砂糖製天使
この小説は、共食いします。
俺たちは天使だ。
でも、びっくりするこたぁねぇ。
ケーキの上に乗ってる砂糖菓子だからな。
チョコレート製の誕生日プレートには、
「やまだやまとくん おたんじょうびおめでとう。」
って書かれてやがるぜ。
ちぇっ、俺たちにとっては命日だぜ。
俺は誕生日プレートの左側にいる。
そして、もう一人のやまとくんへの生け贄は、誕生日プレートの右側にいらっしゃる。
「オイ、碧よぉ、今日出荷だとよ。気持ちいいケーキの上ともおさらばだな。」
「それなら、やりたい放題しよっかな。」
碧は、ホイップクリームをぱくりと食った。
そして、喰って欠けた所の形を整えて、元通りにした。
「へっ、わざわざ形を直さなくたっていいじゃねえかよ。」
「だめだよ、ケーキを買った人が悲しむから。」
りんろんりんろん♪
来客を知らせるベルの音が聞こえた。
「お迎えが来なすったぜ。」
俺たちの乗ったケーキは、白くて四角い箱に入れられた。
箱が閉じたせいか、視界が真っ暗に塗りつぶされる。
暗くなっただけじゃねえ。
体の芯から凍りつくような寒さがまとわりついてくる。
寒い、悲しい、息苦しい。
しかも、ぐらぐら揺れて気持ち悪い。
「オイ碧、大丈夫か。」
俺はひどく心細くなって、もう一人の哀れないけにえの名を呼ぶ。
「腕が・・・やられた。」
碧は忌々しげに嘆いた。
幸い砂糖菓子の体なので、痛みは無いが、精神的につらい。
「でもたぶん大丈夫。クリームでくっつけた。」
お迎えがきてから何時間経っただろうか。
「ああだめだ、また腕が取れた。」
碧は力なくつぶやいた。
寒さで意識がもうろうとしてきた。
白い煙でせき込む。
もうだめだと思ったその時、外から差し込んできた光が俺たちを照らす。
ホイップクリームが雪のようだ。
嘘みたいにきれいだ。
悪い冗談だ。
苺は赤くてブツブツの怪物に見える。
ブツブツは全部目で、死にゆく俺たちをじっと見ていやがる。
お誕生日プレートの陰で寒さをしのぐ。
ここなら煙があまり回ってこない。
碧もやってきて、猫みたいに丸まっている。
「ねぇ、青。」
「なんだよ。」
「どうせ食べられるなら、知らないやまとって人よりも、君の方がずっといいや。」
「なっ、バカ言うなよ。」
「人に食われると、体がバラバラになっちゃうんだって。そしたらさ、もう二度と会えないんだよ。」
「仕方ねぇじゃんか。俺たちは砂糖菓子なんだからよ。」
「食べられるのが砂糖菓子の運命なら、君がボクを食べてよ。そうすればボクは何の未練もなくこの世とおさらばできる。」
「そんなこと、できねぇよ。いきなりどうしたんだよ。」
「君がボクを食べれば、ボクは君と一緒になれる。絶対に離れ離れにならないんだ。」
友達を喰うなんて嫌だ。
しかし、永久にお別れはもっと嫌だ。
とは思うが、どうしても抵抗がある。
そんな俺を見かねて、碧は取れた腕を俺に渡す。
さっきまでくっついていて、動いていた腕をどうしても食べる気になれなかった。
「やっぱり、できねぇよ。なぁ、お前はどうかしてるぜ。寒さでおかしくなったんじゃねぇか。」
「だってもうじきボクらは死ぬんだよ。どうして君はそんなに冷静でいられるの。」
碧は切羽詰まった声で、訴えかけた。
「慌てたってしょうがねえよ。おれたちは菓子。誰にも喰われなけりゃ焼却処分だ。それよりかは人に食われて死ぬ方が、菓子としての役目や誇りをまっとうできるじゃねぇか。なっ?」
「いやだ・・・。」
血迷ったのか碧は、取れた自分の腕を貪り食らう。
「オイ、やめろよ!」
俺はみていられなくなって、叫ぶ。
「君が食べてくれないなら、自分で自分を食べるしかない。」
「待て、よくわかんねぇぞ。とにかく落ちつけよ!」
「もう、どうだっていいよ。菓子の役目なんて。人間の元に届くころには、ボロボロになって、がっかりさせてやる!」
「やめろよ。そんなことしたって誰も喜ばねぇぞ。」
俺は碧を羽交い絞めにして、必死で止める。
「君はボクを食べない、自分で自分を食べてもダメ、それならこうしてやる!」
碧は俺に食らいついて、噛みちぎって、美味しそうに咀嚼し始める。
俺も怒りでついに頭がおかしくなって、碧を喰った。
友達だと思っていたヤツが、死の恐怖のせいで狂ってしまった。
現実から目を背けたかった。
俺は被害者なんだと言い訳をして、背徳的なことをする自分を守りたかった。
全てを人のせいだ、運命だ、菓子だからと言って諦めていた。
俺は弱い。
無力だ。
友達を救うこともできない。
現実に立ち向かえない。
こんな俺は喰われて当然だ。
俺なんて、消えてなくなってしまえ。
一方、やまだやまとくんと、お父さん。
「うわぁ!うまそうなケーキ。・・・・あれ、父さん、どうしたの。」
お父さんは目を疑った。
(おかしいな、買った時にはケーキの上には天使の人形が二つ乗っていたはず。・・・店員さんが載せ忘れたのか。それにしても、ケーキの上にカラフルな砂糖なんて、かかっていなかったはずだが・・・。まぁいいか。)
「いいや、なんでもない。さて、食べようか。」
「うん!」