第13話 壊れているのは僕の心だった
ついに決戦の日だ。
僕はエントランスで待機している。時々、扉の向こうを見るが、帝国軍はまだ現れない。
「ライリーさんの方は大丈夫だろうか」
彼はお嬢様のいる書斎の前の廊下にいる。もしも、エントランス以外の場所から侵入してきたら、対応しきれないからだ。
お嬢様はというと、彼女は戦おうとした。が、ライリーさんはそれを良しとしなかった。どうやら、お嬢様の特殊能力は集団には弱いらしい。
だから、ライリーさんは彼女を気絶させ、今は書斎で寝かせている。
正直……ものすごく怖い。だが、この三週間で僕は強くなった。ライリーさんにいろいろな技を教えてもらったし、この世界のこともたくさん知った。
僕は自分にそう言い聞かせる。
すると、扉の奥から多くの人数の足音が聞こえた。僕は気を引き締める。
足音がだんだん近くなっている。最近、耳がよくなった気がする。小さい音でも逃さないようになっていた。
しかし、その時、急に足音が止まった。
バンッドドドドドドッキンカンドドドドドドドド
そして、爆発音や金属音が聞こえた。
「なんだ? いったい外で何が起きているんだ」
やがて、音が鳴り止む。それと同時に扉を開け、外に飛び出す。
そこは……。
「うっ」
むせるような血の匂い。原形を留めていない騎士たちの肉体。それらは血で染まった赤い花を飾っていた。
「おえっ」
僕はその光景を見て、吐いた。汚物が口から地面に落ちるのを感じる。こんなにも凄まじい場面に出くわしたことなどなかったのだ。
騎士たちの死体の先に、一人の男がいた。その男は体は貧弱そうで、長い鼻を持っていた。
「やあ、こんにちは。私はヴェルル財団に所属しているシカズというものです。ここに吸血鬼がいると聞いているのですが、今から会えるでしょうか」
男は礼儀正しく話しかけてきた。だが、その男には何か狂気めいたものを感じた。
「すみません。あなたをお嬢様に会わせるわけにはいきません」
「そうですかあ。それは残念です」
男はうつむいている。何か悲しんでいるのだろうか。
しかし、男は顔をあげる。その男の顔は完全に狂い、笑っていた。
「あなたを殺さなければならないなんて」
僕は鳥肌がたった。瞬間、腰の剣に手をかざす。
男はナイフを持ち、まっすぐ僕の方へ走ってきた。それを僕はよく見極め、やつの無防備の部分を確認する。
足を赤く発光させ、やつに近寄る。腰から抜いた剣は光を反射しながら、やつの下の空気を裂く。
腕に鈍い感触が伝わってくる。やつのナイフを持った腕が宙を舞い、僕の後ろに落ちる。
「きえええええええうあああああ」
男は自分の腕を押さえながら絶叫する。腕を切り落としたことには少し気が病んだ。
だが、僕にはやらなければならないことがある。それはお嬢様を全力で守ることだ。
「あなたが何の目的でお嬢様に会いたいかわかりませんが、あなたのような危険人物は帰ってください」
男はうめき声をあげていたが、やがて、それは笑い声に変わっていった。
「ククククククッ。あっはっはッは」
「あなた。いったい何を!」
男の顔は確かに苦しんだ様子だった。だが、目を見開き、その顔は異常なほど笑顔だった。
「いやあ。この絶望がたまらないんですよ。この絶望が私を最高に幸せにしてくれる。……そして、あなたも」
「何をするつもりなん」
刹那。
目の前を赤い光が走った。その光はやつの腕にくっつき、腕を再生させた。いや、正確に言うと、離れていた腕が元の位置に戻ったのだ。
その景色を眺めながら、僕はようやく自分の状況に気づく。
その地面には剣を持った自分の右腕が落ちていた。腹も切り裂かれていた。
「がはあっ」
口から血が吹き出し、その場に倒れ込んだ。体がうまく動かなかった。
「いやあ、実に素晴らしい。あなたは今、勝てるという希望を持っていた。でも、あなたの希望が絶望に変わる瞬間。それが私の心を癒してくれる」
やつの特殊能力は一体何なんだ。明らかに異様な能力だ。
血が大量に出たからか。意識が遠くなっていく。
「さて、このままあなたはここに置いていくとしましょう。ゆっくり……ゆっくりと痛みを感じながら、死んでくださいね」
男は狂ったような笑顔で、僕を見下した。そして、男は館の方に向かった。
「やめろ。……お嬢様に近づくな……」
僕は今にも消えそうな声でやつに言った。だが、そんな声は届かなかった。
ゆっくりと赤い花に囲まれて僕は眠る。
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「サクラザカは大丈夫なのか」
俺は館の廊下で見張りを続けていた。先程の庭での音を聞いて、少し不安に思っていた。
「なぜ、やつらは庭で戦闘をしたんだ。サクラザカと戦うなら館の中で戦うはずじゃないか」
かといって、騎士たちがここに来る場合もあるため、ここから離れるわけにはいかなかった。
すると、廊下の奥から足音が聞こえてきた。そして、ある男が姿を現した。
「やあ。私は吸血鬼を探しているのですが、いらっしゃいますか?」
「誰だ。お前は」
その男は鼻が長く、奇怪な雰囲気をまとっていた。
「私の名前はシカズです。ヴェルル財団に所属しています。それでは、私の質問に答えてもらいますよ」
「……ああ。そのことだが……」
俺は男に向かって、一本の光線を放つ。男はそれを避ける。
「悪いが、財団は帝国と同じぐらい信用ができん。頼むから帰ってくれ」
「危ないですねえ。急に光線を刺してくるなんて。どうやら、あなたも死にたいようですねえ」
「……なんだと?」
やつの言葉に引っ掛かった。
「ええ。あの少年は今頃、苦しみながら死んでいくでしょう。あえて、すぐに殺さなかったのは、痛みを感じてもらうためです」
俺は改めてこいつをおぞましいと感じた。こいつは外見以上に内面が狂気に歪んでいた。
「そうか……」
俺は静かにうつむく。
「さあ、あなたも死んでください」
男は複数のナイフを投げつける。
俺は背中から黒い翼を出し、ナイフを避け続ける。そして、剣でやつの首を切りつける。
「ぐはっ!」
やつは血が出る首を押さえながら、距離をとる。
「……言っておくが、俺はお前のような自分の利益のために他人を蹴落として笑っている人間が一番嫌いだ! お前は絶対にここで殺す!」
男は一瞬ひるんだが、すぐに立ち上がり、笑い始める。
「……あははははははははは。いやあ、あなたは実に希望に満ちている。だからこそ殺しがいがある」
突如、俺の後ろから、やつが投げたナイフが戻ってきた。そのナイフはすべて先端が欠けていた。男はさらにナイフを投げ続ける。
俺は不規則に飛んでくるナイフを避け、男に近づく。
そして、やつの後ろに回り込んで、剣を突き立てる。
「ひいっ」
「殺す前に聞いてやる。財団の目的は何だ。お前らは吸血鬼を殺してどうするつもりだ」
男はおびえたような顔をして、力が抜けていた。
こいつにはもう勝ち目が無い。
…………。
はずだった。
「ううっ!」
突然、俺の背中に大量の剣が刺さった。
「いやあ。人というものは余裕ができると、注意力が弱くなるんですねえ」
「いったい……何が……」
男は折れた剣先を持って言う。
「さっき廊下の奥に置いておいたんですよ。騎士たちから奪った剣を。ここまで言えば私の能力はわかるでしょう」
ああ。大体わかってきた。こいつの能力は『物体を元の状態に戻す能力』だ。それを利用して、壊れた剣やナイフを遠隔操作していたんだ。
重要なのは、速さだった。元に戻す速度が速いから、遠くから剣の破片が来るのも速かったんだ。
俺は力を振り絞って、動こうとする。
「そうはさせませんよ!」
やつは今度は自分でナイフを振りかざす。動きの鈍くなった俺はそれを避けられず、胸のあたりに攻撃を受けてしまった。
「ぐっ」
後ろから来る大量の剣に串刺しにされたのが俺の敗因だった。