86.残された色
コトラットの世界は、すぐに美しくなったわけではなかった。
世界は成長していた。
ゆっくりと。
血が止まったものの、触れるとまだ痛む傷のように。
地面の亀裂から生えた最初の草は、鮮やかな緑ではなかった。まず現れたのは、控えめな薄い色だけだった。岩のすき間に水が再び流れ始めると、その音はささやかでためらいがちだった。まるで、この世界がいつかまた沈黙に戻ってしまうのではないかと恐れているかのように。
空は変わっていった。
突然青くなったわけではない。
淡い灰色がやさしく薄れ、地平線の端に薄い青が残されていた。太陽の光はまぶしくないよう、慎重に降り注いでいた。まるで、世界を傷つけずに触れる方法を、再び学んでいるかのように。
そんな変化の中、彼らは立っていた。
貴族党。
戦闘態勢ではない。
武器を掲げているわけでもない。
あまりにも多くを失いながらも、最も儚いものを守り通した人々として――
命を。
翔哉はまだ意識を失って横たわっていた。呼吸は安定し、顔つきは穏やかで、周りの世界がほとんど崩れ落ちたことなどまるで経験していないかのようだった。由香里は彼のそばに座り、見守っていた。春名は彼の体を覆う布団を整えていた。
だがソニアの視線は、そこにはなかった。
彼女は数歩離れた場所に立っていた。
一人の存在に向き合っている。
サタン。
彼は以前と同じように背筋を伸ばし、落ち着いて立っていた。まさに世界が壊滅寸前だったことが、彼に何の痕跡も残していないかのようだ。だがよく見ると、ほんの少しだけ変化があった。
非常に小さな変化だ。
彼の視線はもはや世界の向こうまで突き抜けていない。
視線は――誰かのところで止まっていた。
ソニアのところに。
「で……」ソニアの声は震えていた。それでも普段通りに聞こえるよう努めていたが。「これが最後なのね?」
即座の返事はなかった。
風が二人の間を通り過ぎ、湿った土の匂いと、新生した世界のエネルギーを運んできた。新芽の木から小さな葉が舞い落ち、空中を回転しながら地面に辿り着いた。
サタンはゆっくりと顔を向けた。
「この世界は安定する」彼は平然と言った。「生命の軸は再稼働した。完全にではないが……バランスを保つには十分だ」
ソニアは唾を飲み込んだ。
「それは、私が聞きたい答えじゃない」
沈黙が訪れた。
初めて、サタンは話す前にためらった。
「俺はコトラットの出身じゃない」彼はやがて口を開いた。「ここにいること……長続きしない異変だ」
声は大きくなかった。
ドラマチックなものでもなかった。
だがソニアは、胸が締め付けられるような気がした。
「なら……行くんだね」彼女はささやいた。
疑問文ではなかった。
サタンはわずかに頷いた。
「俺が残り続ければ、この世界の構造を壊し始める」
ソニアは小さく笑った。
切ない笑いだった。
「ふざけてるよね……」彼女はあまりにも早く顔を拭いた。まるで何かが零れ落ちる前に、それを消し去れるかのように。「世界を救ったのに……世界は君を受け入れられないなんて」
彼女は一歩、前に進んだ。
そしてもう一歩。
サタンは動かなかった。
「……もし、私がついていくとしたら?」彼女は突然訊いた。「君と一緒に行くとしたら?」
貴族党は一斉に顔を向けた。
夜は凍りついた。
玲二郎は即座に顔を上げた。
サタンはソニアをじっと見つめた。
「君は生き残れない」彼は率直に答えた。「俺の世界は人間には向かない」
ソニアは拳を握った。
「じゃあ、私はどうすればいいの?」声はゆがみ始めていた。「こんなにたくさんのことがあって……私たちが――」
彼女は言葉を詰まらせた。
息が詰まるようだった。
「こんな終わり方は、嫌だ」
一瞬、ソニアは小さく見えた。
戦士としてでもなく。
世界の闘争における重要な存在としてでもなく。
ただ、置いていかれるのが怖い――人間として。
彼女はさらに近づいた。
手を伸ばしていた。
そしてサタンに触れようとする寸前――
ひとりの手が彼女の肩を掴んだ。
ソニアは体を震わせた。
振り返ると――
白凪が後ろに立っていた。
眼差しは穏やかだが、重みがあった。
「やめろ」彼は静かに言った。
ソニアは震えながら言う。「離せ」
白凪は動かなかった。
「もし前に進めば……もう戻れない。君はそれを知っている」
ソニアは唇を噛んだ。
「わかってる」囁く。「わかってる……でも――」
「でも、彼についていきたいんだろう」白凪は言葉を補った。「今じゃなければ、一生後悔すると思っているからだ」
ソニアは目を閉じた。
やがて涙がこぼれた。
白凪は力任せに抑えるのではなく、ソニアにここに居場所があることを思い出させるように、握りを強めた。
「ついていきたいと思うのは、わがままじゃない」彼は優しく言った。「でも、ここに留まる選択をするのも、間違いじゃない」
サタンは全てを静かに見つめていた。
だが彼の中の何かが動いた。
あるはずのないものだ。
彼は一歩、前に進んだ。
「ソニア」
今回は名前の呼び方が違った。
もっと……低く、柔らかかった。
「この世界は君を必要としている」
ソニアは泣きながら笑った。
「でも私は、君を必要としているんだ」
その言葉が空中に浮かんだ。
即座の答えもなければ、完璧な解決策もなかった。
空はますます明るくなっていく。
遠くに緑が広がり始めた。
コトラットは――彼らの決断を待たずに、蘇っていた。
サタンは世界を長く見つめた。
それからソニアの方を振り返った。
「俺は君のことを忘れない」彼は言った。「約束じゃない。事実だ」
ソニアは彼を見つめ、もはや止められない涙が頬を伝った。
「なら……前みたいに、静かに行かないで」彼女は静かに言った。「振り返らずに去っていかないで」
サタンは頷いた。
彼は後ろに下がり始めた。
一歩。
そしてもう一歩。
体は輪郭を失い始め、強すぎる光に当たった影のように、かすんでいった。
「ありがとう」彼は言った。「……俺が今まで理解しなかったことを、教えてくれたから」
「守ることとは、世界のためではない」彼は続けた。「誰かのためなんだ」
ソニアは走り出そうとした。
白凪は彼女を抑えた。
優しく。
切ない思いで。
光がサタンを包み込んだ。
破壊の光ではない。
別れの光だった。
そして彼の姿がほとんど消えかけた時――
何かが動いた。
遠く。
非常に遠く。
コトラットとは全く異なる次元で。
白と紫が混ざり合った、宇宙のような形をした空間。
そこに立つ女性の存在は、髪が虚無の切れ端のように流れ、瞳には未だ誕生していない星々が映っていた。
彼女はわずかに微笑んだ。
「ふふっ……本当に彼らの話を聞いていたのね」
その声は空気を通さず、存在そのものを介して響いた。
「いつもはただ去っていくのに。冷たくて、効率的だし……私以外、誰にも答えないのに」
彼女は消えゆく光の方を向いた。
「でも今は……」微笑みはやさしくなった。「立ち止まり、ためらい、人間の話を聞いたのね」
彼女は小さく笑った。
「ザラビス」つぶやく。「そう呼ばせてくれてありがとう、ザラビス」
瞳は興味深げに細められた。
「本当に変わったね、友よ」
光は完全に消え去った。
コトラットの世界で、ソニアはその場に立ち尽くしていた。
涙が地面に落ちると
その場所に小さな花が咲いた。
初めてのことだった。
鮮やかな色の花だ。
「次回更新: 3月 4日 21:00」




