第11話 弾かれる実力
男は少女の前に立ち、サクラザカと向かい合う。
「あなたは誰ですか?」
「俺かい? 俺はヴェルル財団のトップ……。ブラックだ」
「あなたが……財団のトップ……」
サクラザカの黒い瞳が男をにらみつける。その瞳には明らかな殺気が込められていた。
「ブラック……さんですか……。つまり……あなたは団員すべてに命令を下していると……」
「ああ。そうだな。それが何か関係あるのか?」
「ええ。とても重要なことです」
サクラザカはライリーのことを思い出していた。つまり、この男がシカズというやつを送らなければ、ライリーは死なずにすんだ。アリアだって眼球を傷つけられずに済んだ。サクラザカも……。
そこで思考を止めた。
「……大丈夫です。こっちの話なんで」
「そうか? それならいいんだがな」
倒れていた少女がその男に話しかける。
「団長……逃げて……あいつは……強すぎる」
男は少女の前で座り込む。そして少女の頭を撫でる。
「俺が来るまで、よく耐えたな。ゆっくり休め」
少女はそれを聞くと、安心したように眠っていく。
「さてと……」
男は立ち上がり、サクラザカの方を見る。
「勘違いしないでほしい。別にお前に対して、仲間を殺された復讐を果たそうとか、そんなことを考えてるわけじゃないさ」
男は笑みを浮かべながら、そう言った。
「別に復讐なんてものは虚しいだけだからな」
「……ッ!」
その時、男の蹴りがサクラザカの腹に命中する。感じたこともないような激痛がサクラザカを襲う。
「だが、俺は今、虚しさを欲している」
「くそっ!」
サクラザカはその男から距離を取る。しかし、男はすぐに追いついた。
「まあ。そう焦るなよ」
男の蹴りはサクラザカを上へ突き飛ばす。サクラザカは螺旋階段を次々と突き破り、最上階までたどり着いた。
「がっ……はっ!」
男の蹴りの威力が強すぎて、吸血鬼の体を持ってしても口から血を吐くほど痛みは強烈だった。サクラザカは翼を広げ、四肢を身体強化する。
そして、突き破った穴から下に向かい、男の方に突き進む。
同じように男も地面を蹴って、上へ飛ぶ。ただの人間にしてはあり得ない跳躍力だった。
サクラザカと男は螺旋階段上の空中で激突する。お互いの腕がぶつかり合い、火花のような光を発する。
男はサクラザカと同じ身体強化の魔法を使っていた。
グワワアーン
サクラザカは能力を発動する。地面から最も近い腕が黒く変色する。
「うおおおおおおおおおおお!」
サクラザカは男を地面に突き返した。単純な力はサクラザカの方が上だった。
だが、男の目はこのことを予想していたがごとく、冷静に状況を捉えていた。
「なんだ? いったいなにを?」
男は地面に到着する直前、見えない何かに乗った。そして、その何かが男を再び押し出す。
「なに!」
サクラザカは再び身体強化をし、防御する。だが、受けとめた時、大きな違和感を感じた。
異常なほど、力が強かったのだ。まるで、サクラザカがさっき与えた力をそのまま返しているように。
サクラザカは再び最上階に押し出された。床に叩きつけられた時、吐血した。
「……がはっ! 何なんだ。あの能力は……」
右腕の骨は折れていた。本来なら、吸血鬼の治癒力ですぐに治るはずだが、さすがにあのレベッカという少女からの連戦で疲労が溜まっていた。
ガブリッ!
サクラザカは自分の左手に噛みつく。若干、貧血気味で意識が朦朧としているが、すぐに立ち上がり辺りを見回す。
「ん?……なんだあれは……?」
そこには何かを入れた袋があった。
「まさか……これが僕らの探し求めていたものなのか」
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男は階段を上がる。
「君は……確か……サクラザカと言ったか?」
そして、最上階にたどり着く。
「君はまるで正義のヒーローみたいだな。自分で言うのもアレだが、財団はとてつもなく大きな組織だ。そんな組織に喧嘩を売るなんて、実に正義感が強いんだな」
塔の最上階には一本の道があった。その先で道は途切れ、空があるだけで、下には街並みが広がっている。
その道の先端にサクラザカはいる。
「だが、現実はそんなに甘くない。その手に持っているものを渡してもらおうか?」
サクラザカは終始無言だった。そして、手に持っている袋を男の方に投げる。
直後。サクラザカは三本の光の槍を男に向かって撃つ。男の目は袋に向いていたが、即座に槍へ警戒を向ける。
三本ともはずれ、一本は塔の壁に……。もう二本は塔の壁を突き破ってどこかへ飛んでいった。
落ちてきた袋は男の手につかまれる。
「なるほど。さすがは吸血鬼だ。狙いも正確だし、殺意に満ちていた。だが、もう終わりだ」
男は服の内側から拳銃を取り出す。そして、それをサクラザカに向ける。
「さあ。最後に何か言い残したことはあるか? サクラザカくん」
サクラザカは一瞬何かを考え、口を開く。
「……バネ……ですよね? あなたの能力は……」
「…………」
「あんたの特殊能力は『バネを発生させる能力』ですよね? だから、攻撃の衝撃も吸収し、再利用できたんだ。違いますか?」
「それが……最後の一言でいいのか?」
男が拳銃の引き金を引こうとする。
その時。
「…………!」
男は体を横にずらした。すると、一つの光の槍が袋を持った手をかすり、サクラザカの元に戻っていく。
「油断したところを後ろから奇襲……ってことか。一度撃った槍を引き寄せてくるとは、なかなか機転がきくな。だが、これでもう終わりだ」
再び、拳銃をサクラザカの方に向ける。
だが、男は目を閉じ、拳銃をおろす。
「…………なるほど。そういうことか。……その槍は……妙だと思ったんだ」
クウウウウウウウン
空気が謎の音を発生させている。
「……さっきの言葉……訂正するよ……。お前はヒーローなんかじゃない」
ドガアアアアアン!
次の瞬間。飛行船が塔に直撃した。
「お前は……大罪人だよ」
男は衝撃で手から袋を落とす。そして、それにサクラザカは飛びつき、空を滑空する。
「あいつの光線には緑の魔素が埋め込まれていた。つまり、何かをくっつけて引き寄せることができる。最初の槍は……俺が手から袋を落としやすくするための傷をつけるもの。そして、残りの二つは飛行船に刺し、飛行船を塔に引き寄せ、ぶつけるためのもの……か。そうすれば、俺は袋を落とすし、銃の狙いも正確じゃなくなる。しかし……」
サクラザカはもう見えないところまで飛んでいった。そんな中、男は飛行船を眺める。
「……この飛行船には、たくさんの人が乗っている。それなのに、あいつはこの策を実行した。恐ろしいやつだよ。あいつは目的のためならどんな犠牲をも払う心を持っている」
男は携帯を取り出し、電話をかける。
「もしもし。ブラックだ。作戦は失敗だ。手掛かりを持ったやつを逃がした。名前はサクラザカ。吸血鬼だ。灰色の髪を持つ少年だ」
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少年は地面に着陸するやいなや、倒れ込む。
「はあっ。はあっ。はあっ。やっぱり……長時間の間、吸血鬼の状態でいるのはきついな」
サクラザカは立ち上がり、歩き出す。手に袋を持っていることを確認し、駅に向かう。
その時だった。
「……?」
手に持っていた袋が消滅したのだ。
さすがにサクラザカも動揺を隠せなかった。数歩あるいただけで物が消滅するなどありえなかった。
よく見ると、後ろの方にその袋が浮いていたのだ。そして、ある少年がそれをつかむ。
「……君は……誰ですか……」
「俺か? ………俺は……」
その質問に少年は答える。
「この世界で最強の男だ」




