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虚無王ザラビスは退屈している  作者: 釘宮・連
ザラビスの起源に関する注釈
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44.世界の裏側

コトラットの世界


かつて、コトラットの世界は平和で安定していた。


技術と生命エネルギーは調和して循環し、法律は尊ばれ、人々は互いに支え合い、道徳は恐怖ではなく信頼に基づいて守られていた。


コトラットが成り立つ根幹には、「アクシス・ヴィタエ」と呼ばれる自然のエネルギー核がある。それは生命の源であり、三つのものを維持していた――


人間の感情の安定性


本能と理性の境界線


そして世界の因果の理


アクシス・ヴィタエが安定している限り、極限の悪はほぼ生まれる余地がなかった。


ノロは生まれながらの怪物ではない。


ただの人間だった。


「人間の感情を完成させる」ための極秘実験の中で生まれた存在だ。


当初の目的は清らかだった――


恐怖心、過剰な共感、罪悪感を取り除き、人間をより強くすること。


しかし実験は完全に失敗した。


ノロの肉体はアクシス・ヴィタエの僅かな亀裂と融合し、超常の力を手に入れた――


大衆の感情を操作する力


人間の最深部に眠る本能を増幅させる力


共感と結果に対する認識を弱める力


ノロは思考を支配するのではない。


既に存在するものをただ大きく膨らませるだけなのだ。


道徳を蝕む理由


ノロは「共通の道徳」という概念を憎んでいる。


彼にとって、道徳とは人間本来の本能を抑えるために作られた鎖に過ぎない。


コトラットの平和な世界は、アクシス・ヴィタエによる人為的な均衡で偽りの平穏を保っている――そう信じている。


だからノロは一つのことを行った。アクシス・ヴィタエの均衡を徐々に崩壊させること。


爆発的な破壊でもなければ、一瞬にして世界を滅ぼすようなものでもない。


長い年月をかけて、道徳を腐敗させていくのだ。


なぜ犯罪が蔓延するのか?


アクシス・ヴィタエが弱まると――


共感心は低下し、罪悪感は薄れ、攻撃性と支配欲が高まる。


人間は「強制的に悪にさせられる」わけではない。


ただ、抑制する力を失うだけなのだ。


誘拐、殺人、暴力が横行するのは――


感情の脳が論理を上回り、権力が「正しいもの」として感じられ、他人の苦しみがもはや現実味を失うからだ。


コトラットは共通の価値観を失った世界へと変貌した。


なぜ犯罪者の大半は男性なのか?


ノロの影響は攻撃性と支配欲に関わるホルモンを増幅させる。


本来の性質として――


男性は身体的な暴力に傾きやすく、女性は生存と適応に重点を置く傾向がある。


その結果――


多くの男性が残虐な犯罪者となり、多くの女性は隠れるか、小さな集団に加わるか、あるいは標的となる。


女性が「弱い」からではない。


ただ、彼女たちの生存本能が異なる形で働くだけなのだ。


超常の力はなぜ生まれるのか?


超常の力が現れるのは――


アクシス・ヴィタエが漏洩し、自然の理が完全に安定しなくなったためだ。


ごく一部の人間は――


そのエネルギーに反応し、肉体と精神が適応する。


結果として力は生まれるが、代償は必ず伴う。


精神的、肉体的、あるいは感情的な副作用が常に存在する。


コトラットの限界


コトラットは無限の世界ではない。


閉じられた現実圏に包まれた椀のような存在だ――


エネルギーが流出すれば世界は衰弱し、エネルギーが汚染されれば世界は腐敗する。


だからコトラットは自らの崩壊から逃れることができない。


世界の均衡を再構築する存在が現れない限りは。


かつてコトラットが平和だったのは自然の均衡が保たれていたから。


ノロは失敗した実験から生まれた。


ノロは思考を支配するのではなく、道徳を蝕む。


犯罪は共感心の崩壊から生まれる。


犯罪者の大半が男性であるのは生物学的要因と社会的要因が重なるため。


超常の力は世界の亀裂から生まれる。


コトラットは一瞬にして滅びるのではなく、徐々に腐敗する世界なのだ。


そして今――


ノロはこの世界に残る人間たちにとって極めて危険な実験を進めている。


同時に、生き残りを続ける女性たちにとって、この世界は計り知れない苦しみと悲劇に満ちた場所となっている。


コトラットの世界で、力は芸術として教えられることはない。


生存のため、あるいは他者を排除するために芽生えるものだ。


既存の技法に正式な体系など存在しない。


だが長きに渡って生き延びた者たちは一つのことを知っている――


ただ傷つける技法と、存在そのものを消し去る技法があるということを。


最下層には蛇を基調とした技法が広まっている。


滑らかな動き、徐々に浸透する毒、即死させない縛り方。


使用者が長生きすることが稀なため、「安全」とされているに過ぎない。


それより上には雷の技法が現れる。


速さのためではない……圧力のためだ。


わずかな誤りがあれば、思考が後悔する前に身体は反応を止めてしまう。


さらに上には竜の技法がある。


継承されることもなければ、記録されることもない。


度重なる戦いの中で生き残った者だけがその存在に触れられる。


そしてどの竜の技法も、失敗した場合でも必ず破壊の痕跡を残す。


だがコトラットには禁じられた技法がある。


融合術――本来相克し合うべき要素を統合するものだ。


この世界を救う価値がないと判断した者たちだけが用いる。


そして頂点には、決して声高に語られることのない一つの技法がある。


秘密だからではない……


名前を口にした者は、言葉を終える前に命を落とすことが通常だからだ。


その技法は「錬式キンシキ」と呼ばれる。


人間を殺すための力ではなく、一つの街そのものを存在から消し去るための形なのだ。


コトラットの世界で、これは伝説ではない。


ただの生存の掟に過ぎない。

世界〈コトラト〉は、

救いを求めてなどいない。


そこにあるのは生存だけだ。

正義も、善悪も、意味を失った場所。


この世界では、

優しさは美徳ではなく、

残酷さもまた罪ではない。

あるのは選択と、その結果だけ。


生き残る者は前へ進み、

崩れ落ちた者は名もなく消える。

滅びた都市に祈りはなく、

後悔すら残らない。


もしこの世界が、いつか完全に消えるとしたら――

それは破壊が大きすぎたからではない。

誰も、思い出そうとしなくなったからだ。


それが世界〈コトラト〉。

倫理を試す場所ではなく、

それを失ったまま、どれだけ生き続けられるかを問う世界。

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