第15話 僕はそいつに捨てられる
半年ほど経ったその日だった。姉さんはおそらく受験勉強のために早く帰っているだろう。
僕はわりと最近、調子が良かった。お茶づくりという趣味は僕を充実させた。
帰り道で僕はスーパーを眺める。そういえば、茶葉がもう少しで切れそうなのを思い出す。
僕は少し、店に立ち寄り、茶葉を買うのだった。
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家に帰った時、妙だった。
いつもは揃っているはずの姉の靴が、ばらばらに吹っ飛んでいたのだ。
「姉さん。どうしたのかな」
僕は台所に茶葉をしまい、自分の部屋に荷物を置きに行った。だが、隣の姉さんの部屋からは、気配がしなかった。
僕は姉さんの部屋の前に立つ。そして、ノックをしても返事が無かった。
「姉さん……。寝てるのかな」
そして、僕は扉を開く。
そこには縄で首を吊っている人の姿があった。
「……姉……さん……?」
僕は血の気が引けるのを感じた。すぐに縄を切り落とし、姉さんの体を横にする。
しかし、体はすでに冷たかった。
「姉さん! しっかりして! 姉さん!」
彼女の顔は苦しさを描いたまま、死んでいた。
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姉さんが死んだ。理由はいじめだった。
姉さんは人気者だった。だからか、クラスで彼女を良く思わない人物がいたらしく、そいつが中心となって、いじめは加速していった。
やがて、そのグループは大きくなり、クラスのほとんどがいじめに加担していた。
そして、姉さんが自殺した日。姉さんと最も仲が良かった親友がいじめグループに加わった。
いじめが本格的にひどくなったのは、僕が姉さんに相談をした日よりも前だった。
葬式が終わった後、棺の中の姉さんの前に立っていた。姉さんの綺麗な顔を見た時、僕は涙を抑えきれなかった。
「ごめん……僕が……気づいてあげられなくて」
僕は自分の無力さを呪った。今まで、その綺麗な顔をした姉さんを僕は見たことが無かった。姉さんにはそんな余裕が無かったのだ。どうして、一緒に過ごしているのに……。
思えば、姉さんは表向きは強かった。だが、実はすごく感傷的で気持ちは弱い人間だった。
そのことを僕は知っていた。……知っていた上で見捨てたのだ。
あの日、わざわざ茶葉を買いに行かなければ。間に合ったかもしれない。わざわざ荷物を置いたり、ノックをしたりする余裕があるなら、もっと急いで姉さんのもとに駆けつければ良かったのに。
いや……もっと前に……。
「ああ……あああ……」
僕は後悔するしかなかった。
「姉さん……僕さ……おいしいお茶……作れるようになったんだよ……。姉さん……なんで……僕を置いていったの……?」
僕はうつむき、泣くことしかできなかった。こんなに苦しく、重い気持ちは初めてだった。
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僕は二年生になった。だが、学校に行かなくなった。
姉さんが死んでからも、数日は学校に行っていた。だが、学校から帰ると気づいた。いつの間にか、僕は姉さんの靴を探していたことに。
彼女だけが僕に優しくしてくれた。そんな彼女がいない今。もうなぜ生きているのか。そんなこともわからなくなっていた。
僕はしだいにお茶も作らず、家から出ることもなくなった。
やることもなく、常にベッドで寝ているだけだった。
常に見る天井。常に見る壁。常に見る床。それらが僕の心の負の感情を増幅させる。
だから、僕は目を閉じる。もう二年も太陽の光を浴びていない。
僕はいろいろと考えすぎて疲れていた。意識が遠くなっていく。
「もう……無理だ……」
僕は夢の中で、草の感触や水の香りを感じた。心地いい夢だった。その夢の中で誰かに背負われているのを感じる。
だが、夢の中には姉さんがいないことだけがわかった。
僕は涙を流した。
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「ああああああああああああああああああ」
僕は自分の罪を感じた。過去の罪すらも忘れていた罪だ。
「君は何もできないのはなぜか。それは君が姉さんとしか関わろうとしなかったからだ。姉さんに任せっきりで自分では何もしようとしなかったからだ」
うるさいうるさい黙れ黙れ。
「そんな君は、この世界ならもう一度やり直せると思った。前のクソみたいな世界のことなんて忘れられるからな」
違う違うもうしゃべるな。
「まったく無様だよね。結局、君は何もできないくせに何かをやろうとしただけなんだよ。才能がないやつが、何やったって無駄なんだよ。そのことに早く気づけよ」
君だって、君だって。
「で。最終的に君は死にかけている。そんな君は本当にかわいそうで仕方がない。同情するよ」
君だって……。
「僕を馬鹿にすることしかできないじゃないか!」
僕の声が辺りに響く。しかし、その蛇はどこかに姿を消していた。いや、最初から蛇なんていなかったのかもしれない。
「そうかもね。だって君にできることはそれしか無いから」
だが、いまだに声は続く。
ようやく、僕はあることに気づく。
声の主は僕だった。
「あひゃひゃっひゃひゃひゃっきききききゅききききききゃきゅききききききゃひゃひゃひゃひゅひひひひ」
僕は発狂した。庭にその叫びが響いた。
「ひひひっ………………ふう」
僕は叫び終わると一息つく。
そして、突然、左腕に噛みついた。
「ふざけんなよ。…………なんで僕だけ罪を背負わなくちゃいけないんだ。僕は許さない。姉さんを死に追いやったやつら。僕の大切な人を傷つけたやつら。お嬢様に手を出したクソ野郎共を」
そして、一番許せない最低な自分を……。
「皆、ぶち殺してやる」
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僕はどうして戦うのか。ようやくそれがわかったんだ。
「君は本当にこれで良いと思うのかい?」
うん。これが彼の……僕自身のためでもある。
「でも、より彼を苦しめるかもしれないよ?」
それでも、結果的に彼を強くしてくれる。
「君は強いんだね」
僕は強くないさ。いろんな人に支えられて、いろんな物に助けられたから今の僕がいる。ただ、それだけさ。
「でも、そんな君を捨てるなんて、彼は相当クズなんじゃないかな?」
……そうかもしれないね。それでも……
「それでも?」
彼は僕を捨てるしか……なかったんだ。それしか、方法がなかったんだよ。
「君はいらない存在なのかい?」
それは彼しだいだよ。彼が必要と思うなら、僕はまたよみがえる。
でも、結局は僕自身の問題なんだよ。




