第6話 この世は無慈悲であり……理不尽である
俺は爺さんの肩を支え、階段を降りる。
「爺さん……ごめん……俺が無理をさせたせいで……爺さんの寿命を切らせてしまったんだよな……」
爺さんはその言葉に明るく返す。
「ホッホッホ。何を言っておるんじゃ? もとからここが終点だったんじゃよ。むしろ、おぬしは立派じゃ。ちゃんと仲間を助けに行くなんて。とてもワシにはできんよ」
そんなことは無い。爺さんは俺なんかよりも……ずっと……。
「それに……ワシはお前に謝らなければいけないんじゃ」
「……爺さん……急に何を……」
真面目に爺さんは話し出す。
「ワシはお前の仲間を見捨てるつもりじゃった」
「……えっ」
俺は爺さんが何を言っているかわからなくなっていた。
「最近……奴隷の買い取りが異常に激しくての……調べてみたら……お前がいたところの貴族が奴隷を売っていることに気づいた。だが、ワシはお前を守ることを優先したのじゃ。ワシにとっての大切を優先したのじゃ。そんなやつにバチがあたって当然じゃよ」
「爺さん……」
俺はすぐに爺さんのことを理解した。きっと、俺の仲間も売られてしまっている。そのことに対し、爺さんは俺の方を助けてくれたのだ。
だから……爺さんを怒る権利なんて無いんだ。むしろ、悪いのは俺だ。俺が爺さんの事情におかまい無しで勝手に行動したから、こんな事態に陥った。
結局……俺は変われないのだ。誰かに利用されて、どんなことにも無知だから、俺は他の誰かを犠牲にしてしまう。
俺はそんな人間なんだ。
やがて、その扉にたどり着いた。俺はゆっくりと、その扉を開ける。
しかし、そこはかつての地下ではなかった。
「なんだ……これ……」
誰も人がいなかったのだ。あれだけ人であふれている労働場だったのに。
俺の脳裏を最悪の展開がよぎる。
「まさか……皆……売られてしまったのか……」
そんな中、二人の少女を探す。あの中で唯一、俺に話しかけてくれたあの少女たちを。
「せめて……あいつらだけでも……」
「……ううっ……」
ふと、労働場の奥から誰かの泣き声が聞こえてきた。
俺は必死にそっちに叫ぶ。
「誰かそっちにいるのか!?」
爺さんを連れて泣き声の方向に歩き出す。
そこには短い金髪の少女がいた。
「ベル! 大丈夫か!?」
「……あなた……誰? もしかして……カゲロウ?」
少女は涙で顔がぐしゃぐしゃになっていた。俺と目が合うと、その涙は勢いを増した。
「ううっ。……寂しかった。……ずっと一人で。……皆はどんどん売られていくし……私だけ残っちゃって」
だが、それは俺にとって、好都合だった。それのおかげで、こうやって再会ができたのだから。
「なあ。爺さん……。こいつの首輪を取ってやってくれないか……」
「……まあ。任せなさい。今すぐ自由にしてやるからのお」
爺さんは指を首輪の方向にさす。そして、首輪は綺麗にはずれた。
そこで爺さんは俺の手を離す。そして、地面に横になった。
「爺さん! 何やってんだ! 立ち上がって、ここから出よう」
「いや……もう無理なんじゃ。体の魔素が消えているんじゃ……。まるで、これから終わりを迎えるかのように」
爺さんの目にはもう何も見えていなかった。そして、まるで何かをやりきったような表情をしていた。
もう……戻ることはできないのだ。何も……変えることはできないのだ。
俺は涙が止まらなかった。その少女の涙もやまない。
「なあ。爺さん……俺……自信が無いんだ……。一人でやっていく自信なんてねえよ! なんで、なんで行っちまうんだよ! 頼むからまだ行かないでくれよ!」
その言葉は、俺の心に責任を置いていく。
それでも、俺は爺さんがいない世界を考えられなかった。
「これでいいんじゃよ。……ワシはもとからこうなる運命だったんじゃ。…………そこの……確か……ベルちゃんじゃったかの? こいつのことをお願いしてもよいかの?」
ベルは涙を流しながらも、うなづく。
やがて、爺さんの体がつまさきから腐敗していくのがわかった。
「待ってくれよ! 爺さん!俺……まだ何も爺さんにしてあげてねえよ! だから、だから!」
その時、俺の手をベルが握る。ベルの表情を見た後、俺は自分の見苦しさに気がつく。
そして、改めて言う。
「爺さん……俺の……爺さんになってくれて……ありがとう」
「ホッホッホッ。やっぱりおぬしはかわいいのう。カゲロウ」
そして、爺さんの体が消えていく。目の前にあったオーラすらも消えていく。
俺は目から落ちる雫を止めることができなかった。
だから、その場をしばらく離れることができなかった。
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「…………」
少し……落ち着いた。そして、ベルに話しかける。
「……今すぐここから脱出を……」
俺は焦っていたからか、その少女の違和感に気づかなかった。いや、正確に言うと、違和感はその少女ではなかった。
「おいっ……ベル……。アリスはどこに行った?」
その質問をすると、彼女はうつむき、黙っていた。
頼む。何か言ってくれ。ただ、アリスも近くにいると言ってくれればいいんだ。
その願いも虚しく、彼女の言ったことを一瞬、受け入れられなかった。
「アリスは……昨日……売られちゃった。よくわからないけど、変な男に……。だから、早く助けに行かないと」
俺はすぐに立ち上がり、走った。ベルを置いていくのはどうかと思ったが、そんなことを考えられないくらい焦っていた。
俺はすぐに監視室に戻り、男の死体から手掛かりをあさった。すると、一枚の領収書があった。
そこには買い取った男の住所が書かれていた。
「まだ、助けられる。まだ、助けられるさ。俺なら」
俺はすぐに建物の外に出て、その場所に向かった。
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そこは何度も見てきた廃墟だった。到底ここに人が住んでいるとは思えなかった。
「なんだ……。いくらなんでも静かすぎる……」
俺はすぐにその廃墟に入った。そして、奥の部屋に向かうと、俺は信じられない光景を目の当たりにした。
「……アリ…ス…………?」
そこには壁に両腕を大きな釘で打ち付けられ、体中をナイフで刺されていたアリスがいた。俺は一瞬状況を受け入れられず、立ちつくしていた。
そして、状況を理解した時、すぐにアリスのもとに向かう。
「くそっ!」
俺はすぐに釘とナイフを抜き取り、回復魔法をかける。不思議と血が流れないという違和感を俺は無視していた。
「頼む! 頼むから助かってくれよ!」
何度も……何度も何度も……何度も何度も、回復魔法をかけても傷は治らない。
なんで……どうしてなんだ。
そこに遅れてやってきたベルもいた。ベルはその光景を見て膝から崩れ落ちる。
「今待ってろ! 傷を治してやるから。すぐに目が覚めるって」
「……何言ってるの? ……カゲロウ?」
ベルはアリスの様子を再度確認する。そして、カゲロウの方を見る。
「だから、そんなに心配するなって! 今、きっと目が覚めるからさ!」
「もうやめて! カゲロウ。……アリスは死んでるんだよ」
「はっ? 何言ってんだよ。まだ、まだ、生きて……」
その時、穴の空いた腕が力も無く、垂れているのを見る。そして、アリスの目にはもう光が無かった。
「…………」
俺は再び、アリスが殺されていた光景を思い出す。
「誰が……こんなひどいことを……」
ふと、近くに何かのバッジが落ちているのを発見する。それを拾い上げ、眺める。
それは最近、世間では有名な組織……ヴェルル財団のものだった。そのメンバーの誰かがここに来ていた。そして、アリスを殺した。
後から聞いた話だが、この廃墟には、ある鼻の長い男が出入りをしていたらしい。
俺はそいつを許せなかった。いや、そいつだけではない。そのベルル財団や、この状況を作っている帝国。すべてが憎かった。
「財団……帝国……」
俺は手を強く握る。そして、血が出てくるのを感じる。
「そいつらは……皆まとめて……ぶち殺して」
その時、俺の手をベルが握る。
「……やめてよ」
「えっ?」
「やめてよ! カゲロウ! そんなの私も、アリスも、あのお爺さんも、そして、あなただって望んでないでしょ! そんなことで自分を犠牲にしないで!」
なんで……。なんで……俺よりあいつらが憎いはずなのに。アリスと……あんなに仲が良かったのに……。
そんなに……優しい心を持てるんだ?
「私だって……。その人が憎いよ。でも、その人を殺したって、誰も喜ばないよ。カゲロウ。だから……」
少女は涙を流しながら言う。
「あなたは……あなたの正しいと思ったことをやって。もう一度あなたはあなたを理解してあげて」
「…………」
爺さん……。
俺は今まで、なんてくだらないことを考えていたんだろうか。
復讐? そんなものをしたところで、この世界の誰かが救われるのか? 誰かを幸せにできるのか?
きっと……爺さんなら、そんなことはしない。爺さんのような英雄なら、そんなことより誰かを助けることをするはずだ。
俺はアリスの顔を見る。
「俺は……俺が正しいと思うことを……やっていいのかな?」
大して付き合いのない俺たちだが、なぜだか、彼女は「うん」と言ってくれたような気がした。
その日から、俺は英雄になりたいと思った。
誰よりも、誰かの代わりに戦えるような……英雄に。




