第17話 『邂逅』
「はあっはあっはあっ」
右目があった場所から、血が流れている。あまりの痛みに私は座り込む。
男は眼球を持ち、それを眺めている。
「いやあ。この紅い瞳は美しいですねえ。きっと、売ったらものすごく大金になるでしょう」
男は口から舌を取り出す。そして、それを私の眼球に近づける。
まさか、私の目を舐めようとしているのか!?
やっと、こいつの残虐性を理解した。こいつは私を精神的に追い詰めてから殺そうとしているのだ。
私はあまりの光景を見ることができなかった。
その時だった。
「あれっ。この目からは血の味がしますねえ」
「えっ」
取り出された私の眼球にはあまり血はついていなかったはずだ。
瞬間、男は自分の体の変化に気づいた。
「これは! ……私の腕だ。手首から先がどこにもない!」
男が舐めたのは自分の手首の断面だった。
「ぎいいやああああああああああああああああ。いったい何がああああああああああああああああああああああ!」
刹那。男が何かの衝撃を受けて、吹っ飛んだ。飛ばされた男は窓ガラスを突き破り、外へ放り出された。
「何が……起こったの……」
部屋の扉の前に、誰かが入ってきていたのに気づく。その右腕の無い少年は左手に男の手首を握っていた。
「……サクラザカ?」
サクラザカは手首から眼球を取り出し、その手首だけを男のいる外へ投げ出す。
そして、私の前でしゃがみ、私の目があった位置にその眼球をかざす。サクラザカは青い魔素を集め、それを正四面体に並べる。
「それって……回復魔法……?」
そんな……サクラザカの魔素吸収レベルでは回復魔法は使えないはず。
「……お嬢様……これで1ヶ月は安静にしておいてください」
すると、彼は立ち上がった。
「少し……行ってきます……」
サクラザカは窓の方へ走っていく。
私はその景色を見ていることしかできなかった。
なぜだか、彼が遠くに行ってしまったように感じられた。
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サクラザカは走る。そして、窓をつかみ、外へ飛び出す。
瞬間、つかんでいた腕を軸にし、上方向に蹴りを入れる。その蹴りは不意討ちを狙っていた男の顔面に直撃した。
「げふっ!」
男は森の木に打ちつけられる。館と森の間には草が生い茂り、木が生えていないスペースがあった。
「出てきたところを不意討ち……。ゲスの考えそうなことですね」
「わた……しの……顔に蹴りを入れるなんてなかなかやりますねえ」
頬が腫れている男はちょうどサクラザカのいる位置に手をかざす。
「でも、読んでいましたよお。あなたのいる位置はぴったりだ!」
サクラザカは足元にあるナイフの破片に気づくと、氷のような剣を取り出す。その剣と彼の左腕が赤く発光する。
「能力よ! 発動しろ! やつを八つ裂きにしろ!」
その時、館の上から大量のナイフが降ってくる。どうやら事前に屋根へ仕掛けておいたようだった。
サクラザカは剣をナイフにぶつけ、落ちてくるナイフの軌道を変える。だが、足に一本ナイフが刺さってしまった。
そのためか、バランスを崩し、足を滑らせる。滑った時にサクラザカが蹴り飛ばした泥を、男はかき消す。
「最後の悪あがきですかあ。そんな泥程度の目潰しで私は倒せませんよお」
次の瞬間。
グサリッ
「えっ」
一本のナイフが男に突き刺さった。
「何が起こって……まさか……」
複数のナイフが男の方に向かっていった。サクラザカはこの現象を説明する。
「……確かに、さっきの泥は目潰しのために蹴り飛ばしました。ですが、結果的にあなたが泥に集中してくれたおかげで、ナイフの破片をいくつかあなたの後ろに蹴り飛ばすことができたんですよ。……すると、どうなります?」
大量のナイフが男の体に刺さった。男はよろけながらも、自分の失敗を打ち消そうとする。
「能力……を……解除……しろ」
するとナイフは力を失い、サクラザカの上に落ちてくる。
「ひゃはははは。どっち道、お前の負けは確定だ! 今から落ちてくるナイフがお前を串刺しにする」
サクラザカの左足にはナイフが刺さっており、速い動きはできない。
だが、
グワワアーン
サクラザカの右足が黒く染まる。そして、赤く発光する。
カンッ。キンッ。コンッ。カンッ。
彼は次々と落ちてくるナイフを蹴り飛ばす。重さを持った足はナイフにかかる力を増加させ、勢いよく飛ばす。
「げふっ!」
飛ばされたナイフは男に刺さり続ける。
「ひっ。ひいい。あなたは……あなたはいったい何なんですか!?」
サクラザカは足のナイフを抜き、男に近づく。
「あなたの罪は……殺人を娯楽にしたこと」
サクラザカは右足を一歩踏み出す。その一歩は確実に重かった。
「そして……その罪自体に気づいていないことだ。さっきからあなたにも能力をかけているのに、重くならないのはそのせいだ」
「来るんじゃねえ! 俺に近寄るなああああああああ!」
ふと、男は何かを思い出したかのように話し出した。
「この剣先を見ろ! これは廊下に仕掛けてあるやつだ! おそらくそこから俺までの一直線上にあの吸血鬼がいる! そいつを殺されたくなかったら、俺から離れろおおおおおおおおおお!」
「…………えですよ」
サクラザカは声を放つ。
「ああ? 聞こえねえぞ。もっかい言ってみろ!」
「うるせえですよ! だったら発動してみてくださいよ」
「てってめえ!」
男は口調を荒くしながら言う。
「これであの吸血鬼を殺して任務遂行だああああああああああ」
その直後。
ブシュウッ
「ああっ。何やってんだあああ」
剣がサクラザカの腹を貫いていた。
「さっき……能力を発動されると……危険だから、廊下から持って来ておいたんです」
「だから何だってんだ! 俺は! お前を殺せれば十分なんだよ」
その時、サクラザカは自分の左手に噛みつく。そして、血を吸い始めた。
すると、サクラザカの背中から黒いコウモリのような翼が生えてきた。黒い瞳が男を見下す。
「お前は……吸血鬼だったのか……だが、だからと言ってその傷は免れまい!」
サクラザカは飛び跳ねた。そして、剣がサクラザカを男の方に近づけた。
「なに! 俺の能力を逆に利用して近くに来るだと!」
剣はサクラザカを貫き、それを彼は蹴り飛ばす。その剣は男の胸を貫いて、地面に固定した。
「ひっひやああ」
サクラザカは肉体に回復魔法をかけ、再生させる。右腕も骨ができ、筋肉が作られていた。
「あなたの能力の弱点……それはナイフのような異物が体内に入ると直すことができないことです。ところで、あなたは相手の希望が絶望に変わるのが好きなんでしたっけ。悪いけど、僕には理解できません。だから」
ドシュッ。
サクラザカは赤黒い足で男の腕を踏み潰す。
「ぎいいやああああああああああ」
「もっと落としていいですか?」
ドシュッ。
「ひいいああああ」
「今からあなたに与える罰は……生きていることが苦痛と思うほどの痛みを与え、希望も絶望もわからなくなった時、初めて殺すことです」
サクラザカは右足を上げながら言う。
「これがあなたが今までしてきたことだ」
「ひいいいい」
ドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッドシュッ。
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やがて、男は再生しなくなった。彼の精神が壊れてしまったのだ。
「さようなら。シカズさん」
サクラザカは男の頭部を踏み潰す。