87.それで十分だ
契約は一晩で変わるものではない。
轟音を上げて起き上がることもない。
奇跡を誇示することもない。
ただ…続いていく。
ゆっくりと。
音もなく。
かつて開いた傷のようだった大地の亀裂は、細い根に満たされ始めていた。かつて色褪せていた草は、ゆっくりと色を取り戻している。緑は祝祭として現れるのではなく、ただ、生き残る小さな勇気としてそこにある。
水は今、確かに流れる。もはや迷わない。その音はまだ柔らかいが、既に律動を持っている。まるで世界が今度こそ、二度と崩れないと信じ始めたかのようだ。
空もついに青を選んだ。
完璧な青ではない。
だが、朝と呼べるには十分だ。
貴族団はその平地に立っていた。
編成もなく。
警戒もしていない。
ただ立っている。
彼らはもはや脅威を待っていない。
長い間、初めて…立ち向かうべきものなど何もない。
夜は深呼吸をする。空気は違って感じる。重くない。圧しつけるようなこともない。
玲二朗は一言も言わずに水平線を見つめている。普段なら皮肉っぽいコメントをするだろうが、今回は違う。
ゆかりは依然として翔也の横に座っている。
翔也はまだ意識が戻っていない。
だが呼吸は安定している。胸は穏やかなリズムで上下している。まるで体が、思い出すにはあまりにも大きすぎる何かを背負った後、休息することを選んだかのようだ。
春名はゆっくりと立ち上がる。
「私たち…成功したね」と囁く。
誰も大きな声で答えない。
だが全員が知っている。
そうだ。
彼らは成功した。
自分自身の力だからではない。
誰かが去ることを選んだからだ。
その自覚は重く…同時に軽く感じられる。
白凪
白凪は一言も言わずに遠ざかっていく。
足取りは穏やかだ。
慌てる様子もなく。
ドラマチックなこともしない。
ただ歩いている。
新しい草が生え始めた平地を下りていく。風がそっとローブに触れる。周囲の世界は生きており、初めて、儚くないと感じられる。
小さな川の岸辺で立ち止まる。
水は澄んでいる。
大きな音もなく流れている。
白凪はしばらくそこに立っている。
手はゆっくりと握り締められ…そして緩む。
ここには誰も見ていない。
守るべきものもない。
耐えなければならないものもない。
少しだけ頭を下げる。
そしてついに
一滴の涙が落ちる。
それ以上もなく。
泣き叫ぶこともない。
音もない。
ただ一滴が川の水に落ち…そして痕跡もなく消えていく。
「ありがとう」とそっと言う。
風がその言葉を運び去る。
「私の夢を叶えてくれたから」
声は低い。
穏やかだ。
「私はこの世界が平和であってほしかった。全てが昔のように戻ってほしかった」
目を閉じる。
「そして君はそれを叶えてくれた」
微笑まない。
だがずっと張り詰めていた肩が…少し緩む。
まだ一度も言っていないことが一つある。
「そして…ありがとう」
声は柔らかくなる。
「思い出させてくれたから」
幼い子供の顔が記憶に浮かぶ。
弟だ。
かつて家に満ちていた小さな笑い声。
かつていつも自分の後をついてくる小さな足音。
彼を生き返らせることはできない。
永遠にできない。
だがその戦いの最中…世界が壊れかけていた時…彼女は思い出すことができた。
痛みを伴うような形でもなく。
後悔としてでもなく。
ただ温かく。
「それで十分だ」
涙は止まった。
白凪は目を開く。
青い空が川面に映っている。
そして初めて…彼女はその記憶の中で孤独を感じなかった。
振り返す。
再び仲間たちのもとへ歩き始める。
足取りは軽やかだ。
ソニア
ソニアは彼らと一緒ではない。
彼女は花が咲いた場所に立っている。
小さな花だ。
まだ完全には回復していない大地と対照をなす鮮やか(あざやか)な色だ。
長い間、それを見つめている。
手で触れることもない。
ただ立っている。
風がそっと髪に触れる。
世界は…広いと感じられる。
空っぽでもなく。
満ちているわけでもない。
ただ広い。
「もう泣かない」とそっと呟く。
そしてそれは真実だ。
涙はもう止んでいる。
残っているのは、胸にある不思議な温かさだけだ。
もはや痛くない喪失の想い。
「忘れないよ」
小さく微笑む。
あの名前をもう大声で呼ぶことはない。
だが心の中では
サタン。
彼女がつけた名前。
彼女が選んだ名前。
彼女が彼のために創った名前。
「私がその名前をつけたんだから」
目は柔らかくなる。
「君は名前を求めた。そして私はそれを与えた」
その名前は悪の象徴ではない。
崩壊の象徴でもない。
ソニアにとって…それは本来よりも長く留まることを選んだ誰かの名前だ。
学び、変わった誰かの名前だ。
「ずっとそう呼ぶよ」
深呼吸をする。
「君は私を友達に選んだ」
その言葉はもはや重くない。
痛くもない。
感謝の気持ちとともに口にする。
「ありがとう」
風はより温かく吹き抜ける。
小さな花はそっと揺れる。
「生きていく」
声は今や安定している。
「君が救ったこの世界で」
空の方を振り向く。
青はもっとはっきりとしている。
太陽ももはや迷わない。
光は痛くないように彼女の顔に触れる。
「リョウも忘れない」
その名前はより柔らかく口から出る。
弟だ。
かつて痛すぎるために避けていた記憶。
今は違う。
ソニアは涙ではなく、小さな微笑みとともにリョウのことを思い出す。
「ずっと君たちのことを思い出し続ける」
その言葉が届いているかどうかは知らない。
誰かが聞いているかどうかも知らない。
だがそれは重要ではない。
なぜなら初めて—
彼女はもはや追いかけたくない。
残って生きたいと思うのだ。
貴族団
ソーニャが戻ってきた時、他の者たちはすでに一緒に立っていた。
白凪はいつも通りに戻っている。
穏やかだ。
川で一滴の涙が落ちたことを知る者は誰もいない。
夜はしばらくソニアを見つめる。
「終わった?」とそっと尋ねる。
ソーニャは頷く。
「うん」
長い説明は必要ない。
彼らは全員が感じ取っている。
喪失は真実だ。
だが崩壊させるようなものではない。
玲二朗は空を見上げる。
「不思議だ」とそっと言う。「世界が…軽く感じる」
ゆかりは微かに微笑む。
「たぶん、一人で支えていないからだね」
その言葉は宙に浮かぶ。
全員が理解している。
誰かが彼らと崩壊の間に立っていた。
誰かが彼らには背負えない何かを背負っていた。
そして今…その重荷は彼と共に去った。
傷としてではなく。
足跡として。
翔也が少し動く。
瞼が震える。
全員が振り向く。
だが彼はまだ目覚めていない。
ただもっと深く呼吸をする。
まるで体もこの世界が安全だと信じ始めたかのようだ。
ソーニャは彼を見つめる。
小さく微笑む。
「私たちはここにいるよ」とそっと言う。
それで十分だ。
エピローグ
朝は昼へと移り変わる。
契約は雄々しく(おおよしく)輝くこともない。
ただ生きて
「次回更新: 3月 6日 21:00」




