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異世界の執行人  作者: Kyou
第1章 平和な日々
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第14話 僕は血の海を泳ぐ

 まだ意識があるのだろうか。


 僕は目を覚ました。だが、どうも体が言うことを聞かない。


 特に、右腕はまったく動かせなかった。


「ははっ。何言ってるんだ。動かす腕が無いじゃないか」


 僕は自分の考えに自嘲する。そんな時だった。


「無様だね。君は」


 どこからか声がした。前を見ると、そこには一匹の蛇がいた。


 君は誰だい。


「僕のことなんかどうでもいいさ。それより君はなんてかわいそうなんだい。それはそれは、同情するほどだよ」


 そんなに僕は無様だろうか。


「ああ、そうだよ。君はすごく無様だよ。……どうしてそうなったと思う?」


 どうしてだろう。


 答えはわかっていた。それは僕が何もできないような無能だからだ。


「じゃあ、どうして無能なの?」


 わからない。なんで僕は無能なんだろう。


「君は知っているはずだ。どうして君が何もできない無能なのかを」


 僕が……知っている……?


「そうさ。それを今、確かめに行こう」


 唐突に暗い夜の中で、目の前に景色が飛び込んできた。それは血生臭い世界よりも、暖かい景色だった。



# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #



 僕はいつも通り、学校から帰って来た。玄関に知っている人の靴があるのに気づく。


「げっ。今日は三年は早く帰って来てたのか」


 僕はそーっと歩き、自分の部屋に向かう。しかし、


 バタンッ


 急に扉が開き、彼女が現れた。


「おかえりっ! 今日は遅かったね」


「……姉さんが早いんだよ。それよりいいの? 勉強しないで」


「まあ、なんとかなるっしょ」


 前回のテスト。確か赤点ギリギリだって言ってなかったっけ。


 すると、姉さんは僕の顔をじーっと見る。


「今日、なんかあった?」


「何もないよ。全然大丈夫だよ」


 だが、急に姉さんは僕の頬をつかみ、引っ張る。


「お姉ちゃんに嘘が通じると思っているのか! いいから話してみなさい!」


「わはっは。いふから、はなひて。はなひて」


 僕との共通点が灰色の髪だけで、性格が真逆なこの人が僕の姉、佐倉坂ミドリである。



# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #



「学校で話す人がいない?」


 姉さんはそう聞き返す。姉さんの部屋で僕はなぜか正座をさせられている。


「なら、話しにいけばいいじゃない」


「話しても……嫌われるだけだよ。僕みたいな性格なやつは」


「そんなの、やってみなくちゃわからないじゃない。話して行けば、きっと自分の性格だって変えられるよ」


 姉さんに僕の気持ちなんてわからない。だって、僕と違って、姉さんは学校の人気者なのだから。


「……人間はそんなに簡単に変われないよ」


 そう言うと、姉さんは静かに黙った。そして、数秒の間を過ぎて、姉さんが一言。


「……ちょっと待ってて」


「えっ」


 姉さんはすぐに自分の部屋から出ていった。台所の方でガタンゴトンと音がしているのは気にしてはいけない。


 少し経った後、姉さんが戻ってきた。彼女は手にコップとやかんを持ってきていた。


 そして、コップに何かを注ぐと、それを僕の方につき出す。


「……飲め」


「えっ。あ。うん」


 こういう時の姉さんは言うことを聞かないと、とんでもない目に合う。


 だから、とりあえず従っておくことがベストである。


「いただきます」


 僕はその飲み物を飲んだ。それはお茶だった。温かいものが心まで広がってきた。


「まさか、料理が苦手な姉さんがこんなものを作れるようになっていたとは……」


「それ……誉めてるの? まあ事実だから怒らないけど」


 正直、感動している。姉さんがこんなにおいしいものを作れるようになっていたなんて。


「人間って、変わっていくものだって私は思うんだ。変われない人なんて一人もいないんだよ。ただ、変わりにくい人と変わりやすい人がいるだけ。だから、これから簡単なことからでいいから、自分を変えてみない? お茶の作り方、教えてあげるよ」


「……僕にできるかな」


「同じ事を何度も言わせないでくれよ。できない人間なんていないさ。早速、お茶を作りに行こう」


「えっ。ちょっと。姉さん!?」


 そして、僕は姉さんに引っ張られて、台所につれていかれるのだった。



# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #



 あの時は楽しかったんだ。


 誰にも興味を示されることがなかった僕に、姉さんだけが優しくしてくれた。両親やクラスメイトがまったく関わろうとしない中、姉さんだけが。


「心の救いだったんだよね」


 そう。まさに心の救いだ。姉さんがいたからこそ、今の僕は存在しているし、お嬢様とも仲良くなれた。


 姉さんには感謝をしてもしきれないよ。今の僕を作っているのは、まさしく彼女なんだから。


「今の君を作っている……か。今の……カエルを踏み潰すような残虐な君をかい?」


 ………………。


 ………………。


 ………………?


 君は何を言っているんだい?


「……覚えていないのかい? あの暑い日の中、お嬢様の顔に泥を塗ったあのカエルを?」


 ……えっ……カエル? ……あのカエルをどうしたって?


「……だから、カエルを踏み潰したじゃないか」


 僕は訳がわからなくなっていた。唐突にその日のことを思い出そうとする。


 だが、ちょうど館から川に行くまでの間の記憶が無かった。


 僕は自分の足でカエルを踏み潰すなんて、そんなことは覚えていない。だが、僕はそれを否定できなかった。まるで、僕がその瞬間を無意識に忘れているのかのようだったからだ。


「それは少し違うよ。君は忘れたいだけだ。都合の悪いことは全部」


 なぜだか……僕は自分が恐ろしくなった。僕はまだ、自分すらも知らないのではないか……。


「そういうところが無様なんだよ。君のそういう無責任なところが」


 蛇は近づきながら言う。


「皆を助けるヒーローになる……だっけ。そんなものになる前に、自分自身が罪深いことに早く気づいた方がいい」


 僕が……罪深い……?


 なぜか、その言葉にすごく共感できた。なぜ、自覚があるのか僕にはわからなかった。


「自分の罪すら忘れるなんて……君はとことん愚かだねえ。その程度でお嬢様を守るだなんて、本気でそう思ってるの?」


 本気で思っている。そのことは確かだ。でも、それ以外のことに確証が持てなくなっていった。


 僕は……何だ?


「君は君だ。だからもう一度思い出すといい。君の罪を。君の最低さを」

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