プロローグ 『私の太陽』
少女は目を覚ます。
普段通りの天井を眺め、その後ふとんに潜り込む。そこから出ることに苦戦し、約10分。ようやく体を起こすことに成功する。
カーテンの隙間からの日差しを睨んだ後、少女は今日やることを頭で整理する。大体まとまると、ベッドから脚を出して、室内履きを履き、部屋の扉へと向かう。
そこから廊下を歩き、洗面所に行き、鏡を目にする。
そこには見たくもないくらいひどい寝癖が映っていた。いや、実際に言うと、半分ぐらいは癖毛によるものなのだが、寝癖ということに少女はしておきたかった。
「…………」
顔を洗い、髪を整え、お気に入りの黒いドレスを着て、もう一度鏡の前に立つ。すると、赤い瞳がこちらを見ているのがわかった。
その自分の瞳を気にせず、気合いを入れる。
「よしっ」
もう一度、目覚ましの要領で、顔を叩く。そして、洗面所を後にする。
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エントランスの扉を開け、外に出ると、眩しい日差しが皮膚を照りつける。愛用の黒い傘をさし、太陽の下に出る。
門の前まではたくさんの花が植えられていた。その花たちは様々な色彩を見せながら、こちらを眺めていた。それらの前を通りすぎ門を出る。
外には誰が作ったのかわからない道があり、それを通って、住んでいる館の隣にある畑に入る。
畑にはジャガイモやニンジンのような様々な野菜が植えられていて、収穫の実りを見せていた。そこで十数年、作物を育ててきたからか、それはすぐに理解できた。
「明日には収穫した方が良さそうね。もうすぐ天気が悪くなる時期だし」
その時、畑の小屋のそばにある井戸とその横に置いてあるバケツを見て、あることを思い出す。
溜めていた水がそろそろ底をつくところだったのだ。
「……はあ」
近くの川までは少し距離があるので、少女は面倒に思う。しかし、水が無いと生活できないのは当然のことである。
仕方なく、そのバケツを持ち、畑を出て、道をまっすぐ進む。辺りを包む熱気が次第に汗をかかせた。
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館から道に沿って歩き、おおよそ20分程度で川にたどり着く。森で囲まれているこの川は水が澄んでいて、そのままでもおいしく味わうことができる。だが、念のため、浄化魔法をかけてから飲むようにしている。
少女は手を水の中に入れた。
「……冷たい」
地上が暑いからか、川の中は非常に冷たく感じた。川の魚たちも元気に泳いでいる。
「…………」
なぜだか少女は日の光を浴び活発に動く彼らが羨ましく思えてしまった。そんな自分が滑稽に思えてきたので、魚たちから目をそらす。
バケツに水を汲みながら、考える。
こんな生活はいつまで続くのだろうか。森の奥で一人で生活しているからか、ときどき少女は自分だけ別の世界に孤立しているような感覚に襲われる。
ただ、逆に誰かと一緒に暮らすことに憧れを感じるわけでもない。その経験がほとんど無いからか、あまり深く想像できないのである。
「はあ……」
溜め息をこぼし、少女は何も変わらない日々に意味を求める。
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先程よりも重くなったバケツを手に元いた館へ向かう。
その時だった。
「うう」
「……えっ」
近くからうめき声がした。
少女は慌ててバケツを地面に落としてしまった。なんせ、この近くで人が見つかったことなど一度も無いため、こんなことは予想もしていなかったのだ。
「うう」
その声はすぐ近くの茂みから聞こえてきた。バケツからこぼれた水が地面に流れている。
ゴクリッ
並々ならぬ恐怖が少女を襲ったが、覚悟を決めてその茂みを覗く。
「……えっ?」
そこには自分より少し背の高い少年が倒れていた。その少年は灰色の髪が特徴的で、よくわからない服を着ていた。
その少年の目もとには涙を流したような跡があった。