カーステレオの贈り物
私の名前は輪島政義。今年で三十五歳になるおっさんだ。
私は俗にいう『ぶきっちょ』である。
適度な距離を器用に保ちながら幅広く人と付き合うのが非常に苦手なのだ。
特に学生時代はそういう傾向が強かった為に、卒業後も中学校の同窓会なるものに呼ばれた事など殆ど無い。
まったく無い訳でもない所が私らしくてちょっと可愛らしい感じ。
それはともかくとして、
2年程前も珍しく同窓会に誘われた事があった。
プルルルル プルルルル
流行の着メロなどに脇目も振らず、初期設定の着信音が携帯電話を騒がせたので出てみると、数少ない昔からの大親友の隆からの連絡だった。
「もしもし、ワジー(私のニックネームだ)? 今度中学の同窓会あるらしいねんけど一緒に行こうぜ!」
「おぉーっ!? またワシらに隠れてこそこそ開催しようとしてたやろうに、隆ようそんな情報ゲット出来たな!」
別に今までも然程興味があったわけでも無かったが、なんとなく執行部に対して影ながら嫌味を言ってみるテスト。
隆も同様に『呼びにくい派』だったものの私よりは幾分か社交的だったので、今回はどうやらお声が掛かったようだ。
さらに内容を嬉しそうに話す。
「んで、今回は□□やら○○とかって先生も何人か来るらしいで。」
元々同級生とは余所余所しかったが、揉めたりなんだかんだあったお陰で、先生達とは他の生徒が授業を受けている時間帯に何度か個人的にご飯を食べに連れて行ってもらったりと、それなりに仲が良かったものだから、なんだか私もだんだんその気になってきた。
「ほぉ、おもろそうやな。ほなワシも行ってみるかな。」
「うんうん、ほな決まりな!」
私の返事にホッとした隆が続ける。
「けど、今回はあんまり怒らんようにせなアカンで。ふふふっ」
「んぉ?前の時は何かあったん?」
「ええっ!!覚えてないんかっ!!?」
すっごぃ嫌な予感がした・・・
「前回はワジー(しつこい様だが私のニックネームだ。もう二度と説明しないので覚えておくように!)が同級生の一人捕まえてボコボコにしとったやんけっ!!」
すっごぃ残念な予感的中!
しかしだ、前回というのは私が27歳ぐらいの時の同窓会の事である。もう二十代も後半で、いくらなんでも理由も無く人に危害を加えるなど有り得ないはずだ。
全くその事件を覚えていないので少し焦りはしたが、気を取り直してそうなった経緯を尋ねてみる。
「誰にため口きいとんじゃコラッ!ってド突きだしたんやん。がーっはっは!」
「ぇ・・・」
駄目過ぎる。
理由が駄目過ぎる。
私が同窓会に呼ばれないルーツがまた一つ解明された瞬間だった。
今回の詳しい日時や場所等を確認し、自分のお茶目さを反省しつつも、そこはドライに割り切って同窓会当日を迎える事になった。
隆を家まで迎えに行き、そこから2人で会場になる大きな居酒屋まで歩いて行った。たしか2月上旬だっただろうか、夜風がデリケートな私の頬を容赦なく突き刺していた。
現地に到着すると、まだガランとした座敷の入り口付近に昔一時だけ付き合った事のある幹事役の女の子が一人居るだけだった。
「なんや気合入れてごっつい楽しみにしとったみたいで、一番乗り的なんがめっちゃ恥ずいのぉ・・・」
五千円の会費だったが2人とも一万円札しか無くてそれを差し出した。
「あんた達は稼いでんねんから、これで良いでしょ。」
なんとも理不尽で一方的な理由により、なぜか釣銭を貰えずにそのまま没収される。
だだっ広い空間の隅っこで、ちょこんと2人で陣を敷く。間もなくしてワラワラとあまり知らない同級生らしき人達が他の席を埋め尽くし出す。
我々は覚えている顔を必死で探し始めると、その中に私が唯一何度か話した事のある益田君という男を発見したので重要な任務を与えるべく私の隣の席へ招待した。その時に彼と一緒に来ていた相方の方は残念ながらまったく記憶にない人だったが、もちろんその人も特別に招待だ。(是非とも円滑な任務遂行の為に益田君を支えてあげてもらいたい!)
暫くして各先生方も着席し、同窓会という名の宴が始まった。
異端児だった私は結構な波乱万丈な人生(どう波乱万丈だったの?という質問に対しての返答は、また別の機会にね。)を送ってきていたので、基本的に同年代の人達よりも年長者である先生方との方が会話が噛み合って盛り上がった。
なんとも心地よい時間が流れ、酔いも徐々に廻ってきたそんな中、斜め前に座っていた女性が話しかけてきた。
「ねぇ、私の事 覚えてる?」
少し考えてみたが、なんせ卒業後17年とか経ってるもんだから顔だけ見ても全然ピンと来なかったので、とりあえず謝ってみた。
「スイマセン。」
すると、予想外にその女性は驚いた様子で明らかにムスッと不機嫌になる。
「ほんまに覚えてへんの?ねぇ、ほんまっ!?」
私が戸惑いながら仕方なく再度謝ると、軽くキレ気味で彼女が私を責める。
「失礼過ぎる!ほんま信じられへんわっ!」
コッチはせっかく素直に謝っとんのに、なんやねんこの攻撃的で生意気な女は・・・
しかし、このまま謎を背負って帰るのも気持ちが悪いので何とか手掛かりを探ろうと幾つか質問をしてみる事にした。
「えと・・、名前は?」
3つ目の質問ぐらいでようやくハッと気がつく。
そないゆうたら、ワシこの女の子と中2の時 付き合っとったぞ・・・。
彼女の言うように私は本当に失礼な事を言ってしまっていたようだ。
今更どんなフォローが出来るというのか。今更どんな顔をしろというのか。軽い動揺を隠し切れない私は、お酒のピッチも急激に上がっていった。
しかし、その横では益田君が私の手元にある焼酎グラスが空になる度に、即座に『お替り』を作るという最初に与えた任務を黙々とまっとうしていたっけ。(益田君、見事なマスターっぷりだったよ。)
一次会は解散になり、幹事に三万円預かっているからと一人が言い出した(その内の一万円はワシらが没収された分ですけどねー!)ので、同年代との交流を体験すべく二次会の十名前後に紛れてカラオケボックスに行った。しかし、1時間ほどすると隆が何故か意味不明なホームシックにかかり、我々2人は先に店を後にすることになる。
桜の花びらも散り始めた4月中旬。
私の脳裏には、あの同窓会の時の「失礼過ぎる!信じられへん!」という言葉が未だに焼きついていた。
けれど、何度思い出そうとしても当時の記憶が殆ど蘇ってこない(うぅ)。
不自然だ。
不自然過ぎる。
大人になってからならいざ知らず、中学生時代の純情な恋物語みたいなものを、そう簡単に忘れるはずが無いからだ。
実際に、その子の前や後に付き合った女の子の事はよ~く覚えている。
なんとなく振られたような気はするものの、具体的な部分が何故か思い出せなさ過ぎる。
その違和感が無性に気になって仕方がなかったのだ。
しかし、私も家庭が在る身なのでいつまでも他の女性の事で頭を埋め尽くしていては嫁や娘や孫(はい、ここで算数しないよー!)達に申し訳がないではないか。
そこで気にしないようにしようとそれなりに努めた甲斐があって、ようやくその女の子を再び記憶の奥の方に沈める事に成功した。
それから数ヶ月が経ち、もの悲しい秋の気配に包まれていたある日。
この日も家族を養う為に働き蟻の如く業務用のトラックを運転していた。
次の目的地まで少し距離があったので何気なくカーステレオに耳を傾けていると遠い昔に何処かで聞いたメロディーが流れてきた。
♪もぅ 泣かないで~ 月がとても綺麗~♪
ブルーハーツの 「君のため」 って曲だった。
中学2年生だった頃に私がいつもいつも聞いていた曲だ。
♪すがりつく 腕が欲しいなら~ 僕のこの腕で そうして欲しい ずぅっと baby baby・・・ あぁ 君のため~ 僕がしてあげられる~ことは~ これぐらいしか 今は~ 出来ないけれど~ ♪
このサビの部分の歌詞。もっとしてあげたいのにそれが出来ない歯痒さや、頑ななまでにストレートにぶつける純真さ。そんなとこが、何ともいえない程に心を振るわせてたまらない。
あまりの懐かしさに思わず合わせて口ずさんでいると、なぜだか無意識に涙が溢れ出てきた。
それと同時に心臓をギューッと握り潰されるような衝撃に襲われ、あの女の子との思い出が突然走馬灯のように次から次へと鮮明に蘇ってきたのだ。
そうか・・・
やっと思い出したわ。
お前の眩しいぐらいのあの笑顔。
お前の恥ずかしそうなあの仕草。
お前と交わしたどうでもええ馬鹿話。
いいくに つくろう かまくらばくふ。
こんで ええねん なしもとさん
(↑これは、なしさんでエエんちゃうんか!?ってツッコンだっけ。)
思い出したわ。
お前の誕生日はワシと丁度一ヶ月違いの6月11日やったな。
確か血液型はワシとおんなじO型やった。
思い出したわ。
滑々して透き通るようなお前の肌。
あのピンクの小粒の舌触り。
些細な事が積み重なってすれ違っていったんやんな。
ほんで、お前は離れて行ってしもたんや。
あの時な、寂しくて、悲しくて。
どうしようも無いぐらい苦しくて。
それからはお前の顔を見ることすら辛すぎて。
そうか・・・
やっと分かったわ。
たまたま覚えて無かったんやない。
必死にお前の事を忘れようと頑張ったんや。
憎みたなるほど惚れとったで。
忘れてまいたなるほどに惚れとった。
すっかり忘れることができた今頃になって思い出させやがって。
うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!
糞ダッボォォォォォァァァァァァアッ!!!!!
はぁ・・・
でもな。
でもな。
危うく、なんや大切なもんをドブ川に叩き込んだまんまにしてまう所やったんかもな。
うん。
なんか、ありがと。