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2日目 ガリ勉とギャルと学校生活




 何でも言うことを聞くと言ったら「期間限定で付き合ってくれ」と言われて、手を繋いで何とか帰って。そして迎えた、翌朝。


 初々根伊織は、教室でかつて無いほどの生徒に囲まれていた。


「成沢と手ぇ繋いで帰ってたよな!? どういう事だよガリガネ!!」

「マジ信じらんないんですけど!? あんた姫瑠脅してんの!? 最悪!!」

「付き合ってんのか!? 説明しろ!! ガリガネ!!」


(う、煩い……!)


 始業前の、いつもならお気に入りの参考書を気持ちよく開いている時分。

 急に押し寄せた有象無象の波によって、楽しく静寂に包まれている筈の勉強タイムは正に地獄と化している。


(ただでさえ、昨日のあれで勉強もままならなかったのに……! ああくそっ、もう耐えられない)


 ぎゃあ、ぎゃあ。伊織が参考書で頭を覆って尚止まない喧騒に、堪りかねて叫び出しそうになったその時。


 有象無象を切り裂く一声が、不意に廊下から響き渡った。




「ストーップ!! 初々根くんの邪魔しない!!」

「!?」

「成沢!」







 まさしく、鶴の一声。たった一言でモーゼの如く人混みを割った成沢が、オーディエンスに笑いかけ尚続ける。




「ウチらが付き合ってるのはマジ!! 告ったのはウチから!! 初々根くんに恋した理由は知りたかったら恋バナ代自販機のナクルト1本ね!! はーい、散った散った!! センセー来るよ!!」


 成沢の言葉と共に、本鈴のチャイムが鳴り響いた。


「やべえ!! 森センに怒られる!!」

「席に着けー! こらお前ら、クラスに戻れ!!」

「げっ」


 先生の登場ににわかにざわめいた生徒達の間から、成沢が伊織に笑顔でピースサインを送る。


(何だ、助太刀のつもりか)


 まあ、助かったけど。

 複雑な心中を写した仏頂面は、成沢の笑顔をまたひとつ生んだ。










 時は進んで、お昼時。

 さも当然の如く誘いに来た成沢に連れられて、伊織はしぶしぶ非常階段の踊り場へと腰を下ろす。


 そこへドン、と置かれた大量の乳酸菌飲料を、成沢は伊織の方へ仰々しく寄せた。


「何だこれ」

「ウチらの恋バナの報酬です、ボス」

「どんだけ野次馬がいたんだよ!!」


 それだけ注目されてるって事だよ、ウチら!あっけらかんと続いた言葉に、伊織は激しい目眩を覚える。


「ささ、どーぞイッコン!」

(くそ、人の気も知らないで……!!)




 アホほど注目されているというのに、何て呑気な。注目され慣れてるのか? いやその前に俺も成沢が惚れた理由とやらを知らないんだが。外野が先に知ってどうする。




「あれ、初々根くん今日買い弁?」


 伊織が色々と考え込んでいるうちにナクルトから興味が逸れたらしい成沢が、ちょい、と伊織の持つレジ袋を指して問いかけた。







「今日は、というか今日もだな」


 購買は人の山だから行く気がしないんだ。そう伊織が続けると、成沢は心底驚いたように声を上げる。


「え、もしかして毎日だったりするの!?」


 伊織の口ぶりから察しただろう成沢の言葉に、伊織はああ、と頷いた。


 うちは家族全員料理が出来ないから、毎日お金を貰って買ってる。そう伊織としては当然の如く続けると、うううん、と成沢が唸り出す。


 ややあって、何かを決心したような顔の成沢が伊織の手を取って口を開いた。



「……そのお金、ウチに預けてくれない?」

「は?」


 まさか、後れ馳せながらのカツアゲ? いや、好きな人間からカツアゲはギャルといえど無いか。


 そんな失礼なことを考えた伊織を他所に、成沢は神妙な面持ちで言葉を続ける。


「ウチ、これでも料理は一応できるんだ。そのお金でウチに……初々根くんのお弁当作らせてくれないかな」




 べんとう。そうこぼした伊織は、知らず息を呑んだ。


 何を隠そう、伊織は生まれてこの方手作り弁当なるものにありついた事がないのだ。そんな男子に、女子のそれがどれだけ遠いものであったか。


 それが、急に目の前に選択肢として現れたのである。


 ちらりと、成沢の持っている弁当に視線を動かす。

 いろとりどりで、色んなおかずがあって。


(美味そうだ……)

「何ならさ、今日のもウチが自分で作って来てるし。お試しもかねて味見する? 良かったら、だけど」


 えーと、はい、あーん。

 そんなちょっと間の抜けた声と共に、箸で一口大に切られたハンバーグが近付く。




 ハンバーグが、いや箸さっき使ってただろ、美味そう、いやいきなり他人の弁当は、ハンバーグなんてコンビニのパックのやつが常なのに。


 混乱する伊織の口の、真ん前。そこまで到達したハンバーグの美味しそうな匂いが、伊織の頭を麻痺させた。


「……うまい」

「本当!?」

「……ん」


 手作りって初めてだ。うまい。

 混乱しきって麻痺した頭は常ならあれこれと考えている筈の思考を単純化して、簡単に表へ出すようで。


「今まで食べた中で一番だな」

「……!!」


 たちまち成沢の顔を真っ赤にしてしまった。




 ウチの料理、いちばんって。そんな成沢の言葉に、伊織が我に返るまで、あと。



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