第8話 『闘争』
俺はサクラザカを連れて歩く。そして、こいつをアイザック塔の内側に寝かせる。
「……くっ!」
俺がこいつを信じていれば、こんなことにはならなかった。
「この償いは、あの男を倒して……果たしてやるからな」
人形と自分の位置を入れ替える。
バッ……ドスッ
場所は変わらず、あの道路だった。
「あいつはどこだ? まだそう離れてはいないはずだ」
瞬間、後ろから気配がする。
バシリリシシシリリリッ!
「ぐおっ!」
とっさにシールドを展開し、やつの攻撃を受け止める。その攻撃は力強く、シールドとの間に火花が散っていた。
その衝撃で、俺もあの男も吹っ飛んだ。お互いの間に距離ができる。
「ほう。さすがは財団狩りをしていただけはあるな。まさか、俺の位置を勘で気づくとは」
「まあ、目に見えなくても、お前の位置はだいたいわかる。お前らのようなクズは皆、同じようなことを考えるからな」
「クズ……か。心外だな。まあ、いいや。どうせお前は一人じゃあ何もできないからなあ」
男は足を赤く発光させる。俺は男に対し、光線を撃ち込む。
だが。
「甘いぜえ」
「なに!」
男は光線をすり抜け、一直線に進んできた。俺はすかさずシールドを展開する。
男の足は光を失い、今度は腕が赤く光る。
バシュッ!
一撃目は防御できた。しかし、
「まだまだだ!」
「くっ!」
何度も、何度も殴ることによって、シールドにひびが入る。
「とどめだ! くらえ!」
やつの腕がシールドを破壊し、こちらに向かってくる。
バキンッ!
「なんだ!?」
男は俺の体が急に移動することに驚く。男の攻撃は俺には当たらなかった。
やつは地面を確認する。そこには橙色の魔石の破片が落ちていた。それは先ほど人形を吹き飛ばす時にできたものだった。
「……なるほど。落ちていた魔石の破片を踏み潰し、衝撃で回避したってか。……なかなか機転のきくやつだ」
男は腕を握りしめ、言う。
「だがよお、あの吸血鬼よりも、お前の方が楽に倒せる。お前は近距離での戦いが苦手だな? なら、そいつと俺は相性が最悪だよなあ? 俺の特殊能力にも気づいているだろ?」
俺は態勢を立て直し、やつの顔を見る。まるで、確実に勝ったと思っている顔を。
「ああ。お前の能力は『光を透過する能力』……だろ? それのおかげで今まで姿を隠していたんだな。だが、お前はたいして魔法に関しては強くないことがわかった。でなければ、わざわざ身体強化の魔法の位置を変えなくていいからな」
「そうだな。当たりだ。だがなあ、別に魔法が使えなくても、単純な腕力で潰せばいいだけだろうが!」
男は地面を蹴り、こっちに向かってくる。俺は魔法でロープを作り出し、壁に引っ掛け、移動する。
「おせえぞ? どうした。移動速度はそんなもんか?」
俺はやつから逃げながら、異空間から人形を取り出す。そして、緑の魔素を含んだ光線を作り出し、人形を光線とともにする。
その光線を発射し、男に当てようとする。
「無駄なことしてんじゃねえぞ!」
光線は男の後ろに人形を運ぶ。
今だ!
俺は能力を使い、自分と男の位置を入れ替える。
「なに!」
男の背後を取った俺は足に身体強化の魔法をかける。
光線のようなエネルギーの塊はすり抜けられてしまう。だが、殴ったり、蹴ったりする物理的な攻撃はすり抜けられない。
「くらえっ!」
やつの後頭部に蹴りが炸裂する。
だが。
「効かねえなあ。考えが甘いんじゃあねえか?」
「……なっ……に!」
俺は足をしっかりと掴まれた。
「俺はフランケンの亜人だ。だから、ある程度の攻撃は身体強化をすりゃあ耐えられる。……てめえみてえな貧弱な攻撃じゃあ倒せねえんだよ!」
俺は思いっきり投げられ、壁を壊し、廃墟の中に入る。
「うがっ!」
「お前の特殊能力は……見る限りだと位置を移動するものらしいな。だがよお……たとえ、いろんな場所から攻撃できたとしても、ダメージが入らないんじゃあ意味がねえよなあ」
俺は再び光線を放つ。
「意味がねえって言ってんだろ! 学習しねえのか?」
その時、光線は男ではなく、街灯に命中する。その光の源は黄色の魔石であった。そして、その魔石を光線は貫く。
「なに!」
破壊された魔石は激しい光を放ち、男の目を焼く。そう……男は、周りの景色をみるために目だけは光を反射できないのだ。
それがこの男の能力の弱点と言えるだろう。
「ぐおお! 何も見えねえ。野郎。やりやがったな!」
男はしばらく、道路で暴れていた。
この街の街灯は古いからか、黄色の魔石を使っているものが多い。だから、目潰しをするには格好の道具なのだ。
やつが見えていないうちに早くここから距離をとらなくては――。
「お兄ちゃん。何をやっているの?」
「……は?」
俺はその声の方に振り向く。そこには手に奇妙なものを持った少女がいた。
なんでだ。なんで民間人の子どもがこんなところにいるんだ。
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「なあ。こんな建物で何をやっていたんだ?」
俺はその少女に問いかける。今は廃墟の二階にいる。
「家に帰ろうとしても、帰れなかったの」
「……要するに迷子ってやつか」
これはまずい。あの男はこんな子どもがいたとしても、容赦なく攻撃をしてくるだろう。
「早く出ないとな。……ところでさっきから気になってたんだが……それってなんだ?」
俺はその少女が手に持った奇妙なものを問いかける。
「フウセンって言うんだよ。さっきお姉さんにもらったんだ」
「そうか……。それって浮いてるのか? 良ければ、ちょっと見せてくれないか?」
「うん。いいよ」
少女は俺にそれを渡そうとした。
「あっ」
だが、うっかりそれを離してしまった。
フウセンは浮かび、天井に引っかかる。それを俺は取り、確認する。
「ここが屋内で良かったな……」
俺はそのフウセンを眺め、考える。
「なあ。これちょっと借りてもいいか?」
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俺とその少女は一階に行く。
「……いいか。すぐに外に出るんだぞ。わかったな?」
「うん!」
俺は少女をかかえ、出口に向かう。おそらく、やつはすでに建物の中にいる。そして、攻撃をしてくるはずだ。
少女を外へ投げる。
その瞬間。
グシュウウウッ!
「うっ!」
腹にとてつもないほどの力が与えられる。そして、貫き、俺の体に穴を開けた。
「お兄ちゃん!」
「かまうな! 早く逃げろ!」
腹を貫いたものが姿を現す。それはさっきの男の腕だった。
「正義のヒーロー気取りか? ガキを助けるために自分を犠牲にするなんてなあ。まあ、こっちとしては好都合だったぜ。苦労をせずにお前を殺せるからなあ」
だんだんと俺の体の力が抜けていく。腹から大量の血が出ているのもわかる。
だが、まだ俺は…………。
「……なんだ?」
男はその現象に驚く。腕が抜けないのだ。まったく、ピクリともしないのだ。
「なんだこれは!」
男は自分の腕に緑の魔素がくっついているのがわかった。それはやつの腕と俺の腹を固定する。
「……奴隷ってのは……お前らのような財団に散々こきつかわれた挙げ句、簡単に捨てられる。それを俺たちが許すと思ったか?」
俺はやつの腕をしっかりとつかみ、続ける。
「お前はフウセンってものを知ってるか? 物を浮かせることができる道具だ。例えば、そいつに『人形』をつけたら、どうなると思う? 今、その人形は空高くまで飛んでいってるぜ」
「まさか! てめえ! 位置を入れ替えて、落下で俺を殺そうとしてやがるのか!? 正気か!? てめえも死ぬ可能性がたけえんだぞ!」
男の顔は焦りで満ちていた。そんな顔を眺め、俺は言う。
「俺たち奴隷は……犠牲だ。この腐った世界の……。そのことはもう認めてやるよ。仕方ねえから。……だがよお、てめえらも一緒に犠牲になってもらうぜ!」
その時、俺たちは地上から姿を消す。




