第1話 廃れた世界に雑音が響く
カゲロウとサクラザカは向かい合う。互いの動きを予想し合う。
空を飛行船が飛んでいる。その飛行音が街に響く。
瞬間。サクラザカがカゲロウの近くに走り、蹴りを入れる。カゲロウはそれに対し防御魔法を形成する。
紫色の魔素をひし形に並べ、傘を開くイメージ。やがて、それはシールドに変形する。
シールドは逆にサクラザカの足を傷つかせた。おそらく、歩くのが難しいほどの負傷だった。
「おいおい。その足で、この後戦えんのか?……って、何だそりゃ!」
サクラザカの足が治っていく。明らかに普通の人間ではないことを示唆していた。
そして、サクラザカは足を赤く発光させる。
グワワアーン
さらに能力も発動させ、足が黒くなる。カゲロウに再度、蹴りを入れる。
「ぐおっ!」
その攻撃はさっきのとは比にならないほど重かった。そのまま、シールドは破壊される。
カゲロウは自身の腕に身体強化の魔法をかけ、防御する。しかし、その蹴りはカゲロウを空高くに吹っ飛ばす。
その時だった。サクラザカは自分の左手を噛んでいた。
背中から黒い翼が生え、空を滑空すると、カゲロウの目の前に現れる。
「なにっ!」
カゲロウはもう一度シールドを形成する。だが、サクラザカの蹴りは重く、そのまま、廃屋へ蹴り飛ばされる。
建物の壁を貫き、カゲロウは廃屋の中に入った。空からサクラザカの蹴りがやってきていることに気づくと、地面をおしのけ、回避する。
ドスンっと大きな音をたててサクラザカの足が地面につく。すると、
「……ッ!」
「かかったな! 俺の罠に」
サクラザカは自分の足が地面から動かないのを感じた。足の裏に緑色の魔素があるのがわかった。
「これは……接着魔法」
カゲロウは身体強化の魔法を腕にかけ、殴りかかる。
だが、いとも簡単にサクラザカは接着魔法を抜け出した。
「おうっ! なんだこりゃ!」
接着魔法がかかっている場所に足首から下の部分が張り付いていた。サクラザカは両足を切断したのだ。その手には彼自身の血がついた剣を持っていた。
「なるほど。だいぶエグいことしやがるな」
「…………」
サクラザカは無言で見つめる。次のカゲロウの動きを読んでいるのだ。
確かに……タイマンでやったらカゲロウが近距離でサクラザカに勝てる見込みがなかった。
だから、
「うおおおおおおおおおおおお!」
カゲロウは廃屋の別の部屋に逃げた。
「…………」
サクラザカはそれを追いかけるため、建物の中に入る。カゲロウから距離が離れたからか、接着魔法は効果を失っていた。
足首を元の位置に戻し、建物を歩き回る。はっきりとはわからないが、サクラザカにはカゲロウのいる場所から音が聞こえていた。
バタンッ
ようやく、カゲロウがいると思われる部屋にたどり着いた。そこにはいくつか戸棚があるだけだった。
音がもうしないことから、この部屋にいる可能性が高かった。
サクラザカは黄色の魔素と赤の魔素を組み合わせ、円錐形にする。それは瞬く間に数本の光の槍となる。
光の槍をすべての戸棚に突き刺した。だが、手応えがまったく無かった。
「どういうことだ……」
サクラザカは端の戸棚を開ける。すると、そこには一体の人形があるだけだった。
それを無視し、次の戸棚を開けようとした時だった。
「いいや。サクラザカ。お前はもう俺を見つけている」
その人形から声がした。サクラザカは持っていた剣で人形を突き刺す。
「残念ながら、それはトラップだ。サクラザカ」
人形の声は止まらない。そして、人形の中に何かが入っていた。
それは橙色の魔石だった。赤と黄色の魔石の効果は知っていたが、橙色は知らなかった。剣で切ったことにより、その魔石は割れていた。
サクラザカは嫌な予想がたった。ここは廃墟。もしも、これから、大きな衝撃が起こったら、どうなるか。
「くっ……!」
その予想が当たったらしく、その魔石は大爆発を起こした。サクラザカは瓦礫で体が埋もれてしまった。
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瓦礫の山にカゲロウは立っていた。
「それにしても、恐ろしい敵だった。まさか、自分の足を切り落としてまで攻撃をかわすとは。あいつには何か凄まじい覚悟があった」
カゲロウはサクラザカのことを考えながら、紫、黄色、緑の魔素を扱い、異空間を作る。そこから、人形を取り出す。
そして、その瓦礫の山を降りる。
その時。
ガシッ!
何かがカゲロウの左足首をつかんだ。そして、手は赤く発光し、足首を握り潰す。
「うあああああああああああああああ!」
カゲロウはその手から離れる。すると、手は地面からのび、そこからサクラザカが姿を現した。
「……危な……かった。……あともう少し気づくのが遅かったら、僕の体はバラバラになっていた。……とっさに身体強化をしたから助かったよ」
「うぐ……おおお……」
カゲロウは足に猛烈な痛みを感じていた。
だが、サクラザカの体も、ボロボロになっていた。おそらく、速く走ることなんて無理だろう。
「どうやら、君の特殊能力は『人形と自分の位置を入れ換える能力』みたいですね。それさえ、わかれば……もう僕は負けない」
サクラザカの目には、闘志が宿っていた。カゲロウもそれに対抗して立ち上がろうとする。
足首には回復魔法と身体強化をかけている。かといって、これはあくまで応急処置にすぎない。
「クククッ。それなら俺もお前の能力はわかっているぜ。お前は自分の体を重くする能力だろ! これでお互い状況は同じだ」
カゲロウは右足で地面を蹴る。そして、右手に黄色と赤色の魔素を集め、七個の光の玉を作る。それは光線に変わり、サクラザカの方向へ飛んでいく。
その内の二発が右足と左腕に命中する。
ひるんだところにカゲロウは身体強化した蹴りを食らわせる。
「ぐはっ」
サクラザカは吹っ飛び、廃校らしき場所に飛ばされた。
休む暇もなく、カゲロウの新たに作った光線がサクラザカのもとに向かっていた。
サクラザカはそれを避け続ける。すると、避けた先にはカゲロウが身体強化した蹴りをくりだす。
「食らえ! とどめだ!」
その時。
その蹴りはサクラザカに当たる前に何かに当たっていた。
「これは魔石! まずい!」
橙色の魔石。それは砕くと爆発を起こす魔石だ。
「さっき君にそれをくらってから、利用できると思って拾っておいた。魔石は砕けても、破片を使えば再利用できるからな」
「なんだと!」
カゲロウの足がその魔石を砕く。そして、爆発を起こした。
「ぬおっ!」
「…………ッ!」
カゲロウは校庭の方に。サクラザカは中央廊下の方に吹っ飛んだ。だが、今度は二人とも予想ができたため、身体強化をして助かった。
サクラザカは立ち上がり、校舎の奥へと向かった。明らかに狭い場所ならサクラザカの方が有利だからだ。
吸血鬼は決して万能というわけではない。再生すればするほど、次に再生するスピードが遅くなる。速くするには、人の血を吸わなければならない。
サクラザカは自分の左手に再度噛みつく。少し貧血ぎみだが、まだ戦う力は残っていた。
「……学校……か」
確かにもといた世界とは違い、西洋風の校舎だった。
だが、サクラザカはあの時、姉が死んだのには学校の責任もあるためか、この廃校を見ると憎悪が沸いてくるようだった。
がぶりッ
自分の手に噛みつき、思考を冷静にする。今はそんなことを考える暇など無かった。
サクラザカは何か、近くから人がくるのを感じた。




