第41話 転移者
とある路地裏を、彼は歩いていた。
「あの小僧……」
彼……フレインタリアの王は目を大きく開き、壁を殴る。
「次会った時は確実に息の根を止めてやる」
「おやおや、次なんて無いかもしれないのに」
「……えっ」
背後から突然、その男は姿を現した。
黒い髪……そして、貼り付けたような爽やかな笑顔が特徴的な彼。
それは、フレインタリアの王がよく知る人物であった。
「騎士長……セカンド」
「あははっ。久しぶり、テトラルキア」
その直後。
「がはっ!」
フレインタリアの王は腹部に蹴りを入れられる。
「ぐ……なんで、お前がこんなところに……」
「なんでって、昨日からは非番だから遊びに来てるだけだよ。ここ、フレインタリアに……。そしたら、無能な部下が任務に失敗してるのを見てさ。僕も用心深くなってるってこと……おわかり?」
「だが……なんで俺様を……」
「だ、か、ら、」
瞬間、さらにセカンドは蹴りを入れる。
「うげっ」
「任務に失敗してるやつには罰を与えないといけないよね。君もあの子も同じなんだから、そうしないと不公平だよね」
セカンドは優しく、フレインタリアの王……テトラルキアの指に触れる。
そして……。
ばぎっ!
「うっ……」
その指を本来折れる向きとは逆方向に曲げる。
「うがあ!」
「あははっ。確か君、体が吸血鬼なんだよね。良かったー。すぐに治らなかったら、かわいそうだもん」
「頼む! もう許してくれ! 俺様だって、あんなやつがいるなんて知らなかったんだ!」
「……あんなやつ?」
その時……セカンドの顔から笑顔が消える。
「あんなやつって、誰?」
「……確か……アルタイルってやつだ。あいつは魔法を打ち消す能力を持ってやがる。それに、他にも複数の能力を持ってるようにも見えた」
「複数の能力を……ね」
ばぎっ!
セカンドはさらにフレインタリアの王の指を折る。
「うぎっ……」
「それは少し面白いね。君が負けるほどだもんね。そんなに強い子なら、もしかしたら異世界転移者かな」
再び、彼の表情には笑顔が戻る。そして、テトラルキアの手を離し、愉快にスキップをしながら、路地裏の外へ向かう。
「それじゃあ今回は見逃してあげる。でも、次失敗した時は……」
その時、彼は振り向き、爽やかなで無機質なその笑顔をフレインタリアの王に送る。
「……まあ……指2本で済むといいね」
「…………」
セカンドがその場から姿を消しても、テトラルキアの汗は止まらなかった。
その言葉には、次やったら命は無い……という意味が含まれていたからだ。
「……ちく……しょお」
彼は、アルタイルのことを呪った。
そして、自らの左手に噛みつく。
「もっと……もっと強くならないと……」
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アルタイルとレベッカは、あの腕に穴の空いた少女の前にいた。
そんな時、少女は話し出す。
「あの……助けていただきありがとうございます」
「あ? んなことはいい。それよりも、お前のその腕の方が気になる」
「……腕?」
彼女は自らの腕をアルタイルたちに見えるようにする。
「これ……わからないんです」
「…………」
「私が目を覚ました時から、この穴はあって……」
「目を覚ました時?」
アルタイルがそこに疑問を持つと、少女は頷きながら言う。
「私……とある街の近くのお墓の前で目を覚まして……その時から自分のことがよくわからなかったんです。なんていうか……そこで眠る前の記憶が無くて……。ただ、近くに……」
アルタイルは彼女の次に言う言葉を用心深く聞いていた。
「首無しの……鎧の人がいたんです」
「……首無しの……鎧」
それは今、フランチェスカという女性に最も近い人物だった。
「でも、すごくいい人なんですよ! 私、その人とフレインタリアまでやってきて、すごくよく面倒を見てくれて……。だけど」
彼女は顔をうつむかせながら言う。
「街に来た途端、彼女は姿を消しました。おまけに……私の能力が暴走しちゃって……どうすればいいか、わからなくて……」
「あー。その点については問題無いと思うわ」
レベッカはアルタイルは指さして、言う。
「こいつ、能力を打ち消すことができるし」
「そう……なんですか」
アルタイルは首を鳴らしながら、視線を反らす。
「正確には、対応するんだけどな。都合よく打ち消せるかどうかはできた能力による。まあ、ほとんどがそういうのだけどな」
そう言うと、背後に盾と剣の短冊を展開する。
「確か『反転させる能力』……だったよな」
「はい」
その『反転させる能力』が盾の短冊に書かれ、次に剣の短冊に同じ能力が書かれる。
「へえ。『反転させる能力』には『反転させる能力』をってか。まあ、必然的にそうなるな」
すると、アルタイルは短冊を出したまま、少女に近づく。
「ほれっ」
そして、少女の肩に触れると……。
ギュイイイインっ!
辺り一体に衝撃が響く。
少女はその光景に驚愕していた。
「これ……は……」
「おそらく能力が元に戻る時の影響だ。時空を歪めるほど能力が強かったってことだな。……安心しろ。建物が壊れることはねえから。ただ、能力のかかった奴らは少し意識が飛ぶ可能性はある」
「そう……ですか」
少女は安心したような表情を浮かべ、うつむいた。
「……あ?」
アルタイルには、その少女が涙を流しているのが見えた。
「こんな……私の能力のせいで、いろんな人に迷惑をかけて……私はこれから生きていいんでしょうか」
「……何言ってんだ?」
「あなたたちが来る前……あの男に言われたんです。……私は生きているだけで、迷惑をかける悪魔なんだって……。あの男はすごくひどい人間ですけど……それでも、言ってることは正しいと思うんです。私みたいなやつ……本当に生きていいんでしょうか」
「……あ?」
アルタイルは少女の肩に触れ、不器用な笑みを向ける。
「なあに……他人に迷惑かけるのなんて当たり前だろうが。そんなんいちいち気にしてんじゃねえよ」
「…………」
「……迷惑かけちまったら、その分そいつを助けてやればいい。そうすりゃおあいこだ。だろ?」
「……そう……でしょうか」
少女は顔を上げ、アルタイルとレベッカを交互に見る。
「そう……ですね。わかりました」
そして、覚悟を決め、彼らに言う。
「私……これからは誰かを助けられるように頑張ります。たぶん……それが私がここにいる理由だから」
「……おうよ」
アルタイルは少女を引き上げ、歩く。
「さて……んじゃ、そろそろ……」
その時だった。
バタっ!
「……えっ」
アルタイルは視線を横に向ける。
「……レベ……ッカ」
そこには、床に倒れるレベッカの姿があった。




