第52話 少年の思い出
昔から、僕は強かった。自分の力が異常であることは、すぐに理解できた。
肉体系の力が弱い亜人種なのにも関わらず、僕は4歳の頃、近所で訓練をしている騎士たちに腕相撲で勝ったことがある。
その時……頭にきたのか、騎士たちはイカサマをして僕に勝とうとした。それでも、彼らが僕に勝つことは無かった。
自分のしたことのせいで、その人たちを悪人にしてしまった。そのことがショックで、なるべく自分の力を外に出さないようにした。
ただ……唯一、歳の離れた姉さんだけは僕のことを強さ以外で認めてくれた。
「あなたの強さは、誰かを助けるためにあるのよ」
どんなに、力を見せても、姉さんは悪い気持ちを抱かなかった。兄さんとは違って……。
姉さんのことが、僕は大好きだった。だから、姉さんが稽古をつけてもらっているところを見に行った。
どうも、その時に姉さんが教えてもらっていたことを、僕は見て覚えていた。……しだいに、人の視線だとか、考えを読む力などにも優れるようになった。
……そんなある日、退屈になった僕は、とある城に忍び込んでいた。
子どものイタズラだった。ただ、違うのは、その城は帝都で一番大きなもので、警備や配置された魔法のトラップが念入りに仕掛けられていた。
その中を、いとも容易く抜ける。6歳にもなり、以前よりも遥かに僕は強くなっていた。
「…………」
その城の奥には、薄暗い……でも心地よい風の吹く庭があった。
夏なので、ちょうど涼むにはうってつけの場所だった。
「……ふう」
いろいろと疲れたため、少し昼寝でもしようかと考えていた頃だった。
「誰?」
「……ん?」
僕は声のする方向に目を向ける。
そこには、癖の強い黒髪を持ち、歳の近そうな女の子がいた。ドレスを着ていて、いかにも身分の高そうな子だった。
ただ……妙なのが、なぜか目隠しをしていることだった。
「……あなた。どこから来たの? ここでは、イマニュエル以外の人はめったに来ないのに……」
「…………」
少し……面倒なことになってしまった。城の人と接触するのは、少しまずい。
最初に考えたのは……。
――この子は口止めできるだろうか――
僕は彼女に近づき、言う。
「実は、ここの掃除をしにやってきたんだ。でも、お母さんやお父さんには、内緒でやってるから、できれば誰にも言わないでほしいな」
「……へ?」
さすがに疑問に思ったか……と考えたが。
「うん! わかった! 誰にも言わないわ!」
ホッと息をつき、とりあえず僕はその場から離れようとする。
しかし……。
「待って」
「……えっ」
襟をつかまれ、僕は足を滑らせる。
ゴツンっと、嫌な音を立てて後頭部を打ちつける。
「あっ! ごめんなさい!」
「……いやまあ……これぐらい平気だよ」
少し涙目になりながらも、その子を安心させるために嘘をつく。本当は……たんこぶができているのだが……。
「本当に?」
「うん。こう見えて、僕は結構強いからさ」
「そうなの?」
そう言うと、その子は可愛い八重歯を見せ、笑みを見せる。
「良かった」
「…………」
なんとなく、それを見ると僕は恥ずかしくなった。目をそらし、話題を切り替える。
「ところで、僕に何か用?」
「ああ! そうだった!」
その子は、その頬を赤くし、こちらに言う。
「私……遊び相手がいないんだ。ずっとここで一人でいるの。だから……」
そして、彼女は思いきって言う。
「だから! 私と一緒に遊んで!」
「……ええ?」
「いいでしょ! ね?」
なんとなく嫌だった。僕は一人でのんびりと過ごしたい気持ちがあったのだ。
ただ……ここで断って、疑われるのも良くない。
それに……。
「わかった。いいよ」
「本当!? やったあ!」
彼女は喜び、その場で飛びはねていた。
そして、僕の手をつかみ、言う。
「私はアリア!」
なんだか、その時、僕に向けた笑顔というのが、すごく照れくさかった。
少し顔をそらしてしまうも、彼女に言う。
「僕はウヌク」
「ウヌクかあ! よろしくね。ウヌク!」
彼女との出会い……それが、僕にとっての少年時代の思い出のすべてだった。
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # ##
「ねえ。アリアは外に行きたいって思わないの?」
彼女と出会って、しばらく経った後、そんなことを問いかけた。
「……外?」
「うん。だって、ずっとこんな狭いところにいるんでしょ?」
「外……かあ」
アリアはしばらく、空から漏れる光を見つめ、考えていた。
「確かに興味はあるけど、外に出たらお母様に怒られてしまうわ」
「……そうなんだ」
「でも、そんなに外に行きたいって思ったことも無いの」
「えっ」
僕は驚き、アリアの方を向く。そこには、幸せそうに笑う彼女の姿があった。
「お母様やお父様、イマニュエルがいるから、私、すごく楽しい」
「…………」
そう……なのだろうか。
……そうなのかもしれない。
思えば、僕もこの狭い帝都に住んでいて退屈じゃなかった。
なんでか……。それはたぶん姉さんがいたからだ。次男だから、どれだけ家で邪険にされていたとしても、優しい姉さんがいたからこそ、僕は幸せだったんだ。
「……アリア。君はすごいね」
「へ?」
「すごいよ。だって、普通じゃ思いつかないようなことばかり思いつく」
僕は微笑み、なんていうか、嬉しかった。
常に、幸せを感じる。この状況が嬉しかったのだ。
「おまけに可愛いし」
「……なっ」
そう付け加えた時だった。
「急に何言ってるの!」
その直後、僕の脇腹に彼女の作った魔弾が叩き込まれる。
勢いよく吹っ飛んだ僕は、その庭の木に激突し、気を失うのだった。
# # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # # #
嬉しさを胸に抱いて、僕は家まで走った。
早く……姉さんに会いたかった。会って、いろいろしてあげたかった。
今まで、してもらったことを返したかった。
そして、その家の扉を勢いよく開く。
「姉さん!」
笑顔を保ったまま、その光景を見る。
しかし……それを見た瞬間、その顔から笑顔は消える。
「…………」
目の前に、姉さんを殴る兄の姿があった。
「……姉……さん」
その顔には、青いアザができていた。
それを見るやいなや、僕は兄の瞳をにらみつける。
兄はそんな僕をじっと見ていた。その目は妬みで染まっていた。
「お前のせいだ。……次男のくせにお前ばかり、才能がある。父さんも母さんも俺に興味を示さなくなっていく」
しだいに、彼は僕の最も苦手な顔をする。
どんな手段も取り得る……悪人の顔だ。
「お前らなんか家族じゃない。お前らなんか!」
その時、兄は……目に血をほとばしらせ、姉に向けて、拳を振るう。
そこから先は、よく覚えていない。




