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頃丸理とフヨウ


 考えすぎたためかいつの間にか気を失っていた。だが、だれか私をベッドの上に移動させたようだった。枕元にある棚に紙切れがひとつ。

 紙切れには、メッセージが書かれていた。


『マルーリさん、明日は南の森の城へ向かいます。一泊する予定なので少々羽を伸ばせたらいいなと思います。』


 南の森、今いる山の麓に広がっている樹海のことだろうか。

 マルーリと呼ぶのは王ぐらいだ。名前はなくとも、これは王からなのだろう。

 ふと思う。

「南の森…そこにもカメラ飛ばしてなかったか。」



 今回の同行者は、フヨウのみ。今のところヤマメの従者らしい姿をみていない。

 身支度中、早めに終わった私とフヨウは王を廊下で待っている。

 1日ぶりの王は少しそわそわしているような素振りをしていて、落ち着かず、ボタンを留めようとする手がブレブレである。

「南の森の城ってなんです?」

フヨウに訪ねる

「ドゥブラ公爵の城。デモクラ・ココの実の兄さ。」

「へえ…って、年長序列じゃないのですね。」

「力が物言う世の中だから。この山の噴火を沈めたココが王さ、ちなみにこの山の主はヤマメの弟分に当たったり。」

 ここで出たかヤマメの弟。

「それで、何故ソワソワしてらっしゃるんですか、それに昨日は少しも姿を見せませんでしたよね。」

「結局コロに顔合わせしてなかったんだココ」

手を口に上げてフヨウがやらしく笑って見せる。

「いや、兄貴にどうせ番候補見せられるからそれで悩んでて」

「つがい…」

 儀式の相手のことか。

「今悩んでるとこじゃないでしょ。ドレスコード完璧なんだから、ついてから考えよう。」

「嫌なら断ればいいですよ」

「そうだな。いつもそうしていたし」

フヨウが肘を当てて耳打ちする

「それで50年子なしさ」


 ドンッ


 王が勢いよく足踏みして

「40と6年だよ」


 ぶすくれた表情をさせたままフヨウが変身した4輪駆動の乗り物で山を降りる。


 サニーフレアとは逆の方向で南の景色は知らなかったが距離的に山の斜面に高層ビルに似た建物が建っている。城上町と並ぶほどの高さだ。

「あれツキヨの家。あいつの家のなかは不思議まみれだから退屈しないよ」

 それなら、今度邪魔になってみるか。

 サニーフレアへ行くときは段々と暖かくなったが、南へはだんだんと寒くなっていく。しかし、肌に突き刺さるような感覚はしない。

「ドゥブラ公爵の城はホテルミラーって呼ばれてて、この国じゃ唯一異形タイプが本当の姿になれる場所なんだ。今日はなんでお呼ばれしたの?」

「兄貴の子供の誕生日さ。十歳になった記念にパーティーを開くって前から一人でウキウキしていたからね」

 弟の王のことを気にしていたり、自分の子供の祝い事に力を注いでいるところからドゥブラ公爵は普通にいい人なのだろうなー。王とは逆に安堵していた。



 木々がうっそうと繁る森のなか少しずつだが視界が開けていく。

「俺は入れないから途中からは歩きでいってね」

 城の掘りが見えだしてからフヨウの移動が止まった。私たちが降りてからもとの姿に戻ったフヨウは次にこう続けた。

「明日は此処で待ってるから。いってらっしゃーい」

 ブンブンと肩から腕を横に振り舞わす。


 王にエスコートしてもらうような形で手を引かれ、開かれた城門に入る。

 体が門を横切った瞬間握られている王の手が鱗に覆われ、巨大になった。

 哺乳類的な骨格は維持したまま外見の特徴がガラリと変化し爬虫類のものになっている。


 トータリアンも爬虫類なのだが、それとは別。巨大でありながらスマートな印象がある。

「びっくりさせたね。兄貴は普通だから。あの人に会う前に早いとこ兄貴の近くにいかないと。乗って」

 城内に入る前に王の首と肩の境に乗った。

 大樹の城のように城門は大きかった。


「やあ、ココよくきたね。また大きくなったかい?」

「そんなことはないと思う。久しぶりに見たからでしょう。」

 公爵は、片手にワインを持ち、スーツにマント姿の「不気味な城の持ち主です。」と言わんばかりの格好で、エントランスに立っていた。

 王が丸顔だというなら、公爵は縦長い顔だ。肌は血の気が引いたような色をしている。身長はだいたい2メートルはあるんだろうが、枯れた木のように細い。

「お前の連れを紹介して欲しいんだが。」

 姿の見えないはずの私の話を催促した。

「ああ」

 頭を下げて私が公爵に見えるようにする。

「頃丸里です」

「わたくしはドゥブラ·シャーン。弟に対して公爵と呼ばれています。どうぞお降りになってください。」


 骨が浮き出た手を差し出される。肉ではなく植物繊維で出来たような、キシキシとした手に支えられ、硬い鱗を蹴って降りる。

「ココ、お客様を連れてきたってことはそういうことでいいんだね。」

 細くした目を引き延ばすような表情で王を見透かそうとした。

「そう思うかい」

「思う思う。どちらも口を丸く開けた音じゃないか。それにこの国に大きな利益をもたらす方だろう。わたしの娘にも利益がありそうだ」

 娘という単語に、王が首を持ち上げてひねる。

「いつ娘が出来たんだ」

「息子が娘と息子に別れたのだ。どうもキャパオーバーだったらしくてな」

 息子が娘と息子に別れる?

「なるほどな」


 納得するということは、異星人は置いてけぼりか。真一文字にひきつった私に目をやった公爵が王を見上げて

「そちらに教えてあげたらどうだ。」

「そうでした、まだでしたね。シンクロは。ガロウとヤマメがどこかでやってくれると思っていたが、一向にやらなかったので説明が遅れました。」

 胸に手をつきお詫びの姿勢をとられる。

「シンクロしますと、からだと心が一体化して全く別の人が出来上がります。互いの心が一致しなくなればそのシンクロは解けて、もとの複数にもどります。これはもともと一人だった場合にもありえて、我々エバーワールダーが増えるための手段のひとつでもあります」

「実戦的なシンクロになると、踊ったり歌ったりすることが一般的だ」

「お二人はできるんですか」

 公爵が首を振って

「わたしにはもうコイツが理解できないからね。無理だ」

「同じく」

子の心親知らずならぬ、兄の心弟知らずか。


 エントランスから場所を移し、大広間に入る。エントランスが閑散としていたかわりに、大広間は大小様々な異形に溢れている。

「あ、普通にじろじろ見てても大丈夫ですよ。彼ら見られるの好きなので」

「透明人間は特にな。ココ、今日は娘の為に海の方々も呼んでいるんだ」

 鼻にシワを寄せ

「臭い連中が好きなのか?」

「結婚するなら触手のある人とだけと言って聞かんのだ」

「淡水も大丈夫な奴でないと困るな」

「ああ、塩素殺菌可能な奴でなければ」


 再び私は王の背に乗っている。一つ探しているものがあった。私達の船を届けた不気味な黒い翼の持ち主だ。異形といったら知っているのは彼だけだ。

 王の足が止まり、また喉が動き出す。

「お久しぶりでございます、海の方々。この陸の奥地までこられて恐縮です」

「いえいえ、川の流れが変わっておりましたので、簡単にこれましたよ。」

「公爵、そんな工事を行っていたのか?」

「いやいや、していない。手配する気力もないぞ、招待状で手一杯だ」

「おや、不思議でございますね。昔は川から城までで使いが10人減っていたのに2人に減りましたから」


 森の地形変動について三人が話しこみ出したとき、王の背に私以外の者が乗っているのに気づいた。片手にストローが刺さった溢れないようキャップがつけられた紙コップを持っている、銀髪の少女。この感じは、公爵が片手にグラスを持っているのと同じだ。

「君は、公爵の娘さん?」

 恐る恐る尋ねてみる。


「そうだよ。シルヴィア·ドラコニズル·シャーン」

「10歳のお誕生日おめでとう」

「ありがとう。パパ、叔父さんとなに話しているの」

 唇の奥に小さな犬歯が見えかくれしている。

 公爵と同じように植物繊維的な強靭さが感じられるので、あのカップのなかは血液ではない。

「最近、川の流れが変わったとか、変わってないとか」


「変えちゃダメだったの」

「そんなことはないよ。むしろあそこの人たちは変わったことで感謝しているようだし」

 ふーんと返事をしてからストローを咥える。


「今度来たときは、あなたの顔に着けているものが欲しいわ」

「こんなものが?」

「着けるだけで雰囲気が変わる代物ですもの。欲しいわ」

「分かりました、約束しますよ」

 子どもらしい笑顔をみせて、王の背から降りる。蹴られたのに気づいた王がシルヴィアに振り向く。公爵が

「そんなところにいたのか」

と、ひょうきんな声をだす。

「パパ、川の話終わったの」

「終わったが、聞いていたのかい」

「難しい話はわからないわ」

 シルヴィアは公爵の足元にいくと、腕を登っり、公爵に抱えられた。スケール感の違いが腹話術人形と腹話術師のそれ。


「カルーナももうすぐ来るよ。」

「そうこうしていれば日もくれるな。ココはもう寝なさい」

「いわれずとも。部屋は?」

「今日はスイートルームでいいぞ」

子どもにプレゼントをあげる親の顔をして、さっさとエントランスに行けと、てをふった。

 私はそのまま王の背に揺られ一緒にエントランスに向かった。


「一人会わせたくないのがいてね、従兄弟みたいな感じなんだけど、カルーナというのがいるんだ」

 大きい体にしては小さな囁き声だ

「カルーナは、その、形容し難くこの世でもっとも不気味な存在だ。他の夜に吼える獣の方が可愛らしいとも言える」

 エントランスホールに戻ると城門が開くのが見えた。開けたのは、今の王よりも大きく、公爵よりも細い四つ目の口のない怪人だ。腕の関節は4つづつ両方に作られ、奇妙な動きをする。


「これからの時間は部屋中に蝋燭が灯されて、明るさが保たれる。だけど私はアイツがいるからいかない。いるとも知られたくない」

エントランスを静かに過ぎていった。



 公爵に与えられたスイートルームは王がゆっくり入る大きさで作られている。話によるとスイートでない部屋は、普通の人サイズ。公爵基準の大きさだ。

 王には本当に特別な時にしかスイートルームを使わせないらしい。

「よいしょ、こんなにのびのび出きるのはいつぶりかなー」

 私は王から降りて普通サイズのソファーに座っている。スイートルームは上と下の階があり、階段が二つつけられている。王は階段をどちらもふさいで上の階に寝そべっている。

 備え付けのミニストーブにマッチで火をつけて灯りにし、私はこれを書き始めた。



 火の光と、熱で常に充電され続けていた私はその日は寝ることなく過ごせた。

「私の部屋にもこれが欲しいですね。」

「フヨウにつくってもらえばいいよ」

眠そうな声で答える。

「それは、星に戻ったときの為?」

「どうでしょうかね、自分の為ですかね」

「文章ならツキヨの同居者が集めてるね。船からでたやつも今日フヨウが持っていっていたはずさ」

「やはり一度いってみたいですね」

夜がふけだしたころ、ヤマメにギフトのことを教えられたことを思い出した。


「王のギフトってどんな感じなんですか」

「会話相手を丸め込むギフト。私はテンションによってそれが使えたり使えなかったりで、それに出来てるのか私にはわからないからね。」

「あの山の主を沈めたとか」

「話のわかる相手だったからね、怒りを沈めて頂いて、ことの成り行きを聞いて。ひとつづつ終わらせていった。もしかしたらそこに至るまでに兄貴やツキヨと揉めて、丸め込んだのかもしれないけどね」

 姿は変わっているが仕草はそのまま。


 じっと王の目元を見ると顔の部分は羽毛で覆われている。胴体は鱗で硬い印象を受けるが、顔に上がっていくにつれて羽毛の柔らかい印象に変わっていっている。

「ちょっと失礼していいですか」

顔を向けている左側の階段に登る。

「いいよ」

力の抜けた返事の後王は目を閉じて、私の手が降りてくるのを待っている。

 鼻の上に手を下ろす。

「ふわふわだ…」


 存分に撫でまわしたころ、日が上がり始めていることに気づく。


「ふにゅー」

 王はすっかり伸びている。 毛皮の下は柔らかいので頬をあげてみる。

 フフ、間抜けなかおだ。

「失礼なこと思ったね」

「あ、すいませんつい」

「フヨウそろそろ来たかな。兄貴たちが起きる前に出よう」

「いいんですか」


「やることはやったからね。いや、やれてないんだけんども…。撫でられる前に策を…。まあいいや」

 鼻を下にして、私を空中に飛ばす。首元に着地させると、前足と後ろ足をバタつかせて階段を降りる。

 降りると二足歩行の姿勢になって扉を開く。

「外には誰もいないか。」


 何事もなくホテルの門を出ると王はもとの姿に戻り、私はおぶられていた。しかもかなり軽々と。身長が足りない気もするが。

「ココ~こっちだよ~」

 林の奥でフヨウが手を振るのが見えて、王は私をおぶったままフヨウの方へむかう。

「いや、自分で歩きますけど」

「あ、ごめん、昨日の感じでおぶってた」

 渋い顔をしたフヨウは吐くような動作をした。


「俺のなかでそういうことするなよ!」

「ライの連中は、本当嫌いだよな。シンクロとか」

「うえーっ、あんなのセンチメンタルになっちゃうだけだよ。今の自分が俺は好きだ」

「ハハハハハ」

王は口に手を当てて笑う。


「それで、フヨウはどうだった?」

「第一アースにいった連中は戻ってこれそうだが、その後戦況が恐らくきつくなる。それでどちらを捨てるか、ココに決めさせるってことだった。」

 王は真面目な顔をして聞き入る。

「私だけでは決められないだろう。カルーナや、ヤージョ、港の方にも確認をとらなければ」

「そういうだろうと思ってね、向こうにいってるセキウも今度呼び出すって」

「第一アースにいっている二人が戻ってきたら行動をとるか」

「それでなんだけどね」


 話の変わり目に王が目を大きくする。

「スターラインの急流に水車と、山の中腹に地熱発電、ホワイトウィンに風力発電を完備させたい」

「すいしゃ?ちねつはつでん?」

 腕を組んでとぼけた声を出される。

「電気を作る施設ですよ」

 こちらにも眉を歪めた顔を向ける。

「なんとなく何がしたいか、わかってはいる。どうせ、あちこちに電気の供給所をつくるってだろ。別にいいんだけどね。それって、一つの場所が壊され、それがもし夜だったらみーんな朝までそこら辺で倒れてるってことがあるかもしれないんだよね」


 4輪の回転が速くなって掛かるプレッシャーが大きくなる。

「それを考慮して俺が作るっていってんだよ!」

 ひっくり返るんじゃないかってぐらいに後輪が振り回される。一体どこでそんな運転覚えたんだ。王に片腕でで捕まえられていなかったら危なかった。船のときと同じような惨状になってしまう。


「わかったから、もう少し落ち着いて移動してくれ。危なっかしいんだよ。また、クリーニングしてきたな」

 前に聞いた物覚えが良くない複雑怪奇と関連していることだろうか。

「王、体重いくらですか。」

「え?10トンくらい?」

「おっも」

 それを担ぎ上げていた私は既にトータリアンではないようだ。


 昨日のうちに十分に充電していたお陰で王を無事寝室に運び込めた私は、自分の部屋で頭を休めることにした。



「ライトビ里に行くよ。」

 フヨウからもらったのか手持ちの電球を顔に向けられている。目をすぼませて王の腕をどける。

「ひどいモーニングコールだ…なんだって二日連続で外にでなければならないんですか。」

 ライトビ里は、山の麓北東に位置する丘だ。やたらと霧が立ち込めている場所だと私は覚えている。


「一昨日、シルヴィアに会っただろ。ドラコニズルが来たんだ」

「なにいってんですか。彼女はシルヴィア·ドラコニズルですよ」

「まあ、見た方が早いか。ドラコ入りなさい」

 人がベットでまだ足を伸ばしてるというのに見知らぬ人を部屋にいれるやつがあるか。ドアが開くときに眼鏡に手を伸ばす。視界が曇る頃にはドアの前に、金髪の大きすぎるセーター姿の少年が立っていた。なるほど目元がシルヴィアと同じだ。だが、身長は低いようだ。


「お初に御目にかかります、シルヴィア·ドラコニズル·シャーンです。」

「何故同姓同名なの?」

「二人分の名前つけるのが面倒だったらしい。弟に見えるからミドルネームをとってドラコって呼ばれてる。」

 真ん中にまとめた前髪がピョコピョコ動く。ヤマメくらい小さければ可愛いものだが、生意気な年頃に見える。

 一息入れて、ベッドから降りる。

「人の部屋に長いこといるものじゃないですよ。用があるんなら早いところライトビ里にいきましょう」




 今回向かうのはフヨウ無しでヤマメが連れていってくれるようだ。マットを敷いた上に三人が座ってヤマメがそれを操縦というかんじ。ヤマメは相変わらず宙を浮いている。目的地のライトビ里は、天気工場らしい。天気なんてものは自然が作るものだと思っていたがどうも違うらしい。

 ライトビ里のある丘には工場という堅苦しいものではなく、民家にあたるものが建っている。


 民家の近くに降り立つと、玄関から人が出てくる。白い髪を後ろに束ねた古風な人だ。

「なんでごぜーましょうか殿」

「今日の注文はドラコからなんだ。聞いてやってくれ」

「はい。皇子さまでごぜーますね。」

 ドラコが前に出て話し出す。二人の会話を聞こえないように王が話しかける。


「天気の作り方は、私たちの住んでいるあの木が鍵になってるんだ。なんでもあれで気圧とかを調整するらしい。つまりまだ発見されてない島や大陸をあいつら知ってるみたいなんだ。どこにあるか絶対に教えてはくれないけどね」

「秘密主義なんですね」 

 肩をすくめる仕草を見せる。ドラコはどういう事情で天気を変えたいか説明しているようだ。ところで、なぜその父親のドゥブラが来ず、代わりに小さな(ヤマメより大きい)ドラコが来るのか。不思議に思っているのは私だけのようで、この場にドラコがいるのを当然だと思っているようだ。後ろに待機しているヤマメも。


 隣を陣取った王に肘を当てる。

「あー、そうだね、兄貴はめんどく下がりで自分が好きなことしかしないんだ。掃除、子守り、食事、散歩ぐらいしか自分で進んでやらないよ。多分、ドラコは好きなお菓子でも上げるとか言われたんじゃないかな。彼、甘いのが大好きだからね。」

「私は愛だけど」と付け加えられ、ニコリと白い歯を見せられた。


 ドラコは丘で別れた。森にさえ入れれば城に帰れるからだそうだ。帰りは同じようにヤマメの操るマットで帰った。ヤマメになぜ少し距離をおいていたのかと聞くと、「ライトビの連中の堅苦しさが嫌いだから」眼鏡つきの私と変わらないだろう。



数日休みを置いて、フヨウと発電所作りに向かう日が来た。フヨウは設計図の書かれた紙ぐらいしか持っていない。


「まずは山中腹!!」


 外輪山に移るのは、上に回転する板がついた乗り物にフヨウが変身し、移動した。四輪駆動に変身された時も驚いたが、あの船の船員たちはやたらと、母星の情報を持ってきていたようだ。山中腹にはまた四輪駆動になってもらって移動をする。


「失礼だがフヨウ。この乗り物は君なんだろ。ならもう少し揺れないようにしてくれよ」


「面白さがわからないやつだな王は。重力に持ってかれる感じがいいんだろ。」


見た資料はレースなんだろうか、それもろくに舗装されていないような道のレースだったのかもしれない。


「ヤマメの重力練習にでもつかってもらえよ…」


山肌は定期的にガロウとモモワがしている野焼きによって草原になっているが、所々に山がかつて活火山だったということをものがたる大きな岩が見える。


「ホウライのいる洞窟からたまに火の粉がでてくるらしいからな。大火事になって森まで降りないようにしているんだよ」


「なんでまた、洞窟のなかにいるんですか」


「そこが山の真ん中だからかな。昔起こっていたときもそこにいたし。そこが一番落ち着くんだとおもうよ」


そういえば、ヤマメは元素魔法が使えるとかいっていた。ホウライも使えるのだろうか。


山中腹の洞窟はここですよ、と言わんばかりに回りに手が加えられている。小石で花壇を作っていたり、石を掘って像を作ったりしている。


「結構豆な人、だよ」


目で空を仰ぎながら王は言った。


フヨウが先頭に立ち光源となって洞窟に入る。剥げている人の頭を眩しいと言うがフヨウは剥げていなくても眩しい。頭部ではなく他の部分を光源にしてくれればよかったのだが。彼の機嫌が悪くなると面倒なのでいいやしないが。


「ホウラーイ、いるかー」


暗い道の脇には木箱がいくつも並んでいる。それだけは几帳面に積まれている。ここに置かれているからには、奥はすごく暑いのだろう。私は汗をかかなくなっているから問題はないのだが。


王の呼び掛けに答えるように奥の方から金属が叩かれる音が響く。


「コロ、壁からはなれて。」


道の真ん中にいくと、壁から手が生えてきた。次は顔。ヤマメの弟だと聞いていたから同じくらい身長が低いものだとばかり予想していたが、その予想に反してフヨウより高い。


「フヨウさん、なんですかそれ、すごく間抜けですよ」


細い目が常に微笑みかけているようなホウライはヤマメと同じ茶髪だ。まつげの感じと髪質がそっくりで、フヨウを馬鹿にする態度もそのままだ。


「王も連れてきているからしかたないだろ」


光っているから表情はよく見えないがふんぞり返って腕を組んでいるところから察すると少しイライラしているようだ。


「他のとこでもいいじゃないですか、まぶしいですよ。ヤマメぐらい低くないと」


頑固になっているフヨウは全く光らせている場所を変えようとせずに本題に入った。


要約すると、火山の熱を利用した蒸気によるタービンを作らせてほしいということだ。


「いいですけどね、火口から離れたとこにつくってくださいね。火口にはたまに泳ぎに来る人がいるんで。」


フヨウの態度を一切気にすることなく自分の意見をホウライは伝えた。


「王は、フヨウさんに着いてないと、倒れるでしょ。そちらの知らない方、あたしについてきてくださいな。案内します。」


王はすこし顔を曇らせてから、私の背を押した。「いってらっしゃい」というところだろうか。




王とフヨウとは違うペースで奥に進んでいく。暗いのに体がすこしもダルくならない所を考えると、既にこの洞窟のなかはとんでもなく暑いことだろう。


「ところで、お名前は?」


「頃丸里といいます。」


「ああ、ヤマメに仲間を食べられた方。本人も謝ったとは、聞いてますけど。あたしからも何かしら償いをさせていただきたいです」


「いえ、別にそんなこと結構ですよ。」


「ふむ、やっと厄介払いできると思ったんですけどね。あたしには必要のないものなんですよ。出口に置いてある木箱。あれはあたしのお客への商品で、この間その顧客から贈り物が来ましてね、あんないいもの、あたしはいらないので。慣れない星での生活は何かと不便でしょう。それは役に立ちますよ。」


一息、話した後洞窟の壁にホウライが手を触れる。そこからマグマが少しずつ溢れて暗闇を照らし出した。暗闇になれた目には、開けた場所が見え、生活感のあるスペースが距離感なくあらわれる。


「ホウライさんって、外に出ることはあるんですか」


「ないですね。上のお祭りにもでません。そもそも此処があたし自身ですので、山からは出られません。」


「他に来る人とかは?」


「ヤマメがガロウを連れてきますし、運び屋の黒い鳥が最近は来ますし、観光客もきます。寂しいことはないですよ。」


武骨な家具の引き出しから、精巧に装飾された小さな箱をホウライが取り出した。


「はい、こちらがそのあたしには勿体ないものです。貴方なら使いこなせるでしょうが、困ったときに使ってください。」


私の手元にくるとそれに書かれている文字が自然と頭に音となって響いた。


「ミセスジュエリーボックス?」


「それが、あたしのお客の名前。英世の方です。」




 ホウライはさらに奥に移動した。ほんのりと明るい道を真っ赤に煮えたぎる火口が塞いでいて、脇には石造りの箱にまた黒いなにがなんだかわからないものが分けて入れられている。


「それが、商品の原型。それを他のと合わせて並べていくと綺麗な色の石になるんだ。」


人工的に宝石を作り出すということでいいのだろうか。


「元素魔法というものでしょうか」


「うん。そうだね。知っていたんですね。」


「どういうことを指すんですか」


「ものの、構成を変化させたりとか、構成の手助けをする、電気をつかったりとか。」


 ホウライが腕を撒くって見せる。


「だから、より効率を追求して、自分の体を犠牲にしてる。」


肘の方に、やけに光を反射して輝く宝石がついている。ホウライの腕は義手のようだ。


「ヤマメもそうだし、あたしの子分のリウや、マモリもそう。マモリにいたっては全身このオーブにしてしまっています。」


 絶対に貴方はしてはいけませんよ、そういうことを言われた。




「ホウライから何か貰ったんですか」


隣に座った王が少し食い気味に聞いてくる。


「はい、」


はっきりとした光のなかで、金文字のミセスジュエリーボックスの文字を見せる。


「ああ、ジュビリーの宝石か。いいものには間違いない」


「中は開けてみたのか?普通の一粒入りより大きい箱みたいだが」


エンジンをふかす音と一緒にフヨウも話に入る。


「まだですけど、ここで開けてもいいものなんですか?」


「活性化させなければ大丈夫。花の香りとか、月の光にあてなければなにも起こらないよ」


上の蓋を優しくつまみ、除き混むようにゆっくりと開く。中には敷かれたクッションに光を集めている透明にすら見える透き通った宝石と、赤黒い自身の中に光を納めた宝石があった。金剛石と黒尖晶石だ。どちらも人指し指と親指いっぱいにつかまなければいけないほど大きい代物だ。とてもじゃないが指輪とか、首飾りには向かない大きさだ。


「それを本当にホウライが貰い受けたっていうのか?悪い冗談だろ。もしほんとにそうだっていうんなら、そのブラックスピネリはオブシディアンと間違えてジュビリーが入れたに違いない。」


浅い川が広がる平地を進みながら渡された宝石箱への疑問を言い合っているとフヨウの速度が少しずつ落とされていった。


窓から外をよくみると、浅い川が鏡のように空を反射していて水平線がわからない。だが、視界の隅に集中すると民家が見えていた。


「コモエの森の近くで下ろすから、俺が戻ってくるまで二人は散歩でもするといいよ。」


鏡の湖にはふさわしくない、異形の森の一部をそのまま持ってきたような場所にフヨウは私たちを下ろした。そこらじゅうぬかるみだらけで水草が生い茂った山の湿原より歩きにくい。それに反してフヨウの四輪駆動は足をとられることなくまた、山の方へ進んでいる。


「ここがスターライン。綺麗なとこなんだけど飛べるやつじゃないと移動が不便。だから川のところにすんでる連中は鳥系の異形タイプばかりさ。それ以外は此処みたいに森の庭を作ってる。この森も川に負けずにいいところだから。さ、手をとって。」


一足速く森に入っていた王は高い位置にたち私に向かって手を伸ばしている。宝石箱を腰につけた陶器の壺にいれて、王を手をとる。足元の岩にむした苔が嫌な音をたてて水分を吐き出した。


川が流れる音に対し静寂を保つ不自然に青い森は、空間に入るだけで吸い込まれそうな安心感があった。フヨウが言ったとおりに森の中には民家がひとつあり、既にこちらをうかがっているようだった。


「コモエ、大丈夫ですよ。」


 王の言葉が森に届くと、民家の戸が開いて白に赤を数滴垂らしたような淡い色の髪が跳ね散らした髪を持った人が出てきた。


「デモクラって、変わった人を好きになるのね」


「そういうことを言わないでもらえるかな」


「あなたって人の意見を優先させるけど、結局はすべてまとめ上げるじゃない。取捨選択がとってもお上手なのね。それが従者であるヤマメではなく無力な彼を選んだってどういうことかしら。」


 王は青筋をたてるような顔をして、コモエを黙らせようとした。


「話題を変えろってね、はいはい。なんでここに来たの?郵便に不都合でも?最近研修でウル地方の子に運ばせてるけど特に不都合はないはずよ。その子優秀だもの」


 黒い翼の不気味な人を思い出した。彼はここにはいない。


「フヨウが水車を作るからここに来たんだ。それを待っている間、地域の長である貴方に話しに来た。フヨウの方がやればいいんだが、貴方も知っているでしょう。フヨウが話を覚えておけないってことは。自分がやらないといけないことしか覚えていないんですから。」





王とコモエの皮肉合戦の後、西海岸沿いの白い村ホワイトウィンに向かった。王がコモエも同じようにしゃべっている間に発動する能力であることを説明していた。なんでも洗いざらい吐かされてしまうらしい。 


ホワイトウィンは、まるで世界が死んだような村だった。町並みはすべて一定で建物の色は白で統一。ところ狭しと詰められたタイルですら大きさや、凹凸の位置がすべて同じに見えた。


こんな奇妙で下品なところにすんでいるのはどんなやつなんだ、と軽蔑の視線をあちこちに振り撒いていたらコモエの髪に空の色を加えたような色の髪を整えた人が出てきた。


レイリュウ、その人は人の考えを読むので王もフヨウも全くしゃべらないうちにフヨウの作業が終わってしまった。レイリュウは全員分の会話をしていた。私は思った。


こんな村二度と来るか。




ホワイトウィンは空まで明るいままの村だったので、村の外の時間がわからなかった。村を出て暗い場所に出るとすぐに王が膝から崩れ落ちた。フヨウが「村のなかで変身して置いた方がよかったね」と頭を掻きながら言った。


「まったくですね」王を抱えながら返事をした。



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