63.助けられたという事実
視点:八平 ひのか
暗い。
光がないからではない。
それは、ひのか自身の感覚が働くことを拒んでいるからだ。
音が先に届く。
はっきりとした音ではなく、低い震動だけ──まるで世界があまりにもゆっくりと呼吸をしているようだ。
胸が重い。
傷があるわけでもない。
痛みがあるわけでもない。
もっと正確に言えば──
内側から押しつけるような虚しさだ。
「……ゆ……」
その声は、彼女自身の唇から漏れた。
低く、ひび割れたようで、不完全な声だ。
意識は、黒い水の中を浮かぶガラスの破片のように、浮き沈みする。
金属を覚えている。
圧力を覚えている。
エネルギーが、触れることもなく奪われる息のように、少しずつ吸い出されていくのを覚えている。
そして──
衝撃があった。
爆発でもなければ、激しい衝突でもない。
むしろ、現実が横から殴られたようなものだ。
それが起こった瞬間、世界は彼女を吸い込むのをやめた。
機械が故障したからではない──
もっと大きな何かが現れたからだ。
ひのかはそれを見なかった。
感じたのだ。
部屋の温度が変わった。
暑くも寒くもない。
ただ、空っぽだ。
だが、意志を持った空っぽさだ。
彼女の体は今、固い床に横たわっている。
もはや機械の掴みにはない。
指がわずかに動いた。
重い。まるで自分のものではないようだ。
「……あ……」
息遣いの音は、他人のように聞こえる。
短く、安定していない。
目を開けようとする。
霞んでいる。
何重にも重なる幻影が見える。
目がピントを合わせようともしない輪郭だ。
だが、一つだけ霞んでいないものがある。
圧力だ。
何かが彼女のそばに立っている。
近づくこともなければ、遠ざかることもない。
ただ、存在しているだけだ。
ひのかは話そうとした。
謝ろうとした。
誰かの名前を呼ぼうとした。
だが、口から出たのは言葉ではなかった。
水だ。
温かい。
涙が勝手に流れ落ちる。
「……ごめん……」
誰に対してなのか。
自分自身に?
籠爪 ユラ に?
紅外 夜叉 に?
それとも、彼女のせいで手を差し伸べてくれた存在に?
わからない。
ただ知っているのは──
彼女はこんな助けを必要としないはずだった。
デーモン・エグアマは、負担になるために造られた存在ではない。
胸が震える。
体内のエネルギーはまだ戻っていない。
まだ裂けており、まだ漏れている。
だが──
崩れないように支えてくれる何かがある。
治癒でもなければ、補充でもない。
むしろ、こんな感じだ──
現実が無理やりに待たされているような、そんなものだ。
ひのかはやがてまた目を閉じた。
そして意識が完全に沈み込む直前、
一つだけはっきりと感じた──
魔王は世界に怒っているのではない。
世界が彼のものに手を触れるなどという厚かましさに、怒っているのだ。
遠く離れた場所、
魔法の結界と人工的な静寂に包まれた建物の中で──
籠爪 ユラは動かずに立っていた。
拳を握っているが、その気配は残酷なまでに抑制されている。
命令もなければ、叫び声もない。
ただ一つの沈黙の結論が、デーモン・エグアマの全ての悪魔たちに伝わっていた──
ひのかは見つかった。
そして世界は、遅かれ早かれその代償を払うことになる。
建物の中の静寂は、あまりにも整然としていた。
機械の音もなければ、警報の音もない。息遣いさえも飲み込まれているかのようで、古びた建物が世界の未だ下されていない決断を待っているかのようだ。
籠爪ユラは、硝子のない高い窓の前に立っていた。今夜のコトラットの空は薄灰色で、果てしない彼方に光の亀裂がゆっくりと鼓動している──何かが強引に折り曲げられた痕跡だ。
彼は動かなかった。
だが床に映った彼の影が先に動いた。
「……途切れた」
ついに彼は声を上げた。一語だけ。冷たく、静かだ。
彼の背後で、シャケミ・ニカは顔を上げた。いつも軽やかに舞っているはずの髪が、今は静かに肩に密着していた。
「ひのかとの繋がりですか?」
小さな声で尋ねた。
ユラは答えなかった。
目を閉じた。
普通の存在にはほとんど感じられないほど繊細で細い絆が、一瞬の間、消えていた。弱まったのでもなく、遮られたのでもない。
ただ、消えたのだ。
わずか一瞬だった。
それだけで、ユラの体内を流れる悪魔の血が反応した。
床が髪の毛ほどの細かな亀裂を入れた。エネルギーが解放されたからではなく、あまりにも強く抑制されたからだ。
ずっと壁にもたれていた紅外夜叉は、背筋を伸ばした。赤い瞳が細められた。
「……捕らわれたんじゃない」
夜叉は言った。
「ほぼ消されたんだ」
ユラは目を開けた。
「兄様、その通りです」
夜叉は一歩前に踏み出した。赤黒い炎の剣のようなオーラが震えており、まだ封印されているが、外へ出ようとしている。
「前から言ってるだろ」
いつもより大きな声で言った。
「お前が指導者なら、あの剣を受け入れる覚悟が必要だ。この世界は──」
「分かっています、兄様」
ユラが言葉を遮った。
夜叉は瞳を細めた。
「ん? よしな」
声のトーンは高くなかった。だがそれだけで、兄である夜叉の言葉を止めることができた。
夜叉は黙り、わずかに微笑んだ。
ユラは体を半分向けた。二人の視線が合った。そこに対立はない。ただ、道のりが違うだけだ。
「私があの剣を拒んでいるのは、怖いからじゃありません」
ユラは続けた。
「時期が来ていないからです」
再び静寂が降り注いだ。
部屋の片隅で、黒住とニカは互いに目配せをし、声を出すことを控えていた。彼らは、家族の感情以上の何かが動いているのを感じ取っていた。
一番ドアに近いところに立っていた白凪は、唾を飲み込んだ。
「……誰かが手を差し伸べました」
慎重に言った。
「軍隊でもなければ、将軍でもありません」
そばにいたソニアは頷いた。
「先ほどの空気の圧力……この世界のものではありませんでした」
ユラは反論しなかった。
むしろ、唇がわずかに動き、笑いのようなものが浮かんだ。
「……彼だ」
彼が言った。
部屋にいる全ての悪魔は、すぐに誰のことか分かった。
名前を言う必要もない。
説明する必要もない。
一つの存在だけが、ただ一つの命を救うためにプロセスを消し去るだろう。
ニカは拳を握った。
「ではひのかは──」
「生きています」
ユラが言葉を遮った。今度は声に確信があった。
絆は戻ってきた。
完全ではなく、安定しているわけでもない。
だが、存在している。
そして戻ってきた仕方は荒々しく、唐突で、移り変わりもなく──ユラが非常によく知っている痕跡を残していた。
「彼は運命に触れました」
ユラはつぶやいた。
「そして世界は、無理やりに適応させられています」
夜叉は舌打ちをした。
「魔王様は、あまりにも頻繁にそんなことをしますな」
「誰も彼を止めることができないからです」
ユラは静かに答えた。
遠くで、新たな震動が感じられた。空からでも大地からでもない。
ノロが指揮を取る将軍たちが動き出したのだ。
ユラは再び窓の外を見つめた。
「ひのかは戻ってきます」
「だが、以前とは違う姿です」
ニカは顔をむせばせに向けた。
「どういう意味ですか?」
ユラは一瞬、目を閉じた。
そして──
わずかに涙を流した。
「魔王様に救われた者は──」
彼は小さな声で続けた。
「必ず、ある決断の痕跡を残します」
夜叉は意味深げに、わずかに微笑んだ。
「ならば、遅かれ早かれ……あの剣が必要になるだろう」
ユラは答えなかった。
だが今度は、彼の影が動くのをやめた。
彼らの感覚が届かない場所で、八平ひのかはまだ弱いが、確かな呼吸をしていた。
そして別の場所で、魔王は歩き続けている──世界が理解しようともしない帰結を運んでいる。
ユラは目を開けた。
「準備せよ」
彼は言った。
戦いの命令でもなく、雄叫びでもない。
ただ一語で、全てのデーモン・エグアマが理解した──
待機の段階は終わったのだ。
ひのかの意識はゆっくりと戻ってきた。
眠りから覚めるような感じではない。
むしろ……この体がまだ自分のものだと、思い出されるような感じだ。
まず冷たさが背中に触れた。固い面だが、金属ではない。埃、古いコンクリート、そしてわずかに焼けた鉄の匂いが鼻をついた。
「……はぁ……」
息が詰まったようだ。
ひのかは目を半分開けた。
天井は亀裂だらけだ。電気は消えている。視界の端に、かすかに動く影が見える。
「まだ……生きてる?」
小さな声が漏れた。声は枯れているが、確かなものだ。
ひのかは指を動かそうとした。
動いた。
ゆっくりと、重たく──まるで体が間違った順番で組み立て直されたかのようだ。
胸が虚しい。
痛みではない。
ただ、空っぽなのだ。
ひのかは唾を飲み込んだ。普段なら、悪魔としての反射神経がすぐにこの変化に対応し、補充し、回復し、適応するはずだった。
だが今は……違う。
エネルギーがいつものように流れない。
「……エグアマの力……」
つぶやいた。
「途切れてる」
失われたわけではない。
切断されたのだ。
最後の記憶が、映像ではなく感覚として忍び込んできた。
突然の圧力。
狭まっていく世界。
そして忘れられないほどはっきりとした一つのもの──
静寂だ。
ただ静かなだけではない。
全てを止めさせるような、強い静寂だ。
ひのかは浅い息を吸い込んだ。心拍数が速くなった。
「ああ……」
唇が微かに震えた。
「先ほどのは……」
名前は言わなかった。
言う勇気がない。
足音が響いた。
速くもなく、慌ててもいない。
計算されたような足音だ。
廃墟の向こうから、輪郭が現れた。
「覚めましたね」
女性の声だ。平板だが……何かを抑えているようだ。
ひのかは目を細めた。
「ニカ……?」
その姿は近づいてきた。シャケミ・ニカはひのかのそばにしゃがみ、手袋を外した手がすぐにひのかの手首に触れた。
冷たい。
診察のようだ。
「脈拍は安定しています。でもエネルギーの流れが……」
ニカは言葉を詰まらせた。
ひのかは小さく微笑んだ。
「変でしょう」
ニカは彼女を見つめた。視線は鋭いが、そこに小さな亀裂が入っている。
「もう少しで戻れないところまで行っていました」
「言い過ぎですよ」
ひのかは小さな声で答えた。
「ただ……少し眠ってただけです」
「ひのか」
その声に、ひのかは黙った。
もう一方の側で、誰かが腕組みをして立っていた。
籠爪ユラだ。
近づくことも、触れることもない。
ただ立っているだけだ。
視線はまっすぐで静かだが、周囲のオーラは……鞘から抜かれる寸前の剣のように張り詰めている。
「無理に冗談を言わないでください」
ユラは言った。
「まだ、あなたの体は完全にあなたのものではありません」
ひのかは視線を天井にそらした。
「分かっています」
しばらく静寂が訪れた。
紅外夜叉は亀裂の入った壁にもたれ、腕を組み、顎を締めていた。ひのかを見つめてはいないが、拳を握っている。
白凪とソニアは少し離れた場所に立っている。距離を置き、人間の手が及ばない何かを尊重している。
ひのかはもっと深く息を吸い込んだ。
何かが心に残っている。
傷でもなく、トラウマでもない。
ただ、痕跡だ。
「ユラ兄さん、夜叉兄さん、組織にいるみんな……みんな、私の家族でしょう……」
声は今、さらに小さくなった。
「私がもうすぐ力尽きそうになった時……」
ユラはわずかに顔を上げた。
「……死と私の間に、誰かが立っているような気がしました」
誰も答えなかった。
ひのかは弱々しく微笑んだ。
「不思議でしょう。きっと怖いはずなのに……でも感じたのはただ……」
言葉を止め、適切な言葉を探した。
「……落ち着きだけでした」
部屋の空気がわずかに変わった。
夜叉は小さく鼻を鳴らした。
ニカはひのかの手首から手を離した。
「それは普通のことではありません」
「我々にとってはね」
部屋の片隅から黒住が付け加えた。
ひのかは一瞬、目を閉じた。
暗闇の中で、顔も形も見えなかった。
ただ感じるのだ──
触れることもないのに、全てを決めるような、手のようなものを。
「彼が降りてきたんですね」
ついにひのかは言った。疑問文ではない。
ユラは長い間彼女を見つめ、それから一度だけ頷いた。
「そうだ」
説明はない。必要もない。
ひのかは長い息を吐き出した。肩が少し落ち、気づかなかった重荷がやっと取り除かれたかのようだ。
「……ごめんなさい」
その言葉に、ユラは一歩前に踏み出した。
「やめろ」
彼は厳しく言った。
「お前は負担ではない。理由なのだ」
ひのかは小さく笑ったが、目は濡れていた。
「みんなバカだね」
「ずっと前からだよ」
ニカが答えた。
再び静寂が訪れたが、今度は重くなかった。
外、廃墟の上空で、空はゆっくりと動いていた。世界はまだ崩れていない。まだだ。
ひのかは再び目を開け、今度はよりはっきりと見つめた。
「何かが変わりました」
小さな声で言った。
ユラは静かに待っている。
「彼が何をしたのか分かりません。でも……繋がっているような気がします」
「繋がっている?」
ユラは言葉を繰り返した。
ひのかは頷いた。
「契約でもなければ、誓いでもありません」
軽く胸に手を当てた。
「むしろ……進むべき道のようなものです」
誰も話さなかった。
なぜなら全員が知っている──
その道が動き出せば、世界もまた引きずられていくのだ。
ひのかは目を閉じた。
捕らわれてから初めて、一人きりではないと感じた。
それこそが、一番恐ろしいことだった。
「次回更新:1月 13日 21:00」




