あひるの缶
今日は付き合い始めて3年目の彼女の25回目の誕生日。
そんな日に、俺は彼女を連れてちょっとオシャレなレストランに来ていた。
食事も終わりに差し掛かり、満足そうにナプキンで口を拭いた彼女を見て、俺は笑顔で言った。
「今日は君にプレゼントがあるんだ」
「えっ?」
「すみませーん。おねがいします」
俺がそう言うと、店内の電気が暗くなり、『ハッピバースデートゥーユー』と曲と歌が店内に流れた。
そして厨房から出てきた店員さんが、ケーキを持ってゆっくりと歩いてきた。
それに伴って周りのお客さん達が歌い始める。
そう。俺は彼女にサプライズプレゼントを用意していたのだ。
しかし、これが今日の悲劇の始まりだったのだ。
店員さんがゆっくりと近づいてくると、その距離に比例するかのように、俺のドキドキも高まっていった。
そして店員さんが俺たちの座るテーブルに近づいた時には、もう心臓が壊れてしまうのではないかというぐらいドキドキしていた。
店員さんがケーキを彼女の前に置くと、興奮は最高潮まで達して、彼女が喜んでいる顔を見てニヤニヤが止まらなくなっていた。
「わぁ・・・素敵・・・」
感嘆の声とともに、彼女が自分の前に置かれたケーキをうっとりと見ている。
大成功だ!!
心の中でガッツポーズをした。
しかしその時だった。
「ん? 百合子・・・誰よ、この名前」
「え?」
彼女が何かに気づいたようで、喜んでいた顔に一つの影が見えた。
なんのことかと思って、彼女の前に差し出されたケーキを見た。
そして彼女がケーキをクルリと半回転させて、チョコのネームプレートの文字が俺に見えるようにしてくれた。
そこに書かれている文字は知っている。
『HappyBarthDay To Mako』だ。もちろん『Mako』は彼女の名前だ。
しかし今俺の目の前にあるチョコのネームプレートには『おたんじょうびおめでとう 百合子』と書かれていた。
「えぇぇええええっ!?」
「ちょっとこれ何? 間違えたの?」
「いや、俺がお願いしたのはこれじゃなくて・・・」
そう言って店員さんを見ると、とても困った顔をして厨房を見ていた。
厨房じゃなくて俺を見てくれよぉ!
「はぁ。なんなの? 意味わかんない。どうせ昨日の女にでも渡すつもりだったんでしょ? もういい。帰るわ」
そして彼女が席を立って出口へと歩いていった。
慌てて立ち上がろうとしたものの、さっきカバンから出しておいたプレゼントを膝の上に置いていたせいで立ち上がるのが遅れてしまった。
ほとんど駆け足のようなスピードで出口へと向かった彼女は、俺が立ち上がったときには、すでに店の外へと出てしまっていた。
「あの・・・お客様・・・」
「あー、そのー・・・お持ち帰りって出来ますか?」
店を出た俺は、箱に入れてもらった全く手つかずのケーキを、ビニール袋に入れてとぼとぼと歩いていた。
あのあと話を聞いたところ、どうやらネームプレートの件は、根本的にあちらのミスだったらしい。
明日もサプライズで同じようなことをするお客さんがいたらしくて、その人のネームプレートと間違えてしまったらしい。
それを聞いた俺は、彼女が帰ってしまったというショックのせいもあったのか、怒りの感情が湧き上がってこず、ただ『あぁそうですか・・・』と呟いただけだった。
実はそのあとにもうひと悶着あったのだ。
支払いの時に、クレジットカードで払おうと思ってレジでカードを差し出した。
「お客様。申し訳ございませんがこのカードは当店ではご利用いただけない会社ですね」
「えっ? あ、すみません・・・」
そう言われるとどうしようもないので、仕方なしに現金で払った。
しかもぎりぎりだったので、今の持ち金は800円ぐらいしかない。
その後、ATMにいってお金を下ろそうとしたら故障中で動かないし、全くツイてないったらありゃしない。
そして彼女に電話しようとしたら携帯の電池切れてるし、ホントに全くツイてない。
・・・ん? ちょっと待てよ?
「ってゆーか代金普通に払ってきたけど、あっちのミスだろ? 俺の人生が終わるかもしれないんだぞ? 会計ぐらいサービスしろよなぁ・・・」
そんな愚痴を一人で呟きながら川沿いの舗装された道を歩いていた。
とぼとぼと歩きながら昨日の出来事を思い出していた。
実は昨日の夜にケンカをしてしまったのだ。原因は・・・俺にあるのかな、と思う。
俺が仕事帰りに一緒に暮らしている彼女とビールでも飲みたい気分だったから、コンビニの寄ったのだ。
そこで偶然、高校の時に仲の良かった女友達と合って、高校の時とかの話で盛り上がっていた。
そこに偶然彼女がやってきて、浮気してると勘違いしてケンカになってしまったのだ。
その時は女友達も弁解するのを手伝ってくれたのだが、それが逆効果だったみたいで・・・
家に帰っても特に話もせずに、今日の誕生日デートの約束だけをなんとか守ってもらおうと頑張ってここまで順調に進んでいて、最後の締めくくりのディナーを終えようとしたらこれだよ。
なんかここ最近ついてないなぁ。
そこでふとおとといテレビで見た週末占いを思い出した。
『天秤座のあなた。今週末は人生を大きく左右する出来事があなたを待ち受けています。頑張って乗り切りましょう。ラッキーアイテムはあひるの缶』
ラッキーアイテムの意味がわからなくて、彼女と笑ったからよく覚えてる。
こういうことだったのかなぁ・・・彼女と別れちゃうから気を付けなさいよーってことだったのか。
今思うと・・・いや、俺自身は何も悪いことしてないよね?
昨日だってただの誤解だし、今日だって店員のミスだろ?
俺は良かれと思ってプレゼントとして用意したのに・・・
「はぁ・・・タイミング悪すぎだろ・・・」
こんなむしゃくしゃするときは、なんか叫んで発散させたほうがいいんだろうけど、こんなところで叫んだら近所迷惑になるだろうし、なによりまず彼女を見つけてない。
ったく、どこまで行ったんだよ・・・
カランッ
道端に捨てられてあった空き缶が足に当たった。
こう見えてポイ捨ては嫌いなのだ。
「誰だよ。こんなところにポイ捨てしやがったのは・・・」
カバンとケーキを右手でまとめて持って、左手で空き缶を拾って、近くにあった公園のゴミ箱に捨てに向かった。
するとその公園のベンチに彼女が座っているのが見えた。
気配を感じたのか、彼女が振り向いてこちらを見た。
「あっ・・・」
「・・・・・・」
彼女はまだ怒っているみたいで、またそっぽを向いてしまった。
せっかくの誕生日がこんなことになったら怒るのも無理ないよな。
謝りまくって許してもらうしかなさそうだ。
「・・・ごめん」
彼女の前に回り込んで素直に頭を下げた。
そういえばケンカした時って、いっつも俺の方が謝ってるような気がする。
先に折れたほうが相手のことを考えてるんですよー、なんてテレビで言ってたのをみたことがある。
それを思い出して顔がニヤついてしまった。
「なんで笑ってるのよ」
「あっ! いやっ、これは、その・・・」
ごまかそうとして慌てて顔を上げると、彼女の顔は泣きそうだった。
というよりもさっきまで泣いていたのか?
そんな顔だった。
「・・・なんかあった?」
「なんかって・・・あんたが知らない女の誕生日ケーキなんか用意するから悪いんでしょ!」
「あれは店側のミスで・・・」
「ミス? じゃあ携帯に連絡しても繋がらなかったのはなんでよ! どうせ昨日の女に連絡でもしてたんでしょ?」
「はぁ? 今電池切れしてるんだよ」
「で、電池切れって・・・そんなことより逃げた女を追いかけるのは男の役目でしょ!? なんで早く追ってきてくれなかったのよ!」
「お金払ってなかったじゃん。しかもカードで払おうとしたらカード使えないし、現金ギリギリだったし・・・」
「もう!・・・なんなのよ・・・」
そう言ってうつむく彼女。
勘違いだって気づいてくれたのか?
「もうっ! バカッ!」
罵声とともに彼女のカバンが飛んできた。
それを落とさないようにキャッチした。
「バカと言われても・・・」
「バカよ! バカバカバカバカ! もう追いかけてきてくれないのかと思ったじゃない・・・」
そしてまたうつむく彼女。
「ちょっとは俺のことを信用してくれてもいいんじゃない?」
「信用してるわよ。でも不安なのよ。昨日みたいに別の女と話してると、私もういらないのかなぁって思ったりもするのよ」
「そんなバカな」
「バカなのよ。そのくらい好きなの。ホントは今日のデートも楽しみにしてたし、あのサプライズケーキだって嬉しかったもん」
「だったら素直に喜んでよ」
「名前が違ったら喜べないじゃない」
「・・・確かに」
そこで彼女がフフフと笑った。
どうやら機嫌が戻ったようだ。
「ところでなんで空き缶持ってるの?」
「え?」
あ、忘れてた。
「あっ。さっきコレ拾って、あそこのゴミ箱に捨てに行こうと思ってたら君を見つけて・・・」
「ハハハ。私、君のそういうところ好きよ」
「へ? どういうところ?」
「どこでもいいじゃない」
そういうところってどこだろう?
まぁ彼女が楽しそうだからいいや。
・・・じゃあここで渡しちゃおうかな。
俺はカバンと空き缶を地面に置いて、カバンから小さな箱を取り出した。
そしてベンチに座っている彼女の横にケーキを置いて、小さな箱を開きながら片膝をついて彼女に言った。
「これを受け取ってくれませんか?」
彼の横に置かれていた空き缶の底には、あひるの絵が描かれていたということは、誰も気づきませんでした。
おしまい




