第5話 暗闇と無音と不変と……
俺は赤い魔素と黄色の魔素を螺旋状に組み合わせ、光線を作り出す。
その光線を的に当てると、その的は半分に割れ、弾き飛んだ。
「だいぶ、魔法の扱いがうまくなったみたいじゃの」
「まあさすがに一年も練習してたらな」
そう。俺が地下から出てから……この人に買われてから約一年が経っていた。
まあ、当時の俺はまだ世間を知らず、買われたなんて感覚はまったく無かった。
地上に出て、俺たち以外にも貴族に奴隷として扱われている子どもは多いことも知った。爺さんもどうにかしたいと言っていたが、昔ほど爺さんには権力がないらしい。
今は近くの廃墟まで来て、光線を撃つ練習をしている。
「なあ。爺さん。俺、地下にいる他のやつらを助けに行きたい」
「……駄目じゃ」
「なんで……」
俺は爺さんに理由を聞く。
「おぬしはまだ実力が無いからじゃ。その程度の魔法じゃあ、戦うことなどできん」
俺の実力は、一年前に比べたら相当あがっているはずだ。地下の仲間を助けるほどの力はついている。だが、おそらく爺さんは念のため、あと二年は魔法を学ばせるつもりだろう。
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近くの宿屋で爺さんと泊まっていた。もう夜が遅いので、爺さんはもう寝ている。
俺は窓を開け、後ろの爺さんを見る。
「悪いが、爺さん。俺はそんなに待てないんだよ」
そう言って、窓の外に飛ぶ。そして、建物の上に登り、屋根を走る。
正直、地下のやつらとはあまり付き合いが良いとは言えなかった。だが、あいつらだって同じ生き物なんだ。俺だって何も知らないやつらを見捨てるほど人を捨ててない。
「待ってろ……。皆……」
俺はあの建物の扉を見る。
「ここに来るのも、一年ぶりだな」
その扉に近づき、扉を蹴り壊す。そして、中に入り、警戒をしながら地下に進む。
あの男はどこだ? やつに限って、監視を怠るなんてことはないはずだ。
俺は何度も外に出ようとした経験からそう考えた。どこか、監視室にいるはずだ。
通路を歩いていると、やつは案の定、監視室にいた。すると、男の声がする。
「そこにいるのだろう? クソガキ」
予想はしていたが、どうやら侵入していることがバレていたようだった。
俺は……こいつを殺そうと考えている。……こんなやつを殺したところで一切同情しない。こいつはそこまでの外道だ。
何も知らない子どもを利用して、自分は楽なことをして、ふんぞり返っている。そのことが、俺には許せなかった。
俺は勢いよく、部屋に入り込む。そして、自慢の光線を発射する。
はずだった。
「えっ?」
自分の腕から光線が発生しなかったのだ。それどころか、魔素を操ることさえできない。
「ああ。お前が来ることなんて想像できたよ。なんせ、お前は何も知らない馬鹿だからなあ」
「なんだと?」
俺は地面を見た。すると、そこにはあり得ないほどの魔素が集まっていた。
「これは魔法科学の発明品。魔素を引き寄せる力を持つ鉄板だ。こいつがあれば、魔素を操る力が未熟なやつは魔法を発動できないんだ」
「そんな……」
魔素を引き寄せようと力を入れる。しかし、床の魔素はピクリともしない。
魔法が使えない自分はもはや、非力な少年だった。
「さて、お前をどうぶち殺してやろうか……。言っておくが、俺の奴隷たちを解放しようとした罪は重いぞ。……クククッ。ブヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」
なんと情けないことか、俺は何もできずにその場に座り込んでしまった。
俺は自分の実力を過信しすぎていた。こんなくだらない仕組みの機械にすら負けるなんて。
男は小さなナイフを持ち、近づいてくる。諦めていた俺にナイフを振りかざす。
その瞬間だった。
バシュン
男が監視室のコンピューターに吹っ飛んだ。
「がはっ!」
一瞬、俺は何が起きたのか、わからなかった。
すると、天井の鉄板が大きく変形し、それが男を吹き飛ばしたのだった。
「どうやら……その部屋に入らなければ魔素は吸収されないらしいのお」
天井から聞きなれた声がした。
「爺……さん……」
突然、鉄板が一枚はずれ、地面に落ちる。そして、鉄板の剥がれた場所からあの老人が出てくる。
老人は床に着地し、俺の前に立つ。
「まったく……おぬしを甘く見ておったわ。まさか、こんなに早く突っ込んでいくとは思わなかったのお」
「爺さん……俺……」
話す間もなく、コンピューターに叩きつけられた男は立ち上がる。
「クヘヘッ。誰かと思えば……あの時のジジイじゃねえか。言っておくが……あんたにも死んでもらうぜ……」
「ワシを誰だと思っておるんだ。かつての英雄に喧嘩を売るとは……おぬし……ただでは返さんぞ」
男はナイフを持ち、一直線に向かってくる。それに対して、爺さんは床に手を当てる。
すると、床から細く、小さい光線が発生した。
「ぐおっ!」
その光線は男の体を傷つけていた。
「たとえ、魔素を操れなくても、地面に描かれた魔素の配列を利用すれば、魔法は発動できる。形が不安定じゃからか、威力は弱いがのお」
その魔法の発動にはもうひとつ、ポイントがあった。それは発動するのにさらにイメージの力が必要ということだ。
それは俺と爺さんの明らかな実力の差を表していた。
「だが、おぬしを倒すには十分すぎるかな」
「なんだと! なめやがってえええええええ!」
男は爺さんに向かって叫びながら走る。爺さんは再び地面に手をおき、魔法を発動する。
すると、手の下に紫色の細い板ができ、それを赤く発光させる。俺はその魔法を初めて見た。
「防御魔法のシールドに……武器強化の魔法を付与した……?」
爺さんはまず、男の一撃をシールドで受け止め、その一瞬の間でシールドを使い男の胸を切り裂く。
「ぎいやああああああああああああああああ!」
そこから、大量の血が吹き出し、男は抑えようとする。だが、血が止まる気配は無かった。
そして、男は後ろに後ずさりをし、その場で座り込んだ。
やがて、地面に倒れ、動かなくなっていく。
「あまり……気分の良いものではないの……。これだけは慣れんわい」
その言葉を聞いて、俺は戦う前の俺がどれだけ愚かだったかを思い知った。
爺さんは床に座り込む。そして、心臓の辺りを抑える。
「ううっ……」
「おい! 爺さん! 大丈夫か!? …………爺さん?」
俺は爺さんに触れると、触った手を眺めていた。
体が冷たかったのだ。あり得ないぐらい。
「爺さん……いったい何を……」
「ワシの……命は……本来なら終わっているはずの物なんじゃ」
終わっている。その言葉が理解できなかった。だって、今、ここでちゃんと生きて……。
「多くの禁忌に触れる魔法を用いて……ワシは体に延命治療をしたのじゃ……。だが……その魔法にも限界が来ているようじゃ。今じゃもう、五感は魔素を通してじゃないと何も感じないし、思考もだんだん働かなくなってきた」
俺はさっきの戦いを思い出す。爺さんは……こんな状態でも俺を助けるために……戦ってくれていた。俺はそのことを何も感じずにはいられなかった。
「……やっぱり……おぬしは泣き虫じゃのう」
「えっ……」
自分の目から涙が流れている。これはあの時流したものとは違い、悔しさではなく、悲しさを表していた。
そう……。俺も……爺さんがここからもう元気になることが無いとわかっていたのだ。
そんな俺の姿を見てか、爺さんは笑いながら言う。
「なに……。すぐに死ぬわけではないわい。それに……まだやることがあるからのう……」
「……やること?」
爺さんは小さくうなづき、立ち上がろうとする。
「悪いが、手を貸してくれるかのう? どこに扉があるのか、もうわからんのじゃ」
俺はその言葉を聞いて、改めて歯を噛み締める。しかし、今は悔しがっている暇など無いため、立ち上がり爺さんの手を取る。
そして、俺たちはその部屋を後にする。