ、操作が難しいし、配列も特殊なので、魔石として使うのが精一杯なんです。だけど……こんな不安定な魔素の中で火をつけたら、どうなると思います?」
「ここら一帯が爆発するってか? だが、そんな都合よくその魔素があるわけねえだろうが」
「ここに来る時、僕らは何を破壊しながら来ましたか?」
「来る時だと? 破壊したものなんて、建物と……まさか!」
少年は驚愕の表情を浮かべる。
「あのタンクに入っていたのが、その魔素なのかああ!」
「ええ。やっとわかったんですか?」
その少年は頭を抱える。だが、ある疑問が浮かんだ。
「なら、てめえはなんで、そのタンクの中に入っているのが橙色の魔素だってわかったんだ?」
「なんでって……文字が書いてあったからに決まっているでしょう? 」
「文字だと? この世界の文字は読めないだろ?」
サクラザカは呆れ、昔の自分を思い出しながら、少年をにらむ。
「……そういうところ……ですよ。……あなたの罪は……」
サクラザカはライターを上にあげる。そして、点火する仕草を見せる。
「やめろ! そのライターに火をつけるなああああああああ!」
「さようなら」
その研究施設を光が包む。
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私は道を歩く。
泊まっている宿屋に向かっている途中、アイザック塔に飛行船が突っ込んだことに驚いた。
「……明日からは別の場所に行かないとなあ。……元の世界の人には良いメッセージだと思ったのに……」
私は持っている紙切れを引きちぎり、捨てる。
「ところで……あの迷子の子はちゃんと家に帰れたかな」
一度確認しようかとも思ったが、私にはそんな余裕は無い。今すぐにでも別の異世界転移者を見つけなくてはいけない。
そして、ちょうど日が昇り始めた後のことだった。
「さて……次はどこにしようかな? ……んっ?」
そんな時、私の携帯から電話がかかってきた。
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「ぷはあっ」
少年は水の中から姿を現す。
「ちきしょお。あの野郎! 俺を驚かせやがって」
サクラザカが火をつける時、少年は瞬間移動し、湖に飛び込んだのだ。そのため、爆発から身を隠すことができた。
「くっ……くくく」
少年の口から笑みがこぼれる。
「はっはっはっは! これで俺の勝ちだ! もうあいつは爆発に巻き込まれて死んだ。くだらねえぜ。自分のやったことで死ぬなんてよお! ひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっ!」
少年は戦う前はサクラザカのことを虫けらと同レベルと考えていた。だが、戦いの中でサクラザカの強さを理解し、彼を倒せたことに優越感を覚えていた。
「はっはっはっは。これで俺は最強に一歩近づい……なんだ……これは……」
少年はある違和感を感じた。いや、違和感というには大きすぎるほど異常なことが起きていた。
研究施設が無事なのだ。
「はっ? なんで……爆発したのに……まったく壊れてないんだ?」
「これが……経験の差……だ」
その声は少年の後ろから聞こえてきた。
サクラザカが黒い翼をはばたかせながら、宙に浮いている。
「なんで……生きているんだ……」
「わるいですが……さっき嘘をつかせてもらいました。ここに充満しているのは……橙色ではなく黄色の魔素です。黄色は火を通したら光るだけ。あなたはその光を爆発と勘違いした……。音も水に入った時の音で聞こえなかったと思ったんでしょうね」
「てめえ!」
「でもまあ。仕方ないですよね。あなたはこの世界に来てから2、3日……というところでしょうか。だから知らないのも無理はない」
サクラザカは少年を見下ろす。その黒い瞳には明らかな軽蔑の意味がこもっていた。
「だけど……無知なあなたが悪いんですよ。この世界は知っている者が勝つようにできている。だから、いろんな人と出会い、そして学ぶ。それができて初めて強くなれるんですよ」
グワワアーン
サクラザカは腕を黒く染める。
「あなたのように一人で何の努力もしない人間に僕らは負けない。それを証明するために……僕があなたの罪を裁きます」
「うるせええええええええええええ! 俺は一人で生きていくって決めたんだあああああああああああああああ!」
少年は再び瞬間移動する。サクラザカの背後を取る。
「勝った! これでお前の頭を砕いて…………えっ」
その時、サクラザカの腕はすでに殴る体勢ができていた。
「あなたのような一人ぼっちの最強なんかに」
少年の目の前に拳が近づく。
「多くの人と助け合って、力をつけてきた無敵が……負けるわけないだろ!」
バガシュッ!
少年の顔面にサクラザカの拳がねじ込まれる。少年はその拳を軽くするが、サクラザカは腕を赤く発光させる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ぎえあああああああああああああああああああ!!」
そのまま、少年は湖の方向に吹っ飛ぶ。そして、向こう岸の建物をいくつか貫いていき、見えない場所まで飛んでいった。
その遠く離れ、ついには見えなくなってしまった少年にサクラザカは言葉を放つ。
「あなたが負けた理由を……この世界で確かめてきてください……」
サクラザカはあまりの疲れに倒れる。そして、あの少年に言ったことが自分にも、当てはまっていることを自覚する。
あの館を出てから、サクラザカは一人で戦っていた。一人で強くなろうとした。
そのまま、サクラザカは目を閉じる。そして、彼はあることを考える。
――そういえば、なんで施設の一ヶ所が本当に爆発していたんだろうなあ――
まあ、おおかた誰かがその魔素のタンクに本当にタバコをつけたのだろう。
この街の住民を考えるあたり、あり得ない話ではなかった。
「僕のやるべきことが終わったら……カゲロウの手伝いをするのも……悪くないかもな……」
そして、暗闇の中に朝日が昇る。




