第37話 一人ぼっちのケルベロス
「…………」
ブラックは塔の壁を突き破り、地面に倒れていた。
「…………」
自らの頬に触れる。赤く腫れたそれを見て……。
「……くくっ」
彼は笑った。
「くははっ。はははははっ! 面白いな。お前は」
ブラックはすかさず立ち上がる。
「すぐさま敵の能力の弱点を暴き、相手に守る猶予を与えない。いいね。最高にいいよ。お前は!」
すると、ブラックは口角を吊り上げ言う。
「……だがね。一つ能力に対策できるようになったからって、調子に乗らない方がいい」
同時に、彼の頭部に狼のような耳が生え、手には同じような爪が発生した。
「隠し玉なら……いくらでもあるからな!」
そして、ブラックはアルタイルに向かって走る。
そんな彼にアルタイルは蹴りを入れる。しかし……。
「……っ!」
あり得ないほど速かった。
アルタイルの蹴りとは米一粒ほどの距離しか無かったにも関わらず、それを避けたのだ。
おそらく身体強化の魔法を何重にもかけている影響だった。
「ちっ!」
それからアルタイルは離れようとする。
だが……。
「うっ……」
腹に拳が叩き込まれる。同時に猛烈な痛みが、全身に電気が流れるが如くアルタイルを襲う。
「うがっ!」
アルタイルの体は空中に吹き飛ばされる。
抵抗のしようの無い彼をブラックは見上げる。
「……甘いな。お前は……」
ブラックは目を細め、その手を狼のそれのように変形させる。
「こんな小娘一人にかまわず、逃げていればよかったものを……。あのサクラザカなら……合理的に考えて、その場から逃げていただろうな」
彼は決して笑わなかった。そして、落ちてくるアルタイルに狙いを定める。
「……やはりお前はあの男に劣る。あの吸血鬼と戦っていたら、十中八九お前は負けているだろう」
アルタイルに向かって、腕を振るおうとする。
その時だった。
「……!」
ブラックの視界からアルタイルが消えたのは……。
「……なんだ……これは」
瞬間。ブラックの脳裏に知っている能力が浮かぶ。
「…………」
彼は視界の端にいるレベッカを確認する。
「……ちっ」
そこには、手を伸ばし能力を発動させている彼女がいた。
「レベッカ……私を裏切るのか」
「…………」
レベッカはじっと下を向き、遠くを見ているかのような表情で言う。
「……よく……わからないや……」
彼女はなぜか微笑んでいた。その微笑みにブラックは寒気を感じた。
「目も……あんまり見えないし……耳も……聞こえない」
ブラックは……レベッカが自分を見ていないことに気づいた。
今まで、何かあるごとに自分のもとにやってきた彼女が……。
「でも……その人が私を抱きしめてくれたのを覚えてる。暖かかったのを覚えている」
次第に、彼女の瞳から光が戻る。
その瞳はブラックを捉え、明らかな敵意を向けていた。
「ごめん。団長……。私はその人を助けたいんだ」
そして……。
バギギっ!
ブラックはすぐ近くの地面にひびが入ったことに気づく。
ひびの形状から……何が起きたのかを理解した。
「これは……あの黒い魔素の攻撃か……」
そして、ブラックは匂いを感じた。
「……っ!」
すぐ目の前にアルタイルの拳が向かっている匂いを。
「さっさとくたばれ! この糞やろおおおお!」
ブラックの頬にアルタイルの拳が叩き込まれる。
その時……ブラックにはアルタイルの姿が見えるようになった。
「……っ!」
それと同時に、アマノガワが向かってきている光景も。
「おらああああああああああああああああああああああ!!」
アマノガワと、アルタイルの拳が何度も何度もブラックを地面に叩き込む。
「サクラザカ、サクラザカ、うるせえんだよ! てめえの心配しやがれ糞カスがあああああああああああああああ!!」
「……っ!」
ブラックは自らとアルタイルの間にバネを発生させる。
ところが……。
「うっせえ!」
アルタイルの背後には『衝撃を透過する能力』と書かれた短冊があった。
「とっくに10秒経ってんだよ! おらあ!」
そのまま、バネを通さずブラックに衝撃が当たる。
「くそっ!」
ブラックは地面を蹴り、かろうじてその場から脱出する。
アルタイルの瞳はそんな彼をいまだに捉えていた。
「待ちやがれ! この……」
その時……。
「な……ん……」
アルタイルはその場に膝をつく。
「力が……入ら……」
「…………」
アルタイルはブラックによる攻撃により、体を大きく損傷していた。
その衝撃が今、ありったけの力をブラックへの攻撃に変えた途端やってきたのだ。
そんな姿を、血だらけになったブラックは眺めていた。
「……愚かだな。感情に身を任せた結果……危機的状況に陥るなんて……」
そして、自らの体も確認した後言う。
「とはいえ、今お前に近寄るのは危険だ。ここは……引くとしよう。私は合理的に物事が見れる人間だからな」
ブラックは、座っているレベッカを見て言う。
「レベッカ……」
「…………」
「残念だよ」
「…………」
そして、彼はゆっくりと塔の外へ歩いていく。
「……くくっ」
その時だった。
アルタイルが笑ったのは。
「笑える話……だなあ。……ブラックさんよお」
「…………」
「……いや……イマニュエルって言った方が……正しいか?」
ブラックはそんな彼を鋭い瞳でにらみつけた。
アルタイルはそんなこともお構い無しで話し続ける。
「アマノガワから……お前の記憶は感じ取れた。……ははっ。つまりはそういうことか……」
アルタイルはブラックに哀れみの視線を向ける。
「……まあ……頑張れよ。……番犬」
その言葉を無視して、ブラックは塔の外へ出ていく。
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アルタイルはアマノガワを地面に突き刺し、やっとの思いで立ち上がる。
そして、階段の方に向かっていく。
「……ねえ」
その背後にレベッカは声をかける。
「その傷でどこに行くの?」
「……てめえには関係ねえよ」
アマノガワで支えながら、階段を上っていく。
「まだ少し用事があるだけだ。本当はてめえらにかまっている時間なんて無かったんだよ。俺には……」
弱々しくも、階段を踏み上がるアルタイル。そんな彼のところにレベッカは走っていく。
「……なんだ?」
「…………」
彼女はアルタイルの隣に立ち、腕をつかみ体を支える。
「……しかたないから……手伝ってあげる」
「…………あ?」
「手伝ってあげるって言ってるの! ……いろいろ……助けてもらったお礼もあるし……」
そして、レベッカは顔を赤らめながら言う。
「ここで、お別れするのも……なんか嫌だし」
「……なんだって?」
「うるさい! いいから、私に手伝わせろ!」
「……はい?」
アルタイルは首を傾げる。
なぜ彼女が自分を助けるのか、アルタイルには理解できなかったが、それでも助けてくれるのは心強かった。
「まあ……ありがとな」
「えっ? なんて?」
アルタイルは首を傾げる彼女から視線を反らす。
その頬は妙に赤くなっていた。




