プロローグ 『英雄』
ここは東の街、ユニギリム。魔法科学の発達が目覚ましく、産業においては帝国が所有している地域では最も発展している街だろう。
また、観光としても有名で、長年水の補給に役立ってきたアトル湖や、大昔に建てられたこの町で最も高いアイザック塔などが有名である。
俺はそんな街に住む住民の一人だ。今日は気に入っているカフェでカフェオレを飲んでいる。
赤い髪をポリポリかきながら、夕方手に入れた新聞を読み進める。
「なあ。マスター。最近、帝国の動きがおかしくねえか?」
「そうかい? まあこの町は帝国よりもベルル財団の方が厄介だけどね」
確かに比較的、この町は帝国による支配が少ない。だが、決して平和というわけではなかった。
後ろに座っていた柄の悪い男が、前を通った黒髪で眼鏡の男の足をかける。
「ああ!」
眼鏡の男は持っていたミルクティーを地面にぶちまけた。
「おいおいおいおい! お前よお! 俺様の靴にかかっちまったじゃねえかよ!」
「はははっ。すみません。すぐに拭きます」
少し笑いながら眼鏡の男は床を拭く。その笑顔が勘に触ったのか、男は機嫌を悪くする。
「てめえっ。ちょっとこっちにこい」
「えっ! どこへいくんですか?」
何も知らないその男は、柄の悪い男とその仲間に店の外へ連れてかれる。
俺とマスターはその光景を眺めていた。
「ああいうことがあるから、財団は好きじゃないんだよ。裏では犯罪なんてしょっちゅうらしいからね。あの少年もどうなるかわからないよ」
「そうらしいな」
俺は立ち上がる。空いたカップをマスターに渡し、そこのテーブルに新聞を置く。
「どこへ行くんだい?」
「ちょっと用事ができてな」
俺はそのカフェを後にする。
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外に出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。街灯の眩しい光が照らす中、路上を歩き続ける。
「確か、こっちの方だったか」
俺は路地裏に入る。別に財団と厄介なことを起こそうと考えているわけではない。ただ、さっきの眼鏡の男が気になるだけだった。何かあの男には違和感があった。
「あの黒髪の眼鏡……ずいぶんひ弱そうだったな。下手したら、殺されるんじゃないか?」
案の定、路地裏に入ると、そこから痛ましい悲鳴が聞こえてきた。
「お願いします!許してください!ぎいやあああああああああああ」
――こりゃ急いだ方がいいな――
俺は路地裏の奥に進む。しかし、そこで起きていた光景は予想外のものだった。
「はっ?」
悲鳴をあげていたのは柄の悪い男の方だった。その男というのも、すでに心臓を貫かれていて殺されていた。
「何が起きてるんだ」
目の前にはあの眼鏡がいた。
「見ていたんですか」
その顔はさっきまでとはまるで違い、無表情だった。
ようやく、こいつに感じた違和感の正体に気づく。こいつの笑顔は偽物だったのだ。こいつは心の中では笑ってなんかいなかった。
眼鏡の男はこちらを向き、話し出す。
「あなたのことは知っていますよ。……あなた……裏では財団狩りをやっている人間でしょう?」
「……なんだあ? わりと俺も有名になってきたってことか?」
口に笑みを浮かべ、その場を離れようかと考える。しかし、その男の瞳は依然として俺を捉え、逃がす暇を与えない。
どうやら、想像より面倒なことになっちまったらしい。
「そう言うお前もどうやらただ者ではないようだな」
「……そうでしょうか? 僕はわりと大したことはありませんよ」
バシイッ!
その時、その少年が俺の近くに走り、蹴りを入れる。俺はそれを受け止める。
蹴りの衝撃で俺は路地の壁に打ち付けられる。
「ぐっ」
「でも……これからあなたを殺すのには、十分かもしれませんね」
少年は眼鏡を取り、光の無い眼差しでこちらを見る。
キュイイーン
少年の黒い髪が灰色に変わっていくのがわかる。
「あなたは……実に危険だ。だからここで始末します」
「……なるほど……お前は危険人物を片っ端から排除していく掃除屋ってところか。実におもしれえな。俺も同業者とやり合うとは初めてだ」
「名前を言っておきます。僕はサクラザカです」
「俺はカゲロウだ」




