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異世界の執行人  作者: Kyou
第4章 どんなに傷ついても……
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第51話 鏡の国に生きる彼

 シアンの前に立つウヌク。


 彼はゆっくりとその口を動かす。


「シアンちゃん。……ここから、離れて」


「でも……ウヌクくんは?」


 ウヌクは微笑み、シアンの前に座り、彼女の肩に触れる。


「僕は大丈夫。それよりも、奥で団員たちが戦っているから……」


「……えっ。敵はあのサクラザカって人だけじゃないの?」


 シアンはその顔をだんだんと青くし、そのことをウヌクに問いかける。ウヌクはそれに優しく答える。


「帝国の連中がここに攻めこんできている。こんなに早いとは、さすがに思わなかった」


「そん……な……」


「来る途中にいた騎士たちは全員殲滅したけど、まだ奥では団員たちが戦っている。シアンちゃんは、彼らを助けてあげてほしい」


 シアンは少し考えた後、その顔を引き締め、ウヌクに言う。


「……わかった。ウヌクくんも絶対に死なないで」


「うん」


 彼女は、その会議室の外へ走っていく。


 それを見届けた後、ウヌクは振り向く。


「もう起きているんでしょ? サクラザカくん……でいいんだよね」


「ええ。まあ……」


 ウヌクとサクラザカの鋭い視線が合わさる。


 サクラザカはさらに威圧し、言う。


「あなたは?」


「僕はウヌク。財団の幹部さ」


「そうですか」


 そんなサクラザカに対し、ウヌクは笑みを浮かべ言う。


「なんで、さっき部屋を出ていくシアンちゃんを攻撃しなかったの? 隙はいくらでもあったはずだよ」


「隙? そんなものは無かった。あなたが防御していたはずですので」


「へえ。なかなかいい勘をしてるね。さすがは団長と戦って、生きているだけのことはある。……でも、戦力を減らせる可能性があったなら、攻撃しておくべきだったんじゃないかな?」


「…………」


 サクラザカはしばらく黙った後、答える。


「……一人殺せば、それで財団は壊滅する」


「…………」


「ならば、()()()()()で充分です」


「……ふーん」


 ウヌクはさらに笑みを強める。


「おもしろいね。……今まで出会ったことがない熱を感じる」


 彼はその刀に触れて、言う。


「じゃあ、始めようか」


「……はい」


 サクラザカも氷の剣に触れ、かまえる。


 …………。


 瞬間、二人は互いの武器を激しくぶつける。


「……っ!」


 押されていたのは、サクラザカの方だった。彼はシールドを展開し、防御しようとした。


 だが……。


「……えっ」


 そのシールドを作る魔素の内側に、ウヌクの刀身があった。


「ぐっ!」


 すぐさま、シールドを展開するのをやめ、身体強化の方に魔素を使う。そして、向かってくるウヌクの刀を避ける。


――速すぎる!――


 彼は、サクラザカの出会ったどの敵よりも速かった。第一、魔素の反応よりも速い攻撃をサクラザカは見たことが無かった。


「くそっ!」


 サクラザカは地面を蹴り、逃げようとする。


 しかし……。


「……っ!」


 その足に魔素で作ったロープが巻きつけられる。それはウヌクの手から発生したものだった。


「しまっ……!」


 ウヌクはそれを引っ張り、サクラザカを近くに戻す。


「……っ!」


 再度、ウヌクの刀とサクラザカの剣がぶつかる。


 サクラザカの剣は大きく弾き返され、再び剣先をウヌクに向かわせるには、あまりに時間がかかった。


 ウヌクの刀の速さを考えれば、なおさら急がなければならない。


「……っ!」


「ん?」


 サクラザカはその氷の剣を後ろに投げ、体を低くし、ウヌクの刀を避ける。


 そして、ウヌク本人の腹に蹴りを入れる。


「……うっ」


 蹴りの入ったウヌクは、サクラザカから距離が離れる。サクラザカはその間を使い、氷の剣を再び握りしめる。


「…………」


 サクラザカは少し顔が引きつる。ウヌクが再び笑みを浮かべたからである。


「……結構力を入れて、蹴ったつもりなんですけどね」


 このウヌクという男の強さは異常だった。刀の速さだけではなく、ロープを引っ張る腕力、蹴りを入れられて耐える精神力。そのすべてが秀でていた。


「……しかも」


 しかも、サクラザカはすでに吸血鬼になっている。相手の細かい動作は大抵見切ることができる。それにも関わらず、ウヌクの刀身が見えないのだ。


「……いったい……どうなってるんですかね」


「…………」


 ウヌクはサクラザカにニコリと笑う。


 その笑みが、余計その恐ろしさを強めている。


「君の攻撃には、()()が見える」


「……っ!」


「人を殺すことを……迷っている?」


 次の瞬間。


 ウヌクの目の前にサクラザカは斬りかかっていた。


 その剣を、ウヌクは刀で受け止め、話し続ける。


「けれども、人を殺すことに何の躊躇いも無い気持ちもある。……戦って生きるためには、しかたのないことだったんだね。そんな二面性のあることが……その迷いの原因じゃないかな?」


「少し……うるさいですね」


「ははっ。でも、大丈夫。そういう人の方が多い。人間の魅力だから。その迷いも乗り越えることによって、成長に繋がる。ただ……」


 ウヌクはサクラザカの顔面を蹴り飛ばす。空中に血を撒き散らしながら、サクラザカは弾き飛ばされる。


「足枷は……はずさなければ、いつまで経っても足枷のままだ」


「…………」


 ウヌクは刀を腰の鞘に戻し、倒れるサクラザカの胸ぐらをつかむ。


 そして……その顔に拳を叩き込む。


「迷ったままでは、僕には勝てない。そんな弱い志じゃあ……」


「…………」


 それでも、サクラザカの瞳は依然としてウヌクの方を向いていた。


「……足枷なら、良かったんですがね」


「……?」


「何度はずしても……何度はずしても、巻きついてくる。それはまるで……」


 彼の黒い瞳が、力強くウヌクをにらみつける。


 それは、今日初めてウヌクに恐怖を与えた。


「蛇みたいだ」


 瞬間、その氷の剣を手から放し、サクラザカの腕はウヌクの首もとを捉える。


 体を固定し、締めつけ、刀に手を届かないようにする。


「……っ!」


「でも……それはあなたも同じだ」


 サクラザカの殺意のこもった黒い瞳が、ウヌクをじっと見つめる。


「あなたも迷っている。そんな感じがします」


「…………」


 ウヌクは屈み、自らの体にしがみつくサクラザカを地面に叩きつける。


「……っ!」


 その時、地面についた瞬間、サクラザカはウヌクの腰からその刀を抜き取る。それを彼に向けて、突く。


 そのサクラザカの攻撃を目で捉え、ウヌクは刀を避けて、サクラザカを蹴り飛ばす。


 腕が自由になったウヌクは、その場に落ちている氷の剣を拾う。


「……迷っている……か」


 ウヌクはその剣を握りしめ、考える。


「そうかもしれない。さっき……団長から電話があった」


 彼は懐から、携帯電話を取り出し、サクラザカに向ける。


 そして、録音された音声を流す。


『……ザザっ。……ウヌクか?』


 それは紛れもないブラックの声だった。


『……お前には失望したぞ』


「…………」


 サクラザカは黙って、それを聞いていた。


 ウヌクは苦笑いをし、言う。


「……連絡はこれだけ。……意味わかんないでしょ?」


「ええ。まあ……」


「でも、なんとなく心当たりはあった。ずっと昔から、団長は不思議な人だった。誰よりも、人間らしかった。……君に出会うまでは、僕もそう思っていた」


 ウヌクの黄緑色の瞳は、じっと床を見つめる。


「なんていうかね。……それでも、団長がいてこその財団だったんだなって、思うんだ」


 そして、ゆっくりと瞼を閉じ、その口元に穏やかな笑みを浮かべる。


「……楽しかった。でも、もう終わりだ。財団は今日……滅びる運命にある」


「…………」


「だからって、ここで戦わない理由にならないけどね。僕にだって、まだ守らなければいけない仲間がいる」


 その時だった。


 ウヌクがサクラザカを嘲笑うかのように見つめたのは。


「君は……誰を守りたいの?」


「…………」


 サクラザカの顔が……血管が浮き出るほど引き締まる。


 その瞬間。


 二人の男は、互いの武器を握り、走り込む。


 その二人の姿は、まるで鏡合わせのように酷似していた。

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