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1日目 ガリ勉とギャルと第一歩




「え……はあ? 付き合うって……その、男女として、交際する……って事で……良い、のか?」

「……うん」


 空き教室の一角で、頬を染めて俯きがちに一言。

 傍から見れば非常に愛らしい告白の後動作で有るのだが、伊織の脳内はそれどころではなかった。


(は、あ? はああ?? 何だこれは、成沢の奴……罰ゲームか何かで言ってるのか? いやでも、勝負に勝ったのにわざわざそんな事をする理由がない!!)




「成沢……パシリとか……金とか? そういうのじゃなくて良いのか?」

「……ウチ、そういうのしたくない」


 混乱からつい口をついて出た伊織の言葉に、成沢が不本意そうに、少し悲しそうに頬を膨らませる。






(……!!)


 成沢のその反応に何故か罪悪感が首をもたげた伊織は、疑問符を浮かべまくった頭のまま、流されるように頷いた。


「わか、った。1ヶ月だぞ」

「〜〜っ」


 ぎこちない動きの伊織から放たれた言葉に、成沢ははち切れんばかりの喜びを隠しもせず飛び上がる。


「やったあああーー!! 初々根くん、1ヶ月間よろしくね!!」

「え?あ、ああ」


 ぜったいに、1ヶ月で振り向かせて見せる。そんな言葉を、伊織は混乱の中聞いた気がした。







「で、早速なんだけど」

「……何だ」


 自分と縁遠い陽キャギャル改め期間限定の『カノジョ』となってしまった成沢の言葉に、所謂『キョドる』動作をしてしまった悔しさを隠しつつ、伊織が敢えてぶっきらぼうに口を開く。


 そんな様子を知ってか知らずか、成沢は遠慮がちに切り出した。


「て、て、手、繋いで帰ってもいいですか……!!」

「は?」


 


 「約束」を使った強制お付き合いの後に飛び出した、伊織が想像するギャルのお付き合いステップからは想像が付かなかった控えめが過ぎる必死なお願い。


 それに伊織が本日何度目かの硬直をキメていると、何を勘違いしたのか成沢がわたわたと慌て出した。




「え、あ、そっか、もうお願い権使っちゃったから無効だよね!? でもその、帰りの方向一緒だし初々根くんの予定の邪魔じゃなければしたいというか彼女ムーブ的なあの、その」

「ふ、は……何だそれ」

「!」

 








 成沢の普段の陽キャ然としたそれとはあまりにかけ離れた振る舞いに、伊織は思わず笑みを零す。

「あ、いや、これは」


 ハッとしたところで、時は既に遅く。赤面したまま凝視してくる成沢の目から逃げるように、伊織は声を絞り出した。


「ああもう、知るか!! ほら……手!!」

「! ……うん!」


 伊織がやけくそ気味に差し出した手を、成沢がきゅ、と控えめに握る。その顔が予想外に可愛らしくて、伊織は知らず息を飲み込んだ。


「……別に教室からじゃなくて良かったんだよ?」

「あっ!?」






 鼓動が、うるさい。今まで異性として意識していなかった筈の成沢の手の細さ、柔らかさに変に感覚が集中して落ち着かない。


「えへへ、ウチらが付き合ってるの……バレちゃうね」

「うるさい、知るか」


 教室から出て、一歩、二歩。

 ざわめく生徒の声が、視線が。熱くなった頬に刺さって、居た堪れなくて。


「……行くぞ!」

「ちょ……っ! 早いってー!」


 そんな感情を振り払うように、伊織は成沢の手を引いてずんずんと廊下を進むのだった。








 梅雨の中休み。

 そう表現されるらしい晴れ間を背に、初々根伊織は帰路へ就く。


 いつもと同じ道、同じ時間。しかしいつもと違うのは、片手にある確かな温度。


「……」

「……」


 今までろくに話したこともない二人の会話が、即日弾むことなどある筈もなく。若干気まずいと伊織が感じている沈黙は、普段下校にかかる時間の半分を過ぎてなおそのままだ。


「…………」


 気まずさを何とかしようという思い半分、どうして自分がそんな気を遣う必要があるんだ、という思い半分で伊織は反らしていた視線を成沢に戻す。


 そこにあったのは、予想外の表情をした成沢の姿だった。




「……何でそんなに幸せそうなんだ、お前」


 そう、てっきり隣で同じく気まずい顔をしているだろうと思っていた成沢の顔は、この上ない幸福を噛み締めているような顔だったのだ。


「えっ、えっ!?」


 伊織の指摘が予想外だったのか、言葉と共に成沢の目が驚いたように瞬く。


「……」


 それを何故か名残惜しく思った伊織を他所に、成沢はわたわたと慌て出した。


「ウ、ウチ変な顔してた!? どうしよ、初々根くんの前なのに!」

「はあ」


 俺は幸せそうって言っただけなんだけどな。そんな伊織の頭の中を知る由もない成沢が、きゅう、としょぼくれる。




「好きなひとには、かわいいウチだけ見せたいのに」

「好……!?」




 好き、好き、好き、好きな、ひと。

 伊織以外がこの状況にあれば即分かっていたであろう成沢の気持ちに、伊織もやっと合点がいった。


(はああああああああああ!?)



 その日、そのあと。伊織はどうやって残りの道を歩いたか覚えていない。ただひとつ、成沢の幸せそうな顔だけが脳裏にこびりついていた。




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