第18話 『決断』
サクラザカは男の死体の襟を引っ張り、森へ投げ捨てる。
同時に雨が降ってきた。
「……行こう」
そして、少年は歩き始める。
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彼が外から戻ってくる。
「サクラザカ……大丈夫……?」
「ええ……お嬢様……」
サクラザカは私のもとに歩く。
「ねえ……サクラザカ……。今度……一緒に川に釣りをしにいかない」
「…………」
「一緒に森にキノコ狩りにも行こう」
「…………」
「一緒に料理も作って」
「…………」
「一緒に……。一緒に……」
「…………」
「……どうして……何も喋ってくれないの?」
サクラザカのその目に希望などは無かった。ただ、自らの赤く染まった右足を見ると、目を閉じる。
「……お嬢様。……一つ……お話があります」
「……どうしたの?」
彼は目を開け、こちらを見る。
「今日で……執事をやめさせていただきます」
「……えっ」
私は状況を捉えられずにいた。そんな私を置いて、彼は扉の方へ向かう。
待ってよ……。
彼は止まらない。
ねえ……。なんで……?
彼は扉を開ける。
どこへ行くの……?
彼は扉の向こうへ行く。
……どうして……?
「待って! サクラザカ!」
その叫びは彼に届かず、扉は閉じる。私と彼の間に大きな結界が張られたようだった。
「……どうして……。どうして皆私を置いていくの……?……サクラザカ。……お母様」
少女は十二年ぶりに泣いた。胸が苦しく、切ない思いになった。
窓から入ってくる雨が書斎の本を濡らす。
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サクラザカは廊下を歩く。右腕がまだ治りきっていないからか、血が流れていた。
その少年には、表情というものが感じられなかった。
道中、少年はある男の死体を見た。その死体はよく見なければ、眠っていると勘違いするぐらい和んだ表情をしていた。
「僕は……まるで死体ですね」
サクラザカは死体の前に立ち、お辞儀をする。
「ライリーさん……。今までありがとうございました」
そして、少年は再び廊下を進む。その廊下に見られる扉の向こうには数々の思い出があった。彼はそれを振り返りながら、エントランスに向かう。
……だが、彼の体が変わり果てた姿になっていることは明白であり、この館にはまったくなじんでいないことを感じた。
エントランスにたどり着き、出口の扉を開ける。そこには依然として、騎士たちの死体が庭を飾っていた。
そして、門から誰かが入ってくる。
「……クロエさん」
「やあ。サクラザカくん。元気にしてたかい?」
彼女は苦笑いをし、サクラザカに話しかける。
「まさか、私がいない間にこんなことが起こっているとはね」
「…………」
サクラザカは花の道を行く。そして、彼女の前を通りすぎる。
「クロエさん……僕は……ヒーローになんかなれません……」
「……そうかい……」
クロエは空を見上げ、目を閉じる。
「……悲しいなあ」
「…………」
サクラザカは門の向こうへ行く。そして、森の奥へと消えていく。
クロエは振り返り、彼の姿を確認しようとするが、もう姿を消していた。
「……それが……本当に君のしたいことなのかい?」
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彼は森の中を進む。だいぶ時間が経っていただろう。
あるところで二人の山賊に出くわした。
「おいっ! そこのクソガキ! 持ってるもん全部出しな! じゃなければここで殺すぜ!」
男の一人は短刀を突き立てながら、そう言った。
それでも、サクラザカは進もうとする。
「なあ? こいつ気味がわりいよ。生きている感じがしねえ」
「ああ。何言ってんだ? こんなひょろそうなやつはすぐに殺せるに決まってんだろうが」
サクラザカはある言葉に引っ掛かり、振り向く。
「君たちの罪は平気で人の命を奪おうとしたことだ。そして……君たちの罰は……」
男の一人が叫ぶ。
「てめえ! なめてんのか!? 今、ぶっ殺してや」
瞬間。男の口から上が吹っ飛んだ。雨に血を混ぜながら、その頭は地面に落ちる。
「ひっひいいい」
もう一人の男は地面に倒れる仲間の死体を見て、怯えていた。サクラザカはその男にも近づく。
「頼む! 許してくれ! もう手出しはしない。だから助けてくれ!」
「…………」
サクラザカは男のいる場所とは逆の方向に向かう。
「良かった……ありが」
その時、男の体が左右に真っ二つに割れた。
サクラザカは進み続ける。そして、きっとあの館に戻ることなど無いのだろう。
自分の右手を握りしめ、完全に治ったのを確認する。
「……この世界の……お嬢様に危害を加える者は絶対に許さない。そんなクズ野郎は今すぐ惨殺する」
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「クロエさんじゃないですか。どうしたでござるか?」
カッパの少年は川でその女性に話しかける。
「やあ。サブローくん。元気そうだね」
「まあ、最近は新聞づくりで忙しいですからね。何かと充実してるんでござるよ。ところで……今日は荒れているでござるね」
豪雨の中、川は濁った水を運び、流れていた。
「一つお願いしてもいいかな?」
「なんでござるか?」
クロエは今まで起きたことを話し、あることを頼む。
「なるほどお。そういうことでござるか。それならお安い御用でござるよ。いつもの仕事の方が大変でござる」
「ありがとう。サブローくん」
二人は改めて、川の景色を見ていた。
「やっぱり、この景色はライリーに見せたくないなあ」