第16話 『誕生』
私はソファの上で目を覚ました。
「今……何時?」
寝ぼける頭を整理し、今の状況を思い出す。
「ちょっと待って。今、どういう状況なの? サクラザカやライリーさんは……? 騎士たちはどうしたの?」
どうすればいいか、わからなくなっていた。とりあえず、扉に向かおうとしたその時だった。
急に書斎の扉が開き始めた。
「サクラザカ……? ライリーさん……?」
突然、扉の隙間からナイフが飛んできた。私はかろうじて、そのナイフを避けた。ナイフは本棚に刺さる。
「さすがですねえ。吸血鬼の反射神経は凄まじいものを感じます。まあ、私にはあまり関係ないですが」
「あなたはいったい誰?」
その男は不気味な笑顔で書斎に入ってきた。
「私はシカズと言います。早速ですが、あなたを殺しに来ました」
私はこの男に凄まじいほどの憎悪を感じた。それはこいつが殺すことに対し、幸福を覚えている点にあった。
「いやあ。三人で仲良くあの世に行けるなんて嬉しいですね」
「三人……まさか!」
嫌な予想がたった。やがて、やつは答えを言う。
「ええ。先ほど出会った二人は私が殺しました。それも苦しませながら」
「そん……な……」
私は二人がもう生きていないと聞いて、一瞬、私もここで死ぬべきだと思った。
だけど……。
「それじゃあ、二人が助けようとしてくれた意味がまったくないじゃない。だから、私は二人の分まで生きる。生きて、二人が生きていた証を残す」
「無駄なことですねえ。では、まずは」
瞬間。後ろから何かが動いた。私はやつに命令する。
「その能力を使うな!」
「なっ!」
本棚から抜けたナイフは力を失ったように落ちた。
「いったい何が起こっているんですか!?」
「そこを動くな」
「なにっ! 足が動きません!」
もう、うんざりなんだ。私の近くで、こんな残酷なことがおきるのは。
私はナイフを拾い、男を蹴り倒す。そして、男にまたがり、ナイフを男の首に刺す。
「ぎいええええええあああああああ」
「くっ!」
ナイフは深々と刺さった。血しぶきが本棚や自分にかかる。やがて、男の声は聞こえなくなり、首が完全に切断されていることに気がつく。
「…………」
私は男の上から立ち上がる。そして、改めて二人がもういない現実を目の当たりにする。
「……サクラザカ……ライリーさん」
今日から私はまたこの館で一人きりだ。それは私に恐怖を与えた。
「誰か……サクラザカ……本当に死んでしまったの?」
私は扉を開けようと手を伸ばした。
その時だった。
「いやあ。実に驚きましたよ。その能力」
私は振り返った。
そんなはずはない。確かにやつの首は切断したはず。
「そん……な……」
男の首は再び再生し、男は立ち上がっていた。
「まさか、あなたの能力が『目を合わせた者を操る能力』だったとは。しかし、その能力には制約があるようですね。相手を操れるのは五秒くらいと言ったところでしょうか。でなければ、いまだに私の能力は発動していませんから」
こいつにはどんなに攻撃を与えてもすぐに再生してしまうということか。つまり、こいつを殺す方法はない。
最初から戦っていても無意味だったというのか。
絶望。その言葉がこの状況をよく表していた。時間は経過し、私の能力はもう使えない。人の血を吸い、吸血鬼として戦うこともできない。
だが、戦う意思はまだあった。例え、勝つ確率が低くても、私は幸せに……誰かと一緒に暮らせる日々を送りたい。
私は男に向かって走った。
「うああああああああ!」
男はニヤリと笑う。
「愚かですねえ。血を吸わない吸血鬼など、ただのか弱い少女でしかないのに」
そして、男が手を広げた瞬間、右側の視界が遮られる。
「いやあああああああああああああああああああ!」
男に右目を奪われるのを感じた。
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
まだ、俺は生きているのだろうか。
壁に寄りかかり、周りは血で染まっていた。この汚れはアリアに悪いな。
左腕は潰れ、右翼は引きちぎられ、下半身はどこかへ行ってしまった。今はまさに亜人の生命力にしがみついているだけだった。
コツっコツっ
廊下の奥から足音が聞こえる。やがて、そいつは俺の前で歩くのを止める。
「……サクラザカ……か?」
「…………はい」
そこには黒い瞳でこちらを見るサクラザカの姿があった。だが、その目に光は一切感じられなかった。
「サクラザカ……。俺はもう駄目だ……。アリアを……助けてやってくれ」
「……はい。わかりました。あなたのことは見捨てます」
その顔はまるで地獄を見てきたかのようで、何か覚悟を決めた顔だった。それを信頼して、事情を話す。
「やつは……言っていた……。吸血鬼の肉体は……科学的に解明すれば……様々な学問が発展する……。そこに財団は目をつけた。……財団は吸血鬼を殺し……その死体があれば……高値で売れると考えている」
「その財団……というのは何ですか?」
「財団は……普段は帝国に従っているが……見えないところで……多くの悪事を働く集団だ……。この世で一番厄介な……やつらと言える。……これを……持っていけ」
俺はあの氷のように透き通る剣を渡す。
「そいつが……お前を……導くだろう。がはっがはっ」
どうやらもう限界が近づいてきたようだった。
「ありがとうございます。……もう喋らないでください。……ゆっくり休んで」
俺はグリーンが死んだ時以来、流したことのない涙を流していた。
「頼む……。アリアを……。あの子を……。一人にしないでくれ……。ここであの子を見つけた時……あの子は泣いていた……。五歳の子供が……一人で寂しかっただろうに……。アリアを……助けてやってくれ……」
「……わかりました」
「あり……がとう……」
俺は視界がボヤけていくのを感じる。近くで、サクラザカが歩いていく音が聞こえる。
が、その音も少しずつ聞こえなくなっていった。
「これで……良かったか……? グリーン……」
俺は目を閉じる。
もしかしたら、あの日、亜人にならなければ、あと15年くらいは生きることができたのかもな。
だが、少しの後悔も無かった。
「なるほど……『安い買い物』だな」
あの草原での出来事を思い出しながら、俺は静かに眠る。
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
「なあ。グリーン」
「どうしたの? ライリー」
俺は窓の近くで空を眺めながら、言う。
「お前って将来何がしたいんだ?」
「将来かあ」
グリーンは考え、思いつくと話し始める。
「僕は……家族がほしいかな。お嫁さんを見つけて、子どもと一緒に幸せに暮らしたい。ライリーはどうなの?」
「おっおう。なんかお前の聞いたあとに言うのは気がひけるな」
「ええ。教えてよお」
俺は照れながらも教える。
「俺はな。ヒーローになりたいんだ。剣で戦ったり、空を飛んだりして、皆を助けられる存在になりてえんだ」
「あははっ。ライリーらしいね」
「うしししっ。そうかもな」
二人の少年は笑い合う。
日差しが剣を照らしながら、窓から小鳥のさえずる歌が聞こえる。