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6日目 ガリ勉とギャルと風邪っぴき




 初々根伊織は、学校に行く道すがら常になく、いや2日連続で考え込んでいた。


 内容は、もちろん成沢の事。しかし、今日はその方向性が違う。


『ごめん、風邪引いちゃったから明日お弁当作って行けないかも』

『学校休む事になっちゃった。本当にごめんね』


「……これ、俺のせいだよな」


 伊織の頭を悩ませていたのは、成沢からの体調不良のメッセージ。

 かわいらしい絵文字の添えられたそれが、見た目の印象に反して伊織に重くのし掛かる。


 日曜日の、図書館でのあれ。伊織が傘を持ってさえいれば、むしろ帰宅時間がずれてさえいれば。傘を普通に使っただろう成沢は風邪など引かなかった筈だ。


「……はあ」


 伊織のため息は、雨と共に地面へ落ちた。









「ね、ね。ガリガネ、姫瑠のお見舞い行くよね?」

「は?」


 所変わって、教室。

 昨日からやけに好意的な成沢の取り巻き1号が、伊織に当然のように話題を振ってきた。


(成沢の横によくいる……。藤代、だったか)


 藤代紗雪。

 成沢の友達で、勿論というかなんというか、漏れなくギャルである。アッシュグレーに染めたゆるいウェーブのショートボブに、アイスブルーのカラコンをした垂れ目。目元の泣きぼくろがチャームポイント、らしい。


(前に俺をお高く止まってるとか言ってなかったか、こいつ)


 まあ、いいのだが。伊織は藤代の問いに答えるべく口を開いた。


「あいつが風邪を引いたのは……俺のせいだし。差し入れくらいは持って行こうと思ってる」

「さっすが! 勿論会うんでしょ? ね、ね?」

「……病人に無理はさせられないぞ」

「ぶー」









「……」


 そして、放課後。気が重い事柄ほど、体感では早く来るもので。


 藤代にガッツポーズで見送られつつ、伊織は成沢の家へと足を向ける。


(ゼリー飲料、スポドリ、ビタミン飲料……飲み物ばっかりだが、まあこんなもの、か?)


 あまり高価なものや個性的なものは自分が成沢の立場なら正直引くし、飲み物なら最悪受け取りを断られても自分で飲んでしまえばいい。


(のど飴……も買っておくか)


 飴も、断られた時持ち帰りやすい。伊織はネガティブ気味な思考回路でお見舞いの品をチョイスしつつ、考える。


(今日は、久しぶりにまあまあ静かに過ごせた)


 学校では久しく無かった、静寂。それが手に入って、本来なら嬉しい。筈なのに。


「……何で、寂しかったんだろうな」


 あの笑顔が、あの声が。無いと物足りない。


「……」


 それを認めてしまうと、何だか負けたような気がして。伊織は、無心で歩を進めるのだった。




「あらあら、初々根くん。いらっしゃい!」

「……お世話になってます」


(ついに来てしまった……)


 程なくして到着した、成沢の家。まるで伊織を待っていたかのように歓迎する成沢の母に尻込みしつつ、伊織は無難な挨拶をする。


 それに笑顔で応えた成沢の母に、はい、と予想外のものを手渡され、伊織は目をこれでもかと見開いた。


「ちょうど姫瑠におかゆを持っていくところだったの。うふふ、お願いね」

「は?」


 伊織が手渡されたおかゆを思わず凝視していると、成沢の母が笑みを深くする。


「貴方のせいじゃないけれど。気にしてるんでしょう? 姫瑠の風邪。だったら、持っていってあげて。きっと喜ぶわ」

「ぐっ……」


 はい、姫瑠の部屋はここ。

 あっという間に退路を塞がれ、伊織はここのところずっと重い気がする足で一歩を踏み出した。




「おかあさん?」

「……」


 ノックして、入室の許可を得て。最初に耳に入ったのは、眠そうな成沢の声。


「……俺だよ、成沢」

「ええええっ!? 初々根くん!? 夢!?」

「!」


 成沢の発言に、伊織は改めて成沢へ向き直る。目の焦点が合っておらず、何だかぼーっとしているようだ。これなら、夢で押し通せるかもしれない。そうなれば、幾分か羞恥心も和らぐというものだ。


「そうだ、夢! これは夢だ!」

「そっかあ、だよねー」


 こんなイベント、現実である訳ないし。そう納得したらしい成沢の様子にほっと胸を撫で下ろし、伊織は成沢がいるベッドの横にあったサイドテーブルへそそくさとおかゆを置いた。


「じゃあ、そういうことで」


 一言告げて、踵を返す。と。成沢が伊織の制服をきゅ、と握る感覚に帰宅が阻まれる。


「ウチの夢なら、ウチの思い通りだよね。ね、初々根くん。あーん、して?」

「は!?」


 そう言われて、伊織は信じられない面持ちで成沢を凝視した。上気した頬に、いつもと違って下ろされた髪。メイクをしていない顔は何だか幼くて。


 寝間着の着こなしも、何だか危うい。そんな成沢が、目を閉じて、口を開けて。ひたすらに伊織の『あーん』を待っている。


「あー」

「…………」


 成沢の何故か目に毒と感じる出で立ちに、伊織はたまらずスプーンを差し出した。









「えへへ。初々根くん、ありがと。」

「ドウイタシマシテ……ハヤク、ナオルトイイナ」


 食べさせはじめて、数分。

 伊織にとって永遠にも思える時間を耐えに耐えてやっとおかゆを空にして、薬を飲ませて。既に燃え尽きそうな伊織がそう絞り出すと、にへへ、と機嫌の良さそうな成沢の顔が近づいた。


「ちゅーしてくれたら、なおるかも」

「……!」


 ちゅう、ちゅう。

 そう言って目を閉じる成沢。いわゆるキス待ち状態の成沢に、もう限界の伊織はやけくそ気味に近づいて。そして。


「……ここは現実用にとっておけよ」


 口へのキスをねだっているだろう成沢のそこへ手で蓋をして。額に、逃げるようにそっと口づけた。

 頬に集まる熱に、うるさい鼓動。それに無理矢理蓋をして。固まる成沢を背に、伊織は部屋を後にする。









「初々根くん。夢の中でも、ずるいよ……」


 そして。呟きを聞いたのは、きっと空になったお皿だけ。




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