第3話 空の無い彼ら
サクラザカとカゲロウは駅に向かった。そこには黒い汽車が走っていた。
「これから汽車に乗るんですか?」
「いいや、今回は別の用事だ」
カゲロウは駅の壁を殴った。その衝撃で壁は粉々に砕けた。その奥には地下につながる階段があった。
「そんなところに隠し通路があったんですか」
「ああ。ここから俺たちは向かう。早く入れ」
サクラザカはカゲロウに従いそこに入る。するとカゲロウは青い魔素を使い、壁を修復する。
そして、黄色の魔素で照らしながら、彼らは長い階段を歩く。
「カゲロウ」
「どうした?」
「君はどうして財団を狩っているんですか?」
カゲロウは再び苦い顔をした。
「あー。何て言うかな……。守らなくちゃいけないんだよ。この街を」
「……?」
「お前こそどうなんだよ? なんで、財団を壊滅させようとしてるんだ」
サクラザカは不思議な感覚に襲われた。そういえば、自分のことを話すのは久しぶりだった。
「そうですね。君と似たようなものですよ。僕も守りたいものを守るために戦う。ただ……それだけです」
「ふーん」
暗闇の中で、二人の歩く音が響く。階段は想像よりも長く、最も深い層にたどり着くにはだいぶ時間がかかった。
そして、そこに着いた時、彼らの目の前に現れたのは大きな扉だった。カゲロウはその扉を一気に開ける。
そこは多少の照明はあるが、それでもとても暗い場所だった。
すると、奥から数人の幼い少年少女たちが走ってくる。彼らは皆、首に鉄の輪をつけていた。
「カゲロウ兄ー」
「おう。元気にしてたか?」
その子どもたちはカゲロウのもとに飛びつく。やがて、彼らはサクラザカの姿を気にする。
「カゲロウ兄。あの人だあれ?」
「ああ……。ちょっとした兄ちゃんの仕事仲間だ」
「しごとなかま?」
カゲロウはサクラザカの方を向く。……ちなみにサクラザカは子どもの扱いが苦手だ。
さっそくサクラザカは問題に入ろうとする。
「カゲロウ。……ここに来て何がわかるんですか?」
「そのことなんだが……」
奥からもう一人、女性が来るのがわかった。その女性は金色の髪を持ち、丸眼鏡をかけていた。
「カゲロウ……戻ってたんだ。……1ヶ月もいなかったから心配したんだよ」
「悪い。最近少し忙しくな。ちょっと話があるんだ」
「話?」
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そこはまるで、洞窟のような場所だった。壁や床はゴツゴツした岩でできている。
ある程度進むと、サクラザカの目の前に扉が現れた。
少女はその扉を開けると、中はごく一般的な家の部屋だった。
「まあ、中に入って」
「失礼します」
サクラザカとカゲロウは彼女の言うとおりに部屋に入る。
「私はベル。ここであの子たちの世話をしているの」
その子どもたちは、今は別の部屋にいるようだ。
「僕はサクラザカです。今はカゲロウと一緒の仕事をしています」
「あんまり気にしなくていいよ。財団狩りのことは聞いてるし」
カゲロウが彼女に聞く。
「演説の方はどうだった?」
「だめね。演説を始めた人がすぐに射殺されちゃったわ」
サクラザカは、なにやら物騒な単語を放つ少女に聞く。
「演説って?」
「……財団に対して不満を訴える貴族が演説してるのよ。何か手掛かりがないか、そこで探してるんだけどねえ。すぐに射殺されて演説が終わっちゃうのよ」
そこまで財団は連携のとれた組織になっているのだろうか。サクラザカはその射殺に違和感を覚えていた。
「まあ、その射撃がどこから撃たれたものなのか、ってのもわかってないんだけどね」
つまり、何も手掛かりがつかめていないのである。
「やっぱそうかあ」
カゲロウは渋い顔をする。
サクラザカはテーブルの上のリンゴのイラストが描いてある紙きれに気がついた。
「ベルさん……これってどこで拾ったんですか?」
彼女は首を傾げて、答える。
「演説している場所でだけど? それにしても、よく拾ったものだってわかったわね」
サクラザカにはわからないわけがなかった。なぜなら、
「どうして、『Green Tea』って書かれているんですか?」
英語でそれは書かれていたのだ。さらに言うと、この世界には緑茶は存在しない。それなのに『Green Tea』という言葉を知っている人間とは、いったいどういう人物なのか?
「あなた……。よくその字が読めたわね」
「ええ。……あらかじめ話しておきます。僕は……」
サクラザカは簡潔にだが、自分のことを話した。
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「ええと。……あんまり頭がついていかないんだけど、あなたは異世界から来たってこと?」
「それで、吸血鬼に血を吸われて自分も吸血鬼になったと」
カゲロウとベルは少し困惑していた。だが、サクラザカは話し続ける。
「つまり、この世界に存在しない飲み物の名前をこの世界に存在しない文字で書かれたこの紙は……僕と同じく異世界から来た人物の物の可能性が高いということです」
カゲロウはだんだんと状況をつかめてきた。
「その人物を探せばいいってことだな? だが、それでも手掛かりが無さすぎるぞ。そんな紙きれじゃあ人を探すなんて無理だ。できるとしたら、相当レベルの高い魔法か……そういう特殊能力だけだ」
サクラザカは考える。何かこの紙に他にヒントは無いだろうか?
すると、サクラザカは紙の端にリンゴのイラストが描かれていることに気づく。ふと、昨日見た雑誌の内容を思い出す。
「カゲロウ。この街に観光名所のようなものは無いでしょうか?」
「観光名所? 急に何を言っているんだ?」
カゲロウは肩をすくめる。しかし、サクラザカの目はしっかりとその紙きれを捉えていた。
「……ええと。確か、アトル湖と……それから」
思い出そうとし、カゲロウは頭に浮かぶ。そして、口に出す。
「アイザック塔だったかな」
その言葉を聞いたサクラザカは何かをひらめいた。
ニュートン。
サクラザカのいた世界では、彼は木から落ちたリンゴを見て、重力を見つけたという話が伝えられている。
例えば、この話を表しているのがこのリンゴのイラストなら。
ニュートンの本名は……。
「サー・アイザック・ニュートン……」
サクラザカの中で繋がった。これを書いた人物はこの街にあるアイザック搭に何か仕掛けをしているに違いない。それを伝えるためにわざとこの紙を落としたのだ。
そして、自分と同じ世界から来た者だけにわかるように。
「今すぐ、そのアイザック搭に行きましょう」
「何を言っているんだ?」
カゲロウはサクラザカに対して疑問を抱いていた。
「どうして、アイザック搭に行かなければならない。ちゃんと説明してくれ。後で説明するとしても、そいつが信用できるやつかもわからないんだぞ!」
「だからと言って何もしないのは駄目だと思います。リスクを背負ってでも今回は動くべきです」
「そのリスクがでかすぎるんだよ! もしもそれで俺が死んだら、ここのガキどもも」
ぐいっ。ぐいっ。
その時、ベルが二人の頬を引っ張る。
「こらこら。二人とも……振り返ってみな」
二人は後ろを見る。すると、そこにはさっきの子どもたちがいた。その顔には涙があふれていた。
そして、サクラザカとカゲロウはいつの間にか子どもの前で言い争っていたことに気づく。
「カゲロウ兄。喧嘩すんなよお!」
「お兄ちゃんたちが仲悪くなってほしくないよお!」
「無表情で何考えてるかわかんない怖いお兄ちゃん。カゲロウ兄がごめんねえ!」
最後の言葉はサクラザカにもけっこうきたようで、一瞬クラっとよろけている。
そんな中でベルが言う。
「カゲロウ。子どもたちのことは任せてって言ってるでしょ。だから行ってきて。ねっ」
「ベル…………」
一瞬、カゲロウはものすごく心配になった。だが、その心配が逆に彼女や子どもたちを不安にさせていることに気づいた。
「……わかった。だけど、絶対に戻ってくる。それまでガキどもをよろしくな」
「……うん」
この二人の間には、入り込めないほどの信頼がある。サクラザカはそう感じた。
その光景を見て、サクラザカはボソリと一言。
「僕も……お嬢様とそういう関係になれていたら……良かったのかもしれないなあ」
サクラザカは描こうともしない夢を描く。




