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5日目 ガリ勉とギャルと週明け




 朝、天気は雨。

 初々根伊織は、日曜に借りることとなった成沢家の傘と自分の傘を片手に、なんとも言えない気持ちで通学していた。


 もう片方の手には、握られた500円玉。


(金曜は結局弁当の件があやふやになったんだよな)

 

 お弁当を作る作らないの話題の後。伊織にとって恥ずかしい発言をしてしまった動揺から、結局作って貰うかどうか返事をしないままだったのだが。


(あの感じだと……作ってきてくれてる、のか? いやでも、確約したわけでは無いし)


 悩む伊織の左手側には、いつも昼食を買うコンビニが見えている。ここを逃せば、昼休憩に人でごった返す購買へ足を踏み入れる事になるのだが。


(それだけは絶対にごめんだ)




 大体、流され流されここまで来たが、何故こうも成沢に振り回される必要がある? これは交際におけるの悩みの範疇か? 悩みすぎて殆どただの文句になりだした伊織の思考を遮るように、とん、と軽い何かが肩に当たった。


「おはよう! 初々根くん」

「……成沢」


 あれ、どうしたの。元気ないね? そう屈託なく笑う成沢に、八つ当たり半分の視線を向ける。すると、成沢の持つサブバッグに自然と目線が吸われた。今日は、何だかパンパンだ。そう、まるで。


「ふふ、気がついた? お弁当、ふたつ入ってるよ。今日のは自信作! だからほら、スマイルスマイル!」

「!」


 弁当が、ふたつ入っているような。

 そう続くはずだった思考を読まれた形の成沢の言葉に、そして続く呑気な言葉に伊織はまたもムッとする。が。


「……初々根くんの口に、あうといいな」


 その後の恥じらうような、ちょっと不安げな。そんな成沢の様子にすっかり毒気を抜かれてしまった。









 時間は過ぎて、お昼時。


 先週と同じく非常階段の踊り場に腰を下ろした伊織は、普段と180度違った教室での扱いにどっと疲れていた。


 と、言うのも。

 成沢から馴れ初め? を聞いたらしい取り巻きたちが、急に死ぬほどフレンドリーにわいわいと伊織を取り囲んだのである。


「かっこいい」

「やる時はやる奴」

「姫瑠のヒーロー」


 そんな覚えのない言葉でヨイショされ、勝手に見直され。あれよあれよという間に伊織の貴重な勉強タイムは喧騒に塗りつぶされた。


 ……正直、最初の方は困惑しながらも気分がどうだったかと言われれば、何だこいつらと思いつつもまあ悪くなかったのだが。いかんせん時間が長すぎた。




「初々根くん、ごめんね。疲れてる? だいじょぶ?」

「……大丈夫に見えるか?」


 そう伊織を気にかけつつ、せっせと弁当を取り出す成沢。ご丁寧に水筒からお茶まで注がれ、伊織はすっかり世話を焼かれるスタイルに落ち着いた。


「ハンバーグ、あるよ。あ、嫌いなものない? 卵、ウチの好みで甘いんだけど。食べられそう?」


 そう気遣ってあせあせと動く成沢に、ふ、とこれまでげっそりしていた伊織の口元が緩む。


「……成沢。俺のお母さんみたいだぞ」

「お母さん!? ウチ、彼女がいい!!」

「……はははは!」

「もー!」




 つい最近までは考えられなかった学友……いや彼女との軽口。それに妙なくすぐったさを覚えつつ、伊織は成沢を見る。見事な膨れっ面。それが。


(かわいい……。……!?)


 そんな自然に浮かんだ自らの感想が信じられなくて。伊織は誤魔化すように弁当にがっついた。


「初々根くん!? 食べてくれるのは嬉しいけど! 喉詰まっちゃうよ!?」

「……美味い」

「え」

「成沢。弁当、ありがとな。」

「う、……うん」


 ギャルで、陽キャで、自分にとってはあり得なくて。そんな成沢に、まさか自分が。


 いや、でも。

 話してみると常に笑顔で、機嫌がよくて。意外と謙虚というか、凄くこちらを気遣ってくれているというか。それに。


(勉強も料理も、相当努力しないとここまでにはならない)




「成沢」

「何?初々根くん」

「……お前って、結構すごい奴だよな」

「ふぇ!?」

「尊敬するよ」

「う、うう~……」


 思ったことを、伊織はそのまま言葉にする。すると、成沢が面白いくらい真っ赤になった。


「……成沢」 

「ずるいよ、ずるい。そんなの。もっと好きになっちゃうじゃん」


 ほんと、ずるい。そんな成沢の言葉に、『お前こそ』と。伊織はこっそり考える。が。


(言ってやるもんか)


 ……今は、まだ。









「だから! お釣りは貰えないって言ってるだろ!」

「ええー! それじゃウチぼったくりだよ!」


 そんなこんなで帰り道。

 当たり前のように迎えに来た成沢と(何故か取り巻きたちから温かく見守られつつ)帰路に着いていると、ある問題が浮上した。


 弁当代のお釣り問題である。

 手間暇かかってるし材料代の残りは成沢に貰ってほしい伊織と、お弁当ひとつもふたつもそう手間は変わらないし、と受け取らない成沢。


 ふたりの話し合いは暫く平行線を辿っていた。が。


「じゃあ、お釣りの分は俺がお前とデートする! これでどうだ!」

「えっ!? の、乗った!」


 結局解決策になっていないゴリ押しで、伊織が競り勝った。


「……っくしゅ!」


 夏は、まだ少し遠い。




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