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異世界の執行人  作者: Kyou
第2章 ユニギリムでの、トウソウ
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第6話 この世は無慈悲であり……理不尽である

 俺は爺さんの肩を支え、階段を降りる。


「爺さん……ごめん……俺が無理をさせたせいで……爺さんの寿命を切らせてしまったんだよな……」


 爺さんはその言葉に明るく返す。


「ホッホッホ。何を言っておるんじゃ? もとからここが終点だったんじゃよ。むしろ、おぬしは立派じゃ。ちゃんと仲間を助けに行くなんて。とてもワシにはできんよ」


 そんなことは無い。爺さんは俺なんかよりも……ずっと……。


「それに……ワシはお前に謝らなければいけないんじゃ」


「……爺さん……急に何を……」


 真面目に爺さんは話し出す。


「ワシはお前の仲間を見捨てるつもりじゃった」


「……えっ」


 俺は爺さんが何を言っているかわからなくなっていた。


「最近……奴隷の買い取りが異常に激しくての……調べてみたら……お前がいたところの貴族が奴隷を売っていることに気づいた。だが、ワシはお前を守ることを優先したのじゃ。ワシにとっての大切を優先したのじゃ。そんなやつにバチがあたって当然じゃよ」


「爺さん……」


 俺はすぐに爺さんのことを理解した。きっと、俺の仲間も売られてしまっている。そのことに対し、爺さんは俺の方を助けてくれたのだ。


 だから……爺さんを怒る権利なんて無いんだ。むしろ、悪いのは俺だ。俺が爺さんの事情におかまい無しで勝手に行動したから、こんな事態に陥った。


 結局……俺は変われないのだ。誰かに利用されて、どんなことにも無知だから、俺は他の誰かを犠牲にしてしまう。


 俺はそんな人間なんだ。


 やがて、その扉にたどり着いた。俺はゆっくりと、その扉を開ける。


 しかし、そこはかつての地下ではなかった。


「なんだ……これ……」


 誰も人がいなかったのだ。あれだけ人であふれている労働場だったのに。


 俺の脳裏を最悪の展開がよぎる。


「まさか……皆……売られてしまったのか……」


 そんな中、二人の少女を探す。あの中で唯一、俺に話しかけてくれたあの少女たちを。


「せめて……あいつらだけでも……」


「……ううっ……」


 ふと、労働場の奥から誰かの泣き声が聞こえてきた。


 俺は必死にそっちに叫ぶ。


「誰かそっちにいるのか!?」


 爺さんを連れて泣き声の方向に歩き出す。


 そこには短い金髪の少女がいた。


「ベル! 大丈夫か!?」


「……あなた……誰? もしかして……カゲロウ?」


 少女は涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。俺と目が合うと、その涙は勢いを増した。


「ううっ。……寂しかった。……ずっと一人で。……皆はどんどん売られていくし……私だけ残っちゃって」


 だが、それは俺にとって、好都合だった。それのおかげで、こうやって再会ができたのだから。


「なあ。爺さん……。こいつの首輪を取ってやってくれないか……」


「……まあ。任せなさい。今すぐ自由にしてやるからのお」


 爺さんは指を首輪の方向にさす。そして、首輪は綺麗にはずれた。


 そこで爺さんは俺の手を離す。そして、地面に横になった。


「爺さん! 何やってんだ! 立ち上がって、ここから出よう」


「いや……もう無理なんじゃ。体の魔素が消えているんじゃ……。まるで、これから終わりを迎えるかのように」


 爺さんの目にはもう何も見えていなかった。そして、まるで何かをやりきったような表情をしていた。


 もう……戻ることはできないのだ。何も……変えることはできないのだ。


 俺は涙が止まらなかった。その少女の涙もやまない。


「なあ。爺さん……俺……自信が無いんだ……。一人でやっていく自信なんてねえよ! なんで、なんで行っちまうんだよ! 頼むからまだ行かないでくれよ!」


 その言葉は、俺の心に責任を置いていく。


 それでも、俺は爺さんがいない世界を考えられなかった。


「これでいいんじゃよ。……ワシはもとからこうなる運命だったんじゃ。…………そこの……確か……ベルちゃんじゃったかの? こいつのことをお願いしてもよいかの?」


 ベルは涙を流しながらも、うなづく。


 やがて、爺さんの体がつまさきから腐敗していくのがわかった。


「待ってくれよ! 爺さん!俺……まだ何も爺さんにしてあげてねえよ! だから、だから!」


 その時、俺の手をベルが握る。ベルの表情を見た後、俺は自分の見苦しさに気がつく。


 そして、改めて言う。


「爺さん……俺の……爺さんになってくれて……ありがとう」


「ホッホッホッ。やっぱりおぬしはかわいいのう。カゲロウ」


 そして、爺さんの体が消えていく。目の前にあったオーラすらも消えていく。


 俺は目から落ちる雫を止めることができなかった。


 だから、その場をしばらく離れることができなかった。


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


「…………」


 少し……落ち着いた。そして、ベルに話しかける。


「……今すぐここから脱出を……」


 俺は焦っていたからか、その少女の違和感に気づかなかった。いや、正確に言うと、違和感はその少女ではなかった。


「おいっ……ベル……。アリスはどこに行った?」


 その質問をすると、彼女はうつむき、黙っていた。


 頼む。何か言ってくれ。ただ、アリスも近くにいると言ってくれればいいんだ。


 その願いも虚しく、彼女の言ったことを一瞬、受け入れられなかった。


「アリスは……昨日……売られちゃった。よくわからないけど、変な男に……。だから、早く助けに行かないと」


 俺はすぐに立ち上がり、走った。ベルを置いていくのはどうかと思ったが、そんなことを考えられないくらい焦っていた。


 俺はすぐに監視室に戻り、男の死体から手掛かりをあさった。すると、一枚の領収書があった。


 そこには買い取った男の住所が書かれていた。


「まだ、助けられる。まだ、助けられるさ。俺なら」


 俺はすぐに建物の外に出て、その場所に向かった。


# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #


 そこは何度も見てきた廃墟だった。到底ここに人が住んでいるとは思えなかった。


「なんだ……。いくらなんでも静かすぎる……」


 俺はすぐにその廃墟に入った。そして、奥の部屋に向かうと、俺は信じられない光景を目の当たりにした。


「……アリ…ス…………?」


 そこには壁に両腕を大きな釘で打ち付けられ、体中をナイフで刺されていたアリスがいた。俺は一瞬状況を受け入れられず、立ちつくしていた。


 そして、状況を理解した時、すぐにアリスのもとに向かう。


「くそっ!」


 俺はすぐに釘とナイフを抜き取り、回復魔法をかける。不思議と血が流れないという違和感を俺は無視していた。


「頼む! 頼むから助かってくれよ!」


 何度も……何度も何度も……何度も何度も、回復魔法をかけても傷は治らない。


 なんで……どうしてなんだ。


 そこに遅れてやってきたベルもいた。ベルはその光景を見て膝から崩れ落ちる。


「今待ってろ! 傷を治してやるから。すぐに目が覚めるって」


「……何言ってるの? ……カゲロウ?」


 ベルはアリスの様子を再度確認する。そして、カゲロウの方を見る。


「だから、そんなに心配するなって! 今、きっと目が覚めるからさ!」


「もうやめて! カゲロウ。……アリスは死んでるんだよ」


「はっ? 何言ってんだよ。まだ、まだ、生きて……」


 その時、穴の空いた腕が力も無く、垂れているのを見る。そして、アリスの目にはもう光が無かった。


「…………」


 俺は再び、アリスが殺されていた光景を思い出す。


「誰が……こんなひどいことを……」


 ふと、近くに何かのバッジが落ちているのを発見する。それを拾い上げ、眺める。


 それは最近、世間では有名な組織……ヴェルル財団のものだった。そのメンバーの誰かがここに来ていた。そして、アリスを殺した。


 後から聞いた話だが、この廃墟には、ある鼻の長い男が出入りをしていたらしい。


 俺はそいつを許せなかった。いや、そいつだけではない。そのベルル財団や、この状況を作っている帝国。すべてが憎かった。


「財団……帝国……」


 俺は手を強く握る。そして、血が出てくるのを感じる。


「そいつらは……皆まとめて……ぶち殺して」


 その時、俺の手をベルが握る。


「……やめてよ」


「えっ?」


「やめてよ! カゲロウ! そんなの私も、アリスも、あのお爺さんも、そして、あなただって望んでないでしょ! そんなことで自分を犠牲にしないで!」


 なんで……。なんで……俺よりあいつらが憎いはずなのに。アリスと……あんなに仲が良かったのに……。


 そんなに……優しい心を持てるんだ?


「私だって……。その人が憎いよ。でも、その人を殺したって、誰も喜ばないよ。カゲロウ。だから……」


 少女は涙を流しながら言う。


「あなたは……あなたの正しいと思ったことをやって。もう一度あなたはあなたを理解してあげて」


「…………」


 爺さん……。


 俺は今まで、なんてくだらないことを考えていたんだろうか。


 復讐? そんなものをしたところで、この世界の誰かが救われるのか? 誰かを幸せにできるのか?


 きっと……爺さんなら、そんなことはしない。爺さんのような英雄なら、そんなことより誰かを助けることをするはずだ。


 俺はアリスの顔を見る。


「俺は……俺が正しいと思うことを……やっていいのかな?」


 大して付き合いのない俺たちだが、なぜだか、彼女は「うん」と言ってくれたような気がした。


 その日から、俺は英雄になりたいと思った。


 誰よりも、誰かの代わりに戦えるような……英雄に。

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