第4話 枯れた思い出
初めて俺が触ったもの。それは銀色に輝く首輪だった。
俺は産まれた時から人ではない。世間の言うところの……亜人……というものだ。
詳しく説明すると……ピエロの亜人。ただ、魔法が使えるだけで他は人間とたいして違いは無い種族だ。
それでも亜人であることに間違いはない。だから、どうやってもこの首輪をはずすことはできない。
幼少期に、俺はある人物に買い取られた。そいつは醜い笑顔で俺の手を握る。
正直、俺はその時、死を覚悟した。だが、なぜだかそういう結果にはならなかった。
俺は地下の施設に送られた。そこには俺と同じくらいの歳の子どももいた。そいつらも同じ首輪をつけていた。
何度も……何度も何度もそこから出ようとした。しかし、必ず出口へ行こうとすると、あの男がいる。諦めない俺に痺れをきらしたのか、その男が言う。
「お前の首輪は外に出ると爆発する仕組みになっている。だから、外に出ることなんてできないんだ」
俺はその日、絶望した。自分が目指した先に未来など無かったのだ。
ある日、労働にサボり始めた俺に二人の少女が近づいてきた。二人はどちらも金髪で、一人は短く、もう一人は長くしていた。
短い髪の少女が俺に話しかけてきた。
「こんにちは。新入り君。私はベル。この子はアリス。よろしくね」
「……どうも……アリスです」
ベルという少女は時に向こう見ずな時があり、アリスがだいたいそれを止めるような感じだった。
ただ、二人はどちらも希望にあふれている顔をしていた。
「お前ら……なんで、そんなに楽しそうなんだ?」
「なんでって……ここで一生懸命働けば、いつかあの人が外に連れていってくれるかもしれないじゃん。ねえ、アリス」
「……うん……」
こいつらはきっと知らないのだろう。あの男は誰も俺たちをずっと外に出さないつもりでいることに。
また、それを伝えない俺もきっと残酷なやつなのだろう。
「あなたは新入りだからまだ名前が無いんだっけ?そうね……カゲロウなんてのはどう?」
「……まあそれでいいよ。よろしくな。ベル。アリス」
「よろしく。カゲロウ」
俺はベルやアリスと握手をする。だが、俺にはやはり、こいつらと手を握る資格なんて無いと感じてしまうのだった。
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最近、男の様子がおかしくなっている。どうやら、貯めていたお金がそこをつき、経済的に苦しくなっていたようだ。
そして、俺はその男に手を引っ張られ、連れていかれる。
そこには帽子を被り、杖を持っていた爺さんがいた。
「その子が約束していた子かね?」
「はいぃ。それで……いくらでしょうか?」
爺さんは男に札束を渡す。すると、その男はニヤついた顔で戻っていった。
「…………」
「…………」
爺さんは黙って俺を見つめていた。そんな爺さんから目を背けるのも癪だから、逆に睨みつけてやった。
「……あんた、誰だ?」
「わしか……? わしはただの人間じゃよ。……もっとも……少しだけ亜人の血は混じっているから、魔法は使えるがね」
「魔法……?」
俺はその言葉に引っ掛かった。なぜだか、魔法に興味がわいたのだ。
「まあ……少しついてきなさい」
老人は杖をつきながら、おぼつかない様子で歩き始める。
「おいおい。あんた、足が悪いのか?」
「なあに……つい昔の戦争で負った傷じゃ。今じゃもう慣れたもんよ」
爺さんはそう言ったが、俺は見ていられなかった。爺さんのところまで走り、体を支える。
「ほほほっ。ありがとの」
「別に……大したことじゃねえよ」
そのまま、出口まで連れていき、俺は爺さんから手を離す。
「……俺はここまでだ。この先は俺は行けない。行ったら、この首輪が爆発するからだ。だから、この先は一人で行ってくれ」
俺がそう言うと、爺さんはその首輪を指差す。
カチャ………ガタン
その首輪は地面に落ちた。
「……えっ」
俺は自分の首に忌々しい鉄の感触が無いのを感じる。
「……なあに。爆発魔法を解除して、少し破壊しただけじゃよ。この世界の発明は大体が魔法でできている。こんなことは容易いことじゃ」
改めて、魔法の凄さを俺は感じていた。どうやってもはずれなかったあの首輪を……一瞬で壊してしまったのだから。
「それに……ついてこいと行ったじゃろ。ワシらはもう、家族なんじゃから」
「……あ?」
俺はさっきの魔法のことなど忘れて唖然としていた。この爺さんの言っていたことを理解した時、驚きの叫びを上げた。
「はああああああああああああああああああああああああ!?」
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ここは近くの公園だった。爺さんは俺を連れてくる。
「おい! 爺さん! さっきのことはどういうことだよ!」
「……ん? 言葉通りの意味じゃが?」
爺さんはそこで立ち止まり、話し出す。
「ワシはもうすぐ死ぬ。だから、最後にこの魔法の技術を受け継がせたいと思っておるのじゃ。せっかくだからワシの産まれた場所でそやつを探そうと思った。それで故郷のこの街に来たのじゃが……」
老人は周りの景色を見渡す。名ばかりの公園で人がまったくいない。遠くにはすでに崩れそうな廃墟の集まりがある。
「まさか、こんなに廃れておるとは……」
「これって廃れてんのか?」
前のこの街を見たことの無かった俺はこの街の異常性に気づかない。
「そうじゃのう……。前にワシが住んでいた時は人が溢れるほど住んでいたのじゃ。それもおぬしのような子どももたくさん」
爺さんはもの悲しく懐かしむような表情をする。俺にはそんな街は想像できなかった。
「では、本題じゃ。おぬし……ワシから魔法を教わってみんか?」
「いや無理でしょ」
俺は即答する。爺さんはその答えを思いもしなかったのか、驚いていた。
「えっ! どうしてじゃ! ワシってそんなにうさんくさい!?」
「いや……別にそういうわけではないけど……。いや……やっぱそういうわけあるな」
「ええっ!」
爺さんは落ち込む。結構わかりやすいな、この爺さんは……。
「だって……俺、奴隷だよ? そんなやつに魔法を教えていいの?」
「えっ……何が駄目なんじゃ?」
爺さんは不思議そうな顔でこっちを見る。
「ただの奴隷ならまだしも、俺は亜人なんだよ? 血が汚れてんだよ? それなのにどうして俺なのさ?」
「……おぬし……。普通の人間と亜人の何が違うって言うんじゃ?」
俺はこの爺さんの言っていることが理解できなかった。
「はっ? だってまったく違うだろ? 化け物みたいになるやつは化け物みたいになるし、変な体してるやつは変な体してるだろ?」
「だが、おぬしはワシと何が違う?」
「何ってそんなの……」
俺は小さいころから思っていたのだ。俺は普通の人間と何が違うのか……。そんな俺にその質問の答えを出せるわけがなかった。
「おぬしはワシとなんら変わりない、一種の生き物じゃ。痛ければ痛いと言うし、苦しければ苦しいと言う。そんな変わりのない一人の生き物が魔法を学んじゃいけないなんて、そんなルールはどこにもない。」
俺はようやく自分の思いに気づけた。そうだ……。俺はどこか、自分がこんな目に合うことに……疑問を抱いていたんだ。
亜人は邪悪な存在だ。亜人は人間ではない。
そんな幻想をどうして、今まで信じていたのか、わからなくなっていた。
ようやく……俺はこの世の理不尽というものを初めて知った。
「……おぬし……わりと泣き虫じゃなあ」
「えっ?」
俺は自分の目から雫が落ちるのを感じた。それは俺が物心ついた時から初めて流した涙だった。俺は慌てて袖で涙を拭き取る。
「べっ、別に泣いてねえし。……仕方ねえな。魔法を教わってやるよ。仕方ねえからな」
「ぶふっ。おぬし、わりとかわいいのお」
「ああっ!?」
俺は冷やかしてきたジジイに怒りをあらわにする。
同時に俺はこの爺さんに感謝もしていた。




