第9話:彫像、彫像、そして大きな問題
ヴァウ悪魔王国・鉄の城門
深紅の空が垂れ下がるように広がっていた。
血の渦巻きのように雲が回り、コウモリの羽ばたき音が、遠くから響く悪魔たちの笑い声と入り混じっている。
巨大な門の前には――
二人の姿が立っていた。
レイジ…そしてミジャルン。
彼らはわざと着古したような服を身にまとい、道に迷った旅人のように装っていた。
だがその身から放たれる気配だけは――
どうしても完全に隠すことはできない。
ミジャルンは唾を飲み込んだ。
「お兄ちゃん…本当に正面から入るの?」
レイジは落ち着いた声で答える。
「安心しろ。絶対に失敗しない方法がある」
ミジャルンはすぐに疑いの目を向けた。
「…お兄ちゃんがそう言う時って、いつも周りの世界が被害に遭うんだよね」
自然発生的な…ハプニング
レイジが一歩踏み出す。
その時――
ガガガガッ…!
彼の手が、ヴァウ魔王の巨大な像にうっかり触れてしまった。
一瞬の沈黙。
像にヒビが走る。
ミジャルンは凍りついた。
「…お兄ちゃん…」
バキンッ!!
像は真っ二つに折れ、地面に崩れ落ちた。
ミジャルン(パニック寸前):
「お兄ちゃん!! それヴァウ魔王様の像だよ!!」
レイジ(一瞬硬直するも、平然を装う):
「…知ってる」
(わずかな間、頭を回転させ)
「…いい考えがある」
トンチも甚だしい作戦
光が閃いたかと思うと――
レイジの体が変化した。
元の像と寸分違わぬ、完全なヴァウ魔王の像へと。
気配も、形も、細かなヒビの入り方まで――まったく同じだ。
「早く、ミジャルン。お前も像になれ」
ミジャルン:
「…何になれって言うの!?」
レイジ:
「…猫だ」
ミジャルン:
「…」
「…本気?」
レイジ:
「早く」
ミジャルン:
「…ニャー」
次の瞬間――
レイジの背中には、小さな猫の石像が現れた。
足音が近づいてくる。
門番たちがやって来た。
「さっきの音は何だ?」
「ヴァウ様の像が…?」
彼らは足を止め、像を眺める。
「…なんで猫がいるんだ?」
「…」
「ああ。新しい飾りかもしれないな」
「なるほど。殿下の趣味はいつも風変わりだからな」
彼らはそのまま立ち去った。
再び沈黙。
レイジが元の姿に戻ると、ミジャルンはその場にひっくり返った。
「お兄ちゃん! これは作戦じゃなくて、ただの奇妙な奇跡だよ!」
レイジは肩をすくめる。
「結果オーライだろ?」
ミジャルンは鼻を鳴らす。
「…こんなお兄ちゃん、もう疲れた」
地下の回廊
彼らは地下の道から城内部へと侵入した。
長く、暗く、湿気の立ち込める回廊。
その空気には――重たい何かが漂っている。
まるで、大きな秘密が隠されているかのようだ。
ミジャルンは知ったかぶりをしてみせる。
「構造から判断すると、この道は地下中枢部に繋がっている可能性が高いわ――」
レイジ:
「入るぞ」
ガシャンッ!
レイジは目の前の壁に激突した。
ミジャルンは口を手で覆い、笑いをこらえている。
「…何も見なかった」
レイジ(しょんぼりと):
「…聞こえてるぞ」
発見
レイジが手をかざすと、
柔らかな光が浮かび上がり、床を照らし出す。
そこには何かが落ちていた。
一本の角。
ヒビが入っている。
レイジはそれを見つめた。
「…これはスヴルタのものだ」
ミジャルンの表情がすぐに引き締まる。
「ということは…彼女、ここに来たことがあるのね」
迫り来る存在
重たい足音が響いてくる。
鎖が地面を引きずられる音。
レイジはすぐに光を消し、
ミジャルンの腕を引いて闇の中へと身を隠す。
「静かにしろ」
二人の姿が現れた。
悪魔将軍フクロン。
そして――
鎖で縛られた一人の女悪魔。
彼女の放つ気配は…
弱まってはいるものの、
その底は深く、
危険な力が眠っていることを示していた。
ミジャルン(怒りを込めてささやく):
「こんなに強い悪魔を…こんな扱いするなんて…?」
レイジ:
「感情を抑えろ」
だが――
わずかな音が漏れてしまった。
フクロンが足を止め、
ゆっくりとこちらを向く。
紫の光を放つ提灯を掲げ、
「…出て来い」
レイジは闇からゆっくりと姿を現した。
まるで最初からそこで待っていたかのように、落ち着いた様子で。
「俺の名はレイジ」
(わずかに笑みを浮かべ)
「そうだな…もっとお前たちが恐れるような呼び名が欲しければ――」
「『超人』とでも呼べ」
フクロンは即座に襲いかかってきた。
合図も何もなしに。
ドォーンッ!!
地面が砕け、亀裂が走る。
レイジは身をかわす。
その動きは軽やかで、
無駄がなく、
一挙手一投足にまで精密さが宿っている。
ミジャルンもすぐに動き出す。
「私が彼女を連れて行く!」
レイジ:
「急げ」
闇の中の戦い
フクロンが変貌した。
体は膨れ上がり、
背中からは無数のトゲの生えた腕が生え出す。
紫の猛毒が滴り落ちる。
四方八方から攻撃が飛んでくる。
だが――
レイジの動きは常に一歩先を行っている。
バキッ!
肘が首筋に入る。
メキッ!
フクロンの腕が内側から砕け散る。
フクロンはよろめき、
目を見開いて震えている。
「貴様…いったい何者なんだ…」
レイジはただ無表情に彼を見つめ、
「…厄介事だ」
間違った笑み
レイジが回廊から外に出ると、
そこにはすでに包囲網が敷かれていた。
数百人もの門番たち。
武器は掲げられ、
魔力は集められている。
レイジは笑みを浮かべた。
人間の笑みではない。
悪魔の笑みでもない。
この世界に存在してはならないような、歪な笑み。
その瞬間――世界が、静止した。
門番たちは体を震わせ、
手にした武器を落とし、
泣き叫び始める。
「何か…見える…!」
「やめてくれ…!」
「こいつは…生き物じゃない…!」
レイジの背後には――
巨大な影が形を成していた。
角を生やしたシルエット。
紅く輝く瞳。
光までも飲み込む漆黒。
ザラビス。
その存在が明らかになった瞬間――
全員が一斉に気絶した。
完全なる沈黙。
レイジは目を閉じ、
長いため息をつく。
「…多すぎるな」
木の下ではミジャルンが座り込み、
側には先ほどの女悪魔が気絶したまま横たわっていた。
レイジが何事もなかったかのように姿を現すと、
ミジャルンはすぐに鋭い視線を向けた。
「お兄ちゃん」
「どうして」
「彼女が」
「気絶してるの」
レイジは少し考えて、
「…たぶん…俺の気配のせいだ」
ミジャルンは思わず額に手を当てる。
「お兄ちゃん、それは『気配』なんかじゃないよ。天災だよ、天災!」
レイジ:
「彼らはいずれ目を覚ます」
「…だいたい五日くらいで」
ミジャルン:
「五、日!?」
レイジはその場に横になり、くつろいだ様子を見せる。
「…また普通の人間になるのに失敗したな」
ミジャルンは彼を見つめた。
半分は怒り、半分は感心しながら。
夜風がそよぎ、
穏やかな空気が流れる。
まるで、先ほどの激闘など最初から存在しなかったかのように。
レイジは目を閉じた。
だが彼の思考は
すでに遥か先へと進んでいた。
「これで障害はなくなった…」
「…いよいよ核心部への道が開ける」
口元には再び、わずかな笑みが浮かぶ。
そんな中
ヴァウ悪魔王国の奥底では、
何かが動き始めていた。
レイジですら、まだその全てを計算に入れることのできていない存在が
沈黙は弱さの証ではなく…強さが爆発寸前である時です。
読者の皆さん、こんにちは。あなたはこの物語の単なる目撃者ではありません。いつか天を揺るがす小さな炎なのです!




