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第1話 2人の出会いと、

夏の陽射しが容赦なく照りつける田舎道。

コンクリートの隙間から伸びた雑草が、

風に揺れてカサカサ音を立てている。

リカは祖父母の家の縁側に座ったまま、

膝を抱えて動かない。

もう三週間になる。

両親の葬儀が終わってから、

リカはほとんど言葉を発さなくなっていた。

「…………」

視線の先には、誰もいない田んぼ。

昔、父さんが「ここで一緒にカエル捕まえようぜ」と言っていた場所。

今はただの緑の平面でしかない。

祖母がそっとお盆に麦茶を置いてくれるが、

リカは触らない。

祖父は遠くの納屋で何か作業をしている音だけが、時折聞こえてくる。

そんなある日の午後。

「…ねえ、そこにいるの誰?」

突然、声が降ってきた。

顔を上げると、隣の家の庭の木の上に、

女の子が立っていた。

いや、正確には太い枝に腰掛けて、

こっちを見下ろしている。

ショートカットの黒髪。

白いTシャツにデニムのショートパンツ。

素足にサンダル。

日に焼けた肌と、いたずらっぽく光る瞳。

「…………」

リカは反射的に目を逸らした。

「無視? ひどーい。せっかく挨拶したのにさ」

女の子はぴょんと枝から飛び降り、柵を軽々飛び越えてリカのいる縁側に近づいてきた。

「私はミナミ。よろしくね」

「……」

「えっと……君は?」

長い沈黙。

ようやく、リカは小さな声で呟いた。

「……リカ」

「リカちゃん! いい名前じゃん。かわいい」

ミナミはにっこり笑って、

そのまま縁側にぺたんと座った。

距離が近い。

リカは少しだけ体を引いた。

「ねえリカちゃん、ずっとここにいるの? 

毎日見てるけど、なんか……

人形みたいだなって思ってた」

ストレートすぎる言葉に、

リカの肩が小さく震えた。

「……ごめん、変な言い方だった?」

ミナミは少し慌てたように手を振る。

「でもさ、ずっと一人でいるのってつまんなくない?私、ここ通るたびに気になってたんだよね。

だから今日こそ話しかけようって決めてたの」

リカは唇を噛んだ。

話しかけられるのが怖い。

優しくされるのが怖い。

どうせまた、誰かが消えてしまうから。

でもミナミは、

そんなリカの警戒心なんてお構いなしに続ける。

「ねえ、ちょっとだけ付き合ってよ。

うちの裏の小川に、

すっごくキレイなトンボがいるんだ。

青くて、翅がガラスのみたいでさ。

一緒に見に行かない?」

「……行きたくない」

即答だった。

ミナミは少しだけ目を丸くして、

それからふっと笑った。

「そっか。じゃあ、じゃあ……ここでいいや」

そう言って、ミナミは鞄からスケッチブックを取り出した。

「私、絵を描くの好きなんだよね。

リカちゃんの顔、なんか……

描きたくなっちゃった」

「……やめて」

「だーめ。動かないで。

モデル料は後でアイス奢るから!」

ミナミはもう勝手に鉛筆を走らせ始めた。

リカは嫌がるように顔を背けたけど、

ミナミは全然気にしない。

むしろ楽しそうに鼻歌まで歌いだした。

「……うるさい」

「えへへ、ごめんごめん。でもさ、リカちゃんの横顔、すっごく綺麗だよ。

なんか……壊れそうなガラス細工みたい」

その言葉に、リカの胸がずきんと痛んだ。

「……壊れてるよ、もう」

ぽつりと漏れた言葉。

ミナミの手が、初めて止まった。

スケッチブックを膝に置いて、じっとリカを見つめる。

「……そっか」

ミナミは少し考えてから、ゆっくり言った。

「じゃあさ、私が直してあげよっか」

「……は?」

「壊れてるとこ。

私、結構器用なんだよ? プラモデルとかも作るし、祖父ちゃんの古いラジオも直したことあるし」

ふざけてるのか、本気なのかわからない口調。

でもその目は、真っ直ぐだった。

リカは、初めてミナミの目を見返した。

「……直らないよ。

お父さんも、お母さんも……

もういないんだから」

声が震える。

ミナミは少しだけ黙って、それから静かに言った。

「うん、知ってる。

おじいちゃんから聞いた。

だから……私、今日からリカちゃんの隣にいるね」

「……なんで?」

「んー……なんとなく?

いや、なんとなくじゃないや。

リカちゃん見てたら、

なんか……放っておけなかった」

ミナミはスケッチブックをめくり、

描きかけの絵をリカに見せた。

そこには、縁側に座るリカの横顔。

少し俯いて、長い睫毛が影を作っている。

でもその瞳の奥に、ほんの少しだけ

光が差しているように描かれていた。

「これ、私の今の気持ち」

「……」

「リカちゃんはまだ、全部暗い色で塗りつぶされてるって思ってるかもしれないけど……

私には、ちゃんと光が見えるよ」

リカの視界が、じわりと滲んだ。

ミナミは慌ててハンカチを差し出す。

「泣かないでよー! 

まだアイスも奢ってないのに!」

「……バカ」

リカは初めて、小さく笑った。

涙と一緒に、かすかな笑顔が零れた。

ミナミはそれを捕まえるように、

にっこり笑い返した。

「ねえ、リカちゃん」

「……なに?」

「明日も来ていい?」

リカは、しばらく黙っていた。

それから、消えそうな声で、

でもはっきりと答えた。

「……うん」

夏の風が、二人の間を通り抜けた。

まだ始まったばかりの、小さな“何か”が、

そこに確かに生まれていた。夕暮れが近づく頃、

二人はまだ縁側にいた。


とある日の昼。

ミナミが持ってきたアイスを半分こして

食べながら、リカは少しずつ言葉を増やしていた。

「…ミナミは、いつもこんな感じなの?」

「うん! 基本的にノリと勢い!」

「…バカみたい」

「それ褒め言葉ね?」

そんな他愛もない会話が、

初めてのリカにとっては奇跡みたいに感じられた。

空が茜色に染まり始めた頃、

ミナミがふと立ち上がった。

「そろそろ帰らないと、

お母さんに怒られるんだよね……。

でも明日、また来るから! 約束!」

リカは小さく頷いた。

初めて、心の底から「また会いたい」と思った。

ミナミが柵を飛び越えて自分の家の方へ歩き出す。

振り返って大きく手を振る。

「じゃあね、リカちゃん! おやすみー!」

「……おやすみ」

リカも、消えそうな声で返した。

ミナミの背中が夕陽に溶けていくのを、

リカは静かに見送った。

その時だった。

「……ん?」

ミナミが、急に足を止めた。

道の先、田んぼの向こう側に、

黒いバンが一台停まっている。

エンジンはかかっていない。

窓はスモークガラスで中が見えない。

「…誰?」

ミナミが小さく呟いた瞬間。

バンのスライドドアが、無音で開いた。

中から降りてきたのは、白い防護服を着た二人。

顔はマスクとゴーグルで完全に隠されている。

手に持っているのは、

細長い金属の筒のようなもの。

「――!」

ミナミが反射的に後ずさる。

「リカちゃん、逃げて!」

叫んだ瞬間、白い防護服の一人が筒を構えた。

シュッ、という空気を切る音。

ミナミの首筋に、細い針が刺さる。

「っ……あ……」

ミナミの体が、くにゃりと崩れ落ちた。

「ミナミ!!」

リカは思わず立ち上がり、縁側から飛び降りた。

でも足が、恐怖で動かない。

もう一人の防護服が、

リカの方へゆっくり歩いてくる。

「対象確認。リカ、及びミナミ。回収開始」

機械的な声。

リカは後ずさりながら、必死に叫んだ。

「やめて……! ミナミに、何したの!?」

返事はない。

代わりに、近づいてくる足音だけ。

リカの視界が、涙で滲む。

(どうして……やっと、笑えたのに……)

その時、倒れたミナミのポケットから、何かが落ちた。

スケッチブック。

開いたページには、

先ほど描きかけだったリカの横顔。

それが、私が憶えている最後の光景だった。

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