第42話 乾いた涙
――……まずい――
アルタイルはしばらく倒れた少女の姿を眺めていた。
――まずいまずいまずい!――
ふと、我に返り、レベッカに駆け寄る。
「レベッカ!」
その体から……血が流れ出していた。
その時、アルタイルは当然のことを理解する。
――ただでさえ、下でアルタイルと戦った時にレベッカは体力を消耗していた。それなのに、騎士たちと戦ったならなおさら……――
「……ちくしょお」
アルタイルは焦った。
すぐに彼女に回復魔法をかけなければならなかった。だが、アルタイルも……無論、記憶の無い少女も回復魔法は使えなかった。
彼女自身……意識が無いし、回復魔法を使う体力があるならとっく使っていただろう。
「ちくしょお!」
ふと……アルタイルはレベッカを抱え、腕に穴の空いた少女を背中に担ぐ。
「あの! 一体何を!」
「少し黙ってろ!」
アルタイルは先ほどフレインタリアの王が開けた穴から飛び込む。
「ええ!?」
驚く少女にかまわず、アルタイルはアマノガワを発生させ、壁に突き刺す。
そして、一気に下まで落ちる。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」
地面までやってくると、彼は走り出した。
「……なんだ……これは」
そこには、帝国の騎士たちが囲んでいた。……なお塔の中にいた者たちと同様に彼らも洗脳されているようだった。
「あのフレインタリアの王の部下か……くそっ!」
アルタイルはその騎士たちをアマノガワを使って、なぎ倒していく。
その時だった。
パキュンっ!
「……あ?」
アルタイルの腹に銃弾が撃ち込まれたのは……。
「……なんだ……これは」
体がうまく動かなかった。おそらくそれらには……。
「麻酔薬……か。ちくしょお!」
どうも敵側はアルタイルの行動をうまく予測しているようだった。彼の肉体がアマノガワを出せること以外、ほぼ人間であることも……。
「うあああああああああああああああああああああ!!」
それでも、アルタイルはまだ走り続けた。
麻酔薬が完全に全身に回る前に、その騎士たちのいる場所を抜けようというのが彼の考えだった。
しかし……。
「がはっ!」
血の塊を口から吐き出す。……そう。
戦いで限界を迎えていたのはレベッカだけではなく、アルタイルもだったのだ。
「……くっ……そっ」
銃弾を撃ち込まれた腹……さっきの戦いで光線に貫かれた肩。
アルタイルの体はもうボロボロだった。
「……それでも」
アルタイルは脚に力を込める。二人の少女を抱え、なお歩き続ける。
「どんなに絶望的でも……戦わなくちゃいけない時があんだよ!」
――そうだろ……レベッカ――
アマノガワの振るい、近づいてくる騎士を遠くに吹き飛ばす。
だが……。
バギュンっ!
さらに麻酔銃がアルタイルの脚に撃たれる。
「あっ……があ……」
アルタイルはついにその場に倒れてしまう。
意識が遠くなっていった。だんだんと彼の瞳からは光が失われていく。
「……ごめん」
流れる血を見ながら、アルタイルは言う。
「ごめんよ。ベガ」
その時……。
「たくっ……。てめえら帝国はどこまで弱い者いじめが好きなんだ?」
アルタイルの目の前に、赤髪の男が現れたのは……。
「……が…………あ?」
「おい。お前、大丈夫か?」
赤髪の男はニヤリと笑みを浮かべ、周りの騎士たちに光線を撃ち込む。
その瞼の下には……少し涙の跡があるようにも見えた。
「今……助けてやっからな」
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「……あ?」
アルタイルが気がつくと、そこは知らない場所だった。
「……どこ……だ?」
ふとんから起き上がろうとする。しかし……。
「うっ……」
痛みが彼を襲う。よく見ると、体中包帯で巻かれている。
にじむ血がその痛々しさを鮮明に表していた。
そんなところに……。
「アルタイル!!」
「えっ……」
ふと……アルタイルにとって見覚えのあるピンク頭が突っ込んでくる。
「あいたたたたたたた!! いてえ! いてえっての! 離せ、ベガ!」
「……へ?」
痛みで再び意識を失う直前で、ベガは離れる。
「ごめん。アルタイルが来たと思って、様子を見に行ったら、すごく傷だらけだったから……つい……」
「んまあ……いいけどよ。それにしても、いてえ」
そんなアルタイルのところの部屋にもう一人少女がやってくる。
「あら……男が痛い痛いって情けないわね。あなた、大丈夫?」
「あ? ……レベッカ」
そこには、同じように包帯の巻かれた彼女の姿があった。
「まあ……あなたが守ってくれたから、私は軽症で済んだんだけど……」
彼女は部屋の外に顔を向け、それを言う。
「まあ……ありがと」
「…………」
レベッカはそれを言うために部屋にやってきた。ただ、素直にありがとうと言うのも嫌なので、嫌味もついでに言っていただけなのだ。
しかし、アルタイルはものすごく真っ直ぐにしか受け取れない人間だった。だから、お礼と同時にその嫌味も素直に受け取ってしまう。
「まあ、どういたしまして。なんなら、また抱き締めてやってもいいぞ」
「殺す」
そこには、近くの棚を持ち上げ、アルタイルに近づくレベッカの姿があった。
レベッカにとって、その抱き締められた出来事はいろんな意味で恥ずかしいことだったのである。
「レベッカちゃん。落ち着いて」
「でも、ベガ。一回、この男は頭をうって、矯正させた方がいいと思う」
「無理だよ、レベッカちゃん。アルタイルのこの鈍感さはどんなに頭をうっても治らないから」
アルタイルはなんとなくベガがフォローをしてくれているのか、馬鹿にしているのか疑問に思っていた。
しかし、それよりも不可解に思ったことがあった。
「お前ら、いつからそんなに仲良くなったんだ?」
「いつって……ここに来てから、わりと早く目が覚めて……ちょっとお喋りしたらすぐじゃない?」
「…………」
レベッカとアルタイルはお互いに首を傾げる。
なんとなく女子のコミュニケーション能力に感銘を受けるアルタイルであった。
そんなところにとある人物がやってくる。
「アルタイルさん! 大丈夫なのですか!?」
それは、あのカッパの亜人であるジローだった。
「……なんでお前がここに?」
「なんでって、ここが私の兄の経営している宿だからですよ」
「……ああ。だから、ベガがいるのか。いやでも、なんで俺が?」
すると、突然もう一人部屋に入ってくる。
それはジローとよく似た人物であった。
「それは拙者の友人であるカゲロウさんが助けてくれたのですよ」
「……お前は?」
「はじめまして、こちらのジローの弟。サブローでござる。いやあ、アルタイル殿のご活躍は兄上から聞いております」
「…………?」
なぜか、さっきまで怒っていたレベッカがおとなしくなっていた。不機嫌なのは変わらないようであるが。
「それで? そのカゲロウってやつが助けてくれたのか」
「ええ。今は隣の部屋にいるので、ご挨拶に行ってみてはどうですか?」
「……それもそうだな」
アルタイルはふとんから立ち上がり、部屋の外へ行こうとする。
すると……。
ガシっ。
ベガとレベッカが腕を掴む。
「……どうした? お前ら」
「「怪我人を一人で行かせる訳にはいかない」」
「いや、大丈夫だわ。もしもの時はアマノガワあるし」
そう言うも、彼女たちはアルタイルを離さない。それから十分ほど、やっと彼女らを引き剥がし部屋を出れたのであった。




