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7日目 ガリ勉とギャルと不在の日々




「ガリガネ、おはよう!」

「おっす、ガリガネ」

「……おう」


 成沢がいない2日目の朝。

 いつの間にかクラスメイトからの株も勝手に上がっていたらしい伊織は、ここ数日急にかけられるようになった挨拶へ何とか返事をする。


「ガリガネーおっはよー! ね、ね、あ・の・ね」

「藤代、なんだその目は」


 次いで何か含みのある視線を寄越してきた藤代に、伊織はいぶかしげに視線を向けた。


「私今日の追試ダメだったら補習なんだよね……そこでー。ね、ね、ガリガネ。ちょこーっと点取るコツ教えてくれない?」

「いいぞ」

「へっ?」


 なんだ、そんな事か。そう言って若干していた警戒を解いた伊織に、藤代は目を丸くする。


「いいの?」


 だって、私。ガリガネに。そう遠慮気味に続いた藤代の言葉を遮る形で、伊織は口を開く。


「何今更遠慮してるんだか。それに、他人に教えると勉強は理解が深まるって言うしな。新しい勉強方法の実験台になって貰うぞ、藤代」

「……ぷ、何それ!」









「……教えるって結構気づきがあるもんだな」

「ふぇ〜……もうアタマ限界ぃ……」

「20分で根を上げるな」

「私馬鹿だしい、無理かも……」


 みっちり教えて、本鈴前。実りある経験に満足げな伊織に、藤代がぐったりとしながら白旗を上げる。そんな様子に、苦笑しながら伊織は言葉をかけた。


「藤代は馬鹿じゃないぞ。俺のスパルタによく付いてきたじゃないか」

「……!!」


 ガリガネ、わたし。藤代が何か言いかけたその時、本鈴が鳴る。


「藤代?」

「……何でもない! じゃ、昼休憩もよろしく〜」

「お前なあ……」


 







「おい、おい。ガリガネ、いいか?」

「今度は何だ」

「俺初めて話しかけたよな!?」


 授業の合間の、短い休憩。

 隣の席の男子に話しかけられて、伊織は面倒臭そうに返事をした。


(こいつは確か……)


 小澤九介。成沢の取り巻き……っぽいキョロ充で、いざ喋ると疑問系でばかり喋るから、付いたあだ名がキョロQ。だった筈。


 ごくごく普通な見た目に、陽キャの太鼓持ちみたいな態度。できてないけど。が目につく、今まで一度も話したことのない人間。


 それが、何の意図で俺に? そう伊織が本日2度目のいぶかしげな視線を向けると、小澤はこそこそと喋りだした。


「なあ、お前。さっき藤代……さんと2人っきりで何してたんだよ?」

「はあ? 勉強だよ。教えてくれって言われて」

「お、お勉強イベントだと!? 羨ましすぎる! なあなあガリガネ、それ俺も加えてくんない!?」

「はあ」


 お前も赤点だったのか? そう伊織が返すと、途端に小澤が口ごもる。


「い、いやおれはギリセーフ、みたいな……?」


 ここで、伊織はやっと合点がいく。そういえば、こいつは藤代に気があるのでは無かったか。


「ほう? なるほど。好きな奴が他の男とマンツーマンで勉強してるのが気に食わない訳だ」

「ひゃひ!?」


 嘘のつけない奴だ。


「まあ俺は実験台が増えるに越した事は無いが」

「じじじ実験台!?」









 昼休み。常にない人口密度の伊織の席で、藤代と小澤2人がぎゃあぎゃあと言い合いをしている。


「……何でキョロQがいるわけ?」

「おおおお俺は勉強に目覚めたって言うか??」

「あんた私に赤点じゃ無いのウザいくらい自慢して無かったっけ」

「うぐっ」


(赤点じゃ無いアピールから藤代に勉強教える方へ誘導したかったんだろうな、こいつ)


 それを見ながら、伊織は朝の進捗を元に指導法を組み立てていた。すると、少ししてじっとこちらを見る視線に気がついた。


「……何だ、藤代」

「ガリガネ」


 何だか改まった様子に、伊織も少し姿勢を正す。と、決心したような面持ちの藤代が口を開いた。


「今まで、ごめん。私がガリガネの事悪く言ってたの、知ってるでしょ。なのに、こんなに面倒見てくれて……ありがとう」

「何だ急に」

「あ、ガリガネって呼ぶのも良くないかな……! ごめん、私」


 何ともらしくない、しおらしい藤代。それにわたわたと慌てている小澤を尻目に、伊織はにやりと笑った。


「別に気にするほどのことじゃない。それに、呼び方は変えなくていいぞ。ガリ勉はステータスだからな」

「……ふふ、ふふふ。本当、何それ!」


 ガリガネ、ありがとう。

 そう言って笑顔に変わった藤代に、おう、と返す。


「え、何? 何何何!? いや俺もキョロ充はステータスだし!? 」

「何張り合ってんの? キョッロ……」

「ううう〜……」


 いつもと違う、騒がしい自分の席。それも何故か悪い気がしなくて、伊織は知らず口角を上げた。









 帰り道。学校から出て久し振りに1人になって、考える。


(今まで勉強さえしていれば満足だったんだが……)


 成沢がいて、クラスメイトや他の奴に話しかけられて。悪くないと思う自分がいる。それは紛れもなく成沢がもたらした変化であって。


 そこまで考えて、伊織は不意に前日のことを思い出した。


 風邪を引いた成沢。こちらを見るいつもと違って、ちょっと危なっかしくて目に毒な感じ。その額に、自分は。


「……!!」

(成沢の風邪が治ったら……どんな顔して会えばいいんだよ!?)


 1人、苦悶する。そんな伊織のスマホが、メッセージ到着の通知を鳴らした。




『風邪治ったよ! 明日は学校行けそう!』



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