第12話 日の光が世界を照らす
皇帝とやらの様子を見るため、俺はやつの別荘に向かっている。
どうやら、その別荘は林を抜けた先にあるようだ。
その時、なにやら林の先が明るかった。今は夜中のはずなのに、そこは異様なほど眩しかった。
俺は走り、その光に近づく。そして、その光景を目の当たりにする。
「えっ」
なんと、その建物が燃えていたのだ。
「なんで、こんなことが……」
俺は状況がわからず、建物の様子を眺める。すると、窓から何か人影が見えた。
「……グリーン」
そこにはあいつの姿があった。確かに8年前に比べて成長していたが確かにあいつはグリーンだった。
「おいっ! そこにいるのか! グリーン!」
大声で呼んでもあいつには聞こえない。やがて、グリーンは建物の奥へと消えていった。
「クソッ!」
足が踏み出せなかった。俺はこの期に及んで、自分の死を恐れていた。この炎の中、普通の人間が飛び込んで行ったら、間違いなく焼け死ぬだろう。
「なんでだよ。ここまで来たんだぞ!」
俺は自分の足を殴った。しかし、痛みは自分に帰ってくるだけだった。
不意に、俺はさっき自分の考えたことを思い出した。
「『普通の人間』……普通じゃない人間なら行けるのか?」
先程の商人を思い出す。彼は何を売っていたのか。それは……
「やあ。こんにちは。さっきぶりですねえ。」
「……お前は……」
そこにはその商人がいた。商人は口角をつり上げ、こう言った。
「私が呼ばれたということは……やはり、この薬が必要になりましたか?」
「……頼む……その……薬を」
すると、その男は嘲笑うかのような口調で言う。
「残念ながらこれはもう商品ではないんですよ」
「……お願いだ。今……その薬が……必要なんだ」
「……ではこうしましょう。あなたが私に自分の寿命を半分与えるというのは。もしかしたら、安い買い物かもしれませんが」
「なんだと……寿命を……半分……」
男はさらに俺を見下し、笑いながら問いかける。
「さあ。選んでください。あなたは自分と他人の不利益のどちらを選びますか?」
「…………俺は」
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俺は炎の中を走る。そして、瓦礫をかき分けながら、あいつを探す。
「グリーン! どこだ! 返事をしてくれ!」
俺はいくつもの部屋を回り、その部屋にたどり着いた。
「グリーン!」
そこには、瓦礫の陰で横たわるあいつがいた。
「おいっ。しっかりしろ! 今、回復魔法を……。グリーン?」
その時、グリーンの姿を確認した時、俺はその現実を受け入れたくなかった。
体は穴だらけで、眼球は両方とも切りつけられていた。そして、その顔は何かをやり切った人間の顔だった。
「グリーン……お前……」
彼の肉体からは生気を感じなかった。魔素が肉体から離れていく。その様は、オーラのようなものが消える瞬間に近かった。
もう遅かったのだ。
俺は自分の無力さを恨み、涙を流した。
後ろから何か集団がやってきた。その隊長と思わしき人物が口調を荒げて言う。
「おいっ! そこのお前! そこをどけ! そいつは忌まわしい残虐な皇帝だ! 今、ここで始末する!」
忌まわしい……残虐……。この男は何を言っているんだ。
「そいつの首を跳ね、死んだことを確認する。だからそこをどけ!」
あいつらは、これ以上グリーンに何をするっていうんだ。集団で追い詰め、死に追いやったお前らが、
「お前らの方が……よっぽど残酷じゃないか!」
瞬間、俺の背中の黒いカラスのような翼が空気を吹き飛ばした。
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気がつくと、俺は倒れていた。辺りは血しぶきで染まった瓦礫で埋め尽くされていた。
俺は立ち上がり、おぼつかない足取りで歩き続ける。
「……グリーン…………」
自分の体が、鳥の亜人になったとはいえ、体力の消費は激しかった。
突如、周りが明るくなるのを感じる。朝の日ざしがここを照らしていた。
俺はグリーンのところに手を伸ばす。だが、
「待ってくれ……グリーン……」
伸ばした手が届く前に、あいつの体に日光が当たる。
すると、光が当たった場所から肉体が砂に、変わっていった。
「……頼む……待ってくれ……まだ、何も……」
手が届いた時には、あいつの体は完全に消滅した。残ったのは、あいつが持っていた剣だけだった。
「これは……」
それは俺が最初にグリーンに出会った時に、作ってやった剣だった。その剣は日光を反射し、白い光を放っていた。
「クソッ……あともうちょっと早ければ、あともうちょっと」
後悔の波が俺の心を深くえぐった。
その日の朝日は妙に綺麗だった。
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「ライリーさん!昨日は勝手なことをしてすみませんでした」
館にたどり着くと早々、あいつが謝ってきた。
「どうした?急に」
「いや。本当に自分の昨日の行動を振り返ると、頭おかしいことしてたんだなってわかったんです。お嬢様にも結局迷惑かけるだけだったし」
「まあ、いいって。その。昨日は俺も言い過ぎた。……とりあえず、二日後に備えて稽古を始めるぞ」
「あっ。はい!」
俺はサクラザカの様子について奇妙に思った。
「怖くないのか?40人の騎士がくるんだぞ」
「……正直、怖いです。でも、なんだか、お嬢様やライリーさんがいると、全部大丈夫な気がするんです」
俺はこいつに対し、グリーンに近いものを感じた。いつもは弱気なのに、意外なところで勇気があるところは特に似ていた。
単純にあることを考える。
「サクラザカ。確か、お前は異世界から来たんだってな。お前は元の世界に帰りたいと思わないのか?」
「元の世界……ですか?」
「普通、辛い目にあったなら、帰りたいって思うはずだろ」
サクラザカは何か考えながら、返答する。
「なんていうか。元の世界よりも、今の世界の方が大事にしたいんですよ。ここには大切な人がいるから」
「…………」
そういうものなのだろうか。とにかく異世界から来たり行ったりした経験などまったく無いので、俺にはわからなかった。
「今日の稽古は特殊能力についてだ。この二本のナイフをお前の後ろに置く」
「そのナイフがどうかしたんですか?」
「魔素探知を使ってみろ」
すると、サクラザカは何かに気づいたかのように、後ろを見る。どうやら一本のナイフが宙に浮きながらこっちに来ていることに気づいたようだ。
「これは物体操作魔法?」
「そうだ。魔素探知は魔法を使った動きまで探知することができる。だが、」
俺は手に持ったもう一本のナイフを見せる。
「えっ! いつの間に取ったんですか?」
「これが俺の特殊能力『凶器を引き寄せる能力』だ。こうやって、特殊能力を使った技は魔素探知でも探知しにくい。奇襲をかけるなら特殊能力で攻撃した方が良い」
「へえ。すごいですね!」
サクラザカは興味深そうにナイフを眺める。まるで昔のあいつのように。
まあ、昔は少し違う能力だったが、亜人になった際に特殊能力が弱くなった。そのため、今では剣を作り出すなんて芸当はできなくなっていた。
「逆に特殊能力で奇襲をされたら、かわすのは運しだいになりそうだな」
「避ける方法とかないんですか?」
「あるとしたら直感と経験か?」
「そんなあ」
そんなやり取りを続ける中、刻々と時間は過ぎていった。
太陽の日ざしが雲によって遮られる。