私は何もできないという話。
私は、何もできない人間であります。
ただの悲観的な人間ではありません。
ただ、欠陥を抱え、自覚しているだけでございます。
みなさま、自分に出来ることを教えて欲しい。
こう言うと、口を揃えて皆様は仰るのでしょう。
「私はピアノが出来ます」
「私は歌うことが出来ます」
「私は勉強が出来ます」
うむ。大いに結構でございます。
さあ、貴方も一番の特技を思い浮かべて下さい。
思い浮かべましたでしょうか。
よし、よし。では問いましょう。
それは、本当に出来たと言えるのだろうか。
さて。困惑されましたか?
自分の得意な事に迷いを持ちましたか?
少なくとも、私は。
これを聞かれると、全ての自信を失います。
自分の心に偽らずに、迷いなく。
「私は出来ます」などと言えたら良いのですが。
しかし。しかし。
私は、自信を持つ事にこそ、迷いを覚えるのです。
そう設計されていると言っていいのです。
「私は小説が書けます」
きっと、私はこれを語ることが許されます。
何故なら、今こうして文字を書いているからで。
少なくとも、書こうとする意思はあり。
これを電子の海に流せば、小説という媒体になる。
だが、もし感想欄で。
こう聞かれたとしましょう。
「それを面白いと思っているのですか?」
うむ、心臓が止まります。
冷や汗が湧き出て、唇が痙攣するでしょう。
自分の足元から力が抜け、みっともなく泣き。
この大地に存在した事への許しを乞うでしょう。
私の中で"出来る"とは。
"他人より優れている"という事なのですから。
他人という物差しがなければ"出来る"と言えない。
これが、私という人間の欠陥なのでございます。
"出来る"があるなら、"出来ない''がある。
"出来ない"人間がいて、"出来る"自分がいる。
こうも、傲慢な関係式を作らねば。
私は、自分に自信を持つ事が出来ないのです。
私は文字の世界ではなく。
血と肉と汚物に塗れた、現実世界に生きている。
家出少女は道端に落ちていない。
隠された実力で成り上がる事も出来やしない。
夢と魔法は、紙と画面の上でしか成り立たない。
頼れる仲間もいなければ。
怒りをぶつける敵もいない。
どうしようもない虚無の中、私は生きている。
故に、何も出来ないのです。
何かをすることはあったとしても。
私の人生は、誰にも批評されないのですから。
故に、何もできないのです。
私は自分より上の人間を、画面の先に見るばかり。
自分は主人公ではないと思い知らされるばかり。
ああ、ははは。どうしようもない。
ため息と嘆息と血反吐を一息に吐きそうな気分で。
それが出来れば、どんなに痛快かと嘆くばかり。
窓の外を見れば、太陽が沈む頃合い。
明日は休日ですが、米くらい炊いておかねば。
あァ、生きる事を誇りに思えるようになれば。
私は、何かをできる人間になれるのでしょうか?
それは、誰も知らない事なのでしょう。
誰も知っては、いけないのです。




