頃丸理と外輪山の住民
翌朝、ヤマメが枕元に浮いていた。
「なんなんだ…」
不機嫌さを表現するため眉の間に皺を作って、眼鏡を手探りで探す。ヤマメは頬杖をついてそれを見ている。
「やっぱり、目隠さないとダメ?」
「もう、曇りガラスごしじゃないと世界をみてられない。私には綺麗すぎる。」
「今度世界がプリズムカラ-に見える薬でも持ってこようか」
一歩間違えばガロウに焼き殺されていたかもしれない。と身支度を整えてから思った。
「今日はどうしたんですか」
ヤマメが待ってましたと言わんばかりに、空中で一回転してみせた。
「僕の自慢の弟子が帰ってきたんだ!」
ヤマメの弟子、弟子。たしか、弟のホウライの子のリウの子のマモリという人が弟子だったか。
「ああ、それはよかったですね。ぜひ会ってみたい。」
もう一眠りしてから、とは愛くるしい我らがヤマメの前では言えなかった。それこそ地獄の業火で焼かれることだろう。
ヤマメに素っ気ない返事をしているとドアの向こうに誰かいるのに気づいた。けれど向こうもこちらにヤマメがいることに気付いたらしく、開けるまではしなかった。
「もう、マモリのことだからここについてるよ」
プレゼントが待ちきれない子供のようにヤマメは、はしゃいでいた。信頼できる従者には外にいる王の気配すらわからないのだろうか。
戸を開けるのと同時に
「王、お久しぶりです。よい朝ですね」
「おはようコロ。やっぱりヤマメがいたか」
これ以上は早くに起きられないんだよな、フヨウに電気をつかった屋敷の管理を早く進めさせよう。と笑いながら王は言って見せた。ヤマメは、それこそ飛んで外に出ていった。
屋敷の前の、以前は船が置かれていたところに、ヤマメが会うのを待ち焦がれていたマモリが居た。
「長旅ご苦労さま。バイサーバは、どうだった?」
マモリは頭の高い位置左右に髪を結っていて、まるでそこが耳のように見えた。マモリは涼しげに王に答えた。
「今回の争いで、あちらも影響を受けています。まるで代理戦争。グリマラからはカリミラだけが残っています。どうも気に入った種族がいるようで。あの人は彼らを守るためならなんでもしますよ」
王はこれに対し、目を閉じて考えた。
「トキトさんは、そのまま図書館にいきました。セキウさんは少し遅くなることでしょう。クゥテンという人の船に乗っていましたから。」
「物好きだな、あの人も」
パッと目を見開き驚いてみせる。王の受け答えにマモリは小さな会釈をして王の後ろにいた私を見た。
「ご紹介をお願いしたいのですが」
大きなヤマメと同じ目で、曇りガラスの奥を見ようとしている。
「ああ、こちらコロ・マル-リ。異星人さ」
「ふむ、目が悪いわけではないと。体をディスハーモニウムが蝕んでいるようですね。今度体の中を整理しましょう。」
マモリは手を差し出す。なんだか、たった一瞬で精密検査でもされたみたいだ。ただレイリュウのような嫌な感じはしない。推測だが、マモリは異星人がヤマメに食べられていないのを不思議に思って、私の体を探ったのだろう。そして異常を見つけそれの対処を推薦した。
マモリの手に手を重ねる。ヤマメとは違いホウライの義手のようだった。よくみればマモリは手袋をしていて、その下に何か隠しているようだった。
「手袋ですか。祖父とも会ったんですってね。」
「義手ですか」
「はい。ただ、バイサーバには機械の役割をしている奴が既にいるので、イメージが被らないように、生き物の皮を模した手袋をしています。本物ではありませんよ」
マモリの話を聞くに、バイサーバはこことはまた違った場所のようだった。興味が沸いた。
「あなたは、バイサーバで何をしているんですか。」
「…宗教というのはご存じでしょうか。自分より下のものを信じ込ませて、貢ぎ物と心を代償に、救いと繁栄をもたらすものです。私はバイサーバで魔法を司っています。今私がいなくてもバイサーバにはもう百年もの魔力をつかえるようにおいてきています。私は貢ぎ物を代償に、力を信仰者に与えていました。時には願いの神から地上で願われたと聞かされ、バイサーバの民にこの姿を表したりします。今願われても、願いの神が願った人物にマンゴスチンを投げつけるだけでしょうね。まあ、ようするに神をしています。はい」
両手をこちらに向けて嘘は言っていないという身ぶりをマモリはしてみせた。
「もっとも、あなたみたいな姿の生き物は私は見たことがないので管轄外です。私ならそんな狂暴な姿には進化させませんよ」
マモリのその言葉に思わず吹き出した。マモリはそれを意外そうに見つめた。それから料理皿を両手に持ったヤマメがマモリの背後から顔を出した。
「ね?マモリって良い子でしょ」
確かに、ヤマメがマモリを戻ってきたことを大いに祝福する気持ちはわかった。だが、マモリは自分が言っていることを冗談だとは思っていないようだった。
一度、王から腕を引かれて、「マモリが帰ってきたことを祝うパーティー」から抜け出した。王はそのままアライザ図書館が見える枝まで私を連れていった。
「ヤマメ、マモリは特にあの連中が嫌いでね、だから遠くで会うことにした。もうそろそろ会議も終わるはず」
念のため持ち出してきていたランタンの光を浴びながら、王は枝に腰かけた。枝は太く丈夫で王の重さにもびくともしない。そうでなければここには住めないだろう。
「大丈夫落ちたとしてもまだ下に枝があるから。ランタンの明かりはそれ以上強くしないで、樹が燃えてしまう」
赤く焼ける空の下、王は静かに外輪山の外側にそびえる建物を見つめた。
それは水しぶきのような音を立てて現れた。
枝の先の先に一つ人影が現れた。なんとなくツキヨに似ていると思ったがツキヨではないことは分かっていた。ツキヨは大理石のような堅苦しさがあったが、その人影はそれこそ水だ。
人影は足を動かすこともなくこちらに向かってきた。ランタンの明かりで顔がわかるようになると、その人はランタンの明かりを忌々しく睨み付けた。
「フヨウのランタンですか。確かにそれがあれば夜でもギリギリ動けますね。よくそれをわたされたものですね」
ツキヨと同じ紫の色の髪は後ろに緩く束ねられ、教会に勤める神父のような格好をしている人物は、王に挨拶もせずに淡々と述べた。
「ツキヨからまず、結果をいう前にそこの方に自己紹介しろと言われている。スイセイ・アライザです。あの馬鹿デカイ建物の中に詰め込まれた書物の管理をしています」
低いがよくとおる声で言った後、私に向かってお辞儀をした。
「それでスイセイ、結果はどうなんだ」
虚ろな目で王が尋ねた。
「全員、英世の王を見放すということで一致しました。此方で保管するため近々呼び寄せることになりました」
それを聞いた王は眉間に指を置いて、上下に擦った。
「まあ、うん、ロイスは良い奴じゃなかったし、王にも向いてなかった。切れやすかったし、うん」
おそらく、ロイスはカルーナと同じように親戚にあたるのだろう。
「また海国のような国が増えることに対しては皆なんていってたんだ」
スイセイは一度首を横に振って、
「もうそれぞれに任せるということでした。現在外に出せる王族はいませんから。」
「それもそうだな」
王は深く考え込んでいるようだった。少し手持ち無沙汰になったスイセイに王は言った。
「もう聞いたかもしれないが、この人は君が待ち望んでいたタイプの人だ。私が考えをまとめる間話していてくれないか。」
スイセイはうなずいて、枝を回り込んで出来るだけ私の近くに来ようとした。
「なぜ、もっと近くにこないんですか」
スイセイはまたランタンを見て、
「ここに馴染んだ人にはわからないんだと思いますけど、それはとんでもない熱を発してるんです。私は体が水と氷で出来ているのでそれに近づいたら形が保てなくなるんですよ。」
スイセイは水性ではなくコメットの方の彗星なのか。
「王が言っていた事はどういうことですか」
「フヨウがあなたの船から持ってきたものの中にいくつかあなたの著書がありましたので、既に読みました。言ったでしょう書物の管理人だって」
恥ずかしそうに目を背けながら言った。
「ツキヨには言えませんがね、ずっとあなたのような変化をもたらせるような画期的な人材が空から降ってくるのを待ち望んでいました。ですので、私からこれをお渡しします。」
広い袖の中から、オーブとも、宝石とも言えない球体を取り出した。
「文字石というもので、二つ一組のものです。私は是非私の書物庫に来ていただきたいと思っていますので、その文字石に書き込むなり念じるなりして頂ければ私がお迎えに参ります。まあ、ツキヨがいないときに限るんですが」
少々冷たい印象だったスイセイが急に沸騰したかのように熱い人に見えた。実際文字石を渡そうとランタンに近づいたときは指が溶けはじめて手汗のように垂れていた。それに気づき文字石を渡したあと、前より遠くに逃げた。
「はあ、すいません、暑くなりすぎました。書物庫はすでにフヨウによって夜でも明るくなるようにされていますのでツキヨ以外は気にしなくていいですよ」
温度によって性格が変わるのだろうか、溶けることであそこまで朗らかになるということは、蒸発しはじめる時にはいったいどんな人物になっているのか。気になりはしたが遠くにいる書物の管理人スイセイが消えてしまうのは私には惜しいことなので、蒸発させるような真似はしないことを誓おう。
「よし、スイセイ。答えを言おう」
「あ、はい」
まだ冷えきっていないのか、舌足らずな声で返事をしてからまた近くに寄った。
「ドラコスネイの港で向かい撃つ。幸いマモリも帰ってきているからスムーズにオーブ化を行えることだろう」
「はぃ、わかりましたぁ」
左腕(文字石を差し出した方の腕)を抱えながら夜の闇に消えていった。
王が一つランタンの明かりを強くした。
「スイセイがツキヨのこと言っていただろ。」
「はい」
「その事は、ツキヨには言ってはダメだ。」