47.タジュバ・ザガ
高層ビルの屋上に吹きつける強風
白凪は仰向けに横たわっていた。
胸元が緩やかに浮き沈みし、空中には埃がまだ舞い続けている。
そして――
「っ!」
両眼がガッツリと開いた。
反射的に上体を起こすと、息が一時的に詰まった。
「――ハアッ?!」
自分の体、頭、首、肩をさっとなで回した。
「……よかった。」
「まだ生きてる~」
その背後から――
ドクッ。ドクッ。ドクッ。
ソーニャが持つ赤黒い大鎌を、何度も叩き続けていた。
「シラナギ先輩、さっきまで死にかけてたのにーー!!」
「知ってるのーー!!」
鎌の中に宿る悪魔サタンは、痛そうに震えていた。
「あぁ……」
「痛い。」
「俺は普通の悪魔の耐性しか持ってないんだぞ」
白凪は振り返り、安堵の微笑みを浮かべた。
「大丈夫だよ、ソーニャ。」
「俺たち、元気だしな?」
ソーニャは一瞬動きを止め、早口に頷いた。
「は、はい……先輩。」
けれど手はまたもや鎌を叩いた。
「もしさっき、少しでも遅れてたら……」
「オレたち、終わってたのにーー!!」
声はやがて泣き崩れそうな、ちょっぴり可笑しいトーンに変わった。
サタンはしばし黙った後、平板な声で答えた。
「だけど俺が助けたんだろ。」
ソーニャの手が止まった。
「……ふんっ」
白凪は鎌の方へ笑みを向けた。
「ありがとう、サタン。」
返ってきたのは短い一語だった。
「……あ。」
鎌身からは淡い輝きが漏れ出した。
一息を吸い込むと、サタンは姿を変えた。
黒い髪。蒼白な肌。そして柔らかく燃えるような赤い瞳。
白凪は見とれてしまった。
「え、ちょっと――」
「サタン、瞳の色、好きなように変えられるの?」
答えは依然として平板だ。
「……あ。」
白凪は二秒間、無言で固まった。
「……さすが冷血な悪魔だな。」
ソーニャは小さく笑い出した。
「そうだよ、彼は。」
白凪は目を細めた。
「じゃあ、色んな色に変わってみせないか?」
サタンは二人を見つめる。
そして――
赤。
紫。
青。
緑。
金。
早業のように、瞳の色が瞬く間に変わっていった。
ソーニャも白凪も、口を大きく開けて笑った。
「わあっ!」
けれど白凪の笑みは、徐々に消えていった。
額にしわが寄り、表情が一変した。
ソーニャもすぐに気づいた。
「どうしたの、先輩?」
サタンは最初から察していた。
「用心しろ。」
「俺から離れるな。」
瞬く間に、サタンは再び大鎌に戻った。
「降りろ。」
「今すぐだ。」
下に広がる影
三人は一挙動でビルの最下階に着地した。
白凪は即座に戦闘姿勢を取り、ソーニャも鎌の握りを強めた。
空気が重苦しく変わった。
そして――
足音が響いた。
影の中から、長身で金属製の杖を持つ男が現れた。
彼の体には稲妻が渦巻いていた。
サタンの声が直接、二人の頭の中に響いた。
「彼はタジュバ・ザーガ。」
「ブラック・ヤニュエーターの四将軍の一人だ。」
「使う技は『落雷誘導』だ。」
それ以上の説明はなかった。
白凪は唾を飲み込んだ。
ザーガはゆっくりと手を叩いた。
「なかなかだね~」
「スクエイター・スネーク唯一の女性メンバーか。」
視線は白凪の体を、下品になで上がるように掃いた。
「そして後ろの小さな娘も……」
「面白いな。」
ソーニャは牙を食い縛った。
だけど口を開かなかった。
白凪は一歩前に踏み出した。
「もういい。」
「早く終わらせよう。」
ザーガは笑い出した。
「あァ~冷たいんだね。」
「俺が勝ったら――」
「君、俺の彼女にならないか?」
ガシャッ!
白凪は早合点で攻撃を仕掛けた。
戦い、開始
白凪は一気に駆け寄り、空の手で真っ直ぐ殴り込んだ。
ザーガは髪の毛一本分の隙間で避け、杖を回して稲妻を放った。
白凪は後ろに跳び退き、床は雷撃で爆散した。
その隙にソーニャが横から突っ込んだ。
鎌が円を描き、十字のように斬りつけた。
ザーガは杖で弾き返し、雷の閃光と赤い光がぶつかり合って火花を散らした。
「速いな。」
ザーガは微笑んだ。
「二人とも上出来だ。」
杖を地面に叩きつけた。
ラクーッ!
雷は網のように四方に広がった。
白凪は高く跳び上がり、ソーニャは前に滑り込んで鎌で電流を受け止めた。
二人は同時に攻撃を仕掛けた。
ソーニャは低く斬りつけ、白凪は上から叩き込んだ。
ザーガは半步後退した。
けれど――
杖が一転、空中から稲妻が落ちてきた。
ソーニャは吹っ飛び、白凪は腕で受け止めながら遠くまで滑り出した。
「クソ……」
ザーガは前進し、圧力が一段と高まった。
圧力、増す
攻撃は雨のように降り注いできた。
上からの雷。
横からの雷。
地面からの雷。
ソーニャは速やかに動き、目で軌道を計算しながら鎌で弾き、断ち、受け止めた。
白凪は隙を見つけて突っ込み、精密なパンチ、真っ直ぐなキックを放った。
だけどいつも、あと一歩で当たりそうになると――
ザーガはわずか数分の一秒、姿を消してしまう。
「落雷誘導だ。」
「俺の体は電流の流れに沿って動くんだ。」
彼は白凪の背後に現れた。
杖が頭上から降りてきた。
ソーニャが間に入った。
ドアアアン!
ソーニャは強く吹っ飛んだ。
「ッ……!」
すぐに立ち上がったが、息は荒くなっていた。
サタンは彼女の手の中で震えていた。
「ソーニャ!」
「限界が近いぞ、無理をするな!」
ソーニャは答えた。
「まだ……!」
ザーガは再び攻撃をかけてきた。
ソーニャは一つ、二つ、三つ――
四つ目の雷が体に直撃した。
体は遠くまで弾き飛ばされた。
ソーニャの視界は徐々に暗くなっていった。
「ソーニャ!」
白凪は駆け寄った。
ザーガは歩みを止め、笑みを浮かべた。
「お?」
「心配してるのか?」
白凪は息を呑み、瞳を鋭くした。
彼女の手から鎌を取り上げた。
「サタン。」
「貸してくれ。」
返ってきた答えはストレートだった。
「いいよ。」
ソーニャは小さな声で囁いた。
「サタン……先輩を、お願い……」
サタンは彼女の気持ちを読み取り、心の中で囁いた。
「ああ……くそ、ソーニャだな……俺は約束する、君を治すから。」
白凪は一人で立ち上がった。
赤黒い大鎌は強く輝き始めた。
ザーガは小さく笑った。
「お?」
「今度は一人か?」
白凪は鎌を掲げた。
「もういい。」
ザーガが先に動いた。
雷は雨のように降り注いできた。
白凪はその中に踏み込んだ。
歩みは変わった。
より速く、より鋭く。
鎌は舞い、曲線を描き、高速で回転した。
ザーガは驚いた。
「へッ?!」
攻撃は交互にぶつかり合い、赤と青の光が空中で炸裂した。
白凪は迷いなく動き、体は本能に任せられていた。
ザーガは依然として優位だった。圧力は大きい。
けれど――
白凪は一歩も引かなかった。
鎌を回し、白い龍のように動きを流し込んだ。
「龍箔――」
ザーガは後ろに跳び退いた。
雷は一つに集まり、彼の最強の攻撃が構えられていた。
白凪は鎌を高く掲げた。
瞳は静かだった。
戦いはまだ終わっていない。
だけどコトラット世界の流れは……
既に変わり始めていた。




