12日目 ガリ勉とギャルと甘いもの
(俺、なんであんなに必死になったんだろうな)
Wデートの後半も、カフェに入ったデートの時も。姫瑠の悲しそうな顔をどうにかしたくて、らしく無い事をした。
物思いに耽りながら、伊織は通学路を進む。
(まあ、考えても仕方ないか。昨日中考えて答えが出なかったんだ、今日考えた所で同じだろう)
そう思い直した伊織の背後から、大きな声がかかった。が。
「おーい! ガリガ……おわっ!?」
「こら!! 空気読め!!」
「藤代さんんんーーーー!?」
近づいていたはずの声は、藤代の登場で遠のいたらしい。そう思いつつドップラー効果のかかりそうな勢いで引き摺られていく小澤を何とも言えない面持ちで見送っていると、後ろからちょい、と袖を引く気配がした。
「姫瑠?」
「いおりくん、おはよう」
そう言って、手の主……姫瑠がはにかむ。それに何か胸の違和感を感じながら、伊織もおはようと返した。
「あ、あのね。昨日伊織くん甘いの好きって昨日言ってたでしょ。マフィン、焼いてきたんだ。後で一緒に食べよ?」
「マフィンか……いいな。ありがとう、姫瑠」
「う、うん」
(昨日、か)
遡って日曜日、カフェで席についてすぐ。
落ち着いた雰囲気の室内に甘い匂いが満ちているそこで、2人はぎこちないながらも会話を始めた。
「……こういう所って初めて来たな」
「ええっ! こ、好みじゃ無かった?」
「いや、1人だと入りづらくて。甘いものは……好きだし」
「!」
伊織がそう言うと、姫瑠の表情がぱっと明るくなる。
「ウチも好きだよ! えへへ、お揃いだね」
「……ああ」
姫瑠の言葉が何だか気恥ずかしくて、伊織はふいと顔を背けた。
「……伊織くん、耳真っ赤」
が、うまく誤魔化せなかった様だ。そこへ、品の良い店員が水とカトラリーを持って来た。
「いらっしゃいませ。ご注文が決まりましたら、ベルでお知らせ下さい」
「はい、ありがとうございます」
店員からの掛け声に、2人はメニューを覗き込む。
「あ、もう夏メニューなんだね。マンゴーかぁ、いいなあ!」
「ココナッツ系もある……南国っぽいな、メニュー」
「だね」
お互い気になったものを言い合いつつ見ていると、丁度メニューの下になっていた机の上の限定メニューのラミネートが目に入った。
「夏満喫パフェ、2名様から……」
「うわ、これ凄いね! ウチら丁度2人だし頼めるよ。伊織くんはどれがいい?」
「お前こそ、決めたのか?」
夏満喫パフェ。とても魅力的ではあるが、大きなパフェひとつを2人で、となると自動的にシェアする事になる。
「ウチは……伊織くんとシェア、したいなあ……駄目?」
「!」
シェア、したい。
意外と無い姫瑠からのお願いに伊織の胸がぎゅっと不思議な感覚を覚えた。上目遣いになっている姫瑠の瞳が、何故だろう。直視できない。
「い、いいぞ。俺も丁度食べてみたかったし」
「やったあ!ありがとう、伊織くん」
「……おう」
こちらこそ。そう素直に言えるならばどれだけ良かったか。伊織の心に何故かそんな思いが込み上げる。
(何だって言うんだ、ここ最近)
その真意を知るには、まだまだ経験不足、なのかも知れない。
「うわあー!! 綺麗!!」
「凄いな……」
少しして、待望のパフェが運ばれて来た。
オレンジと白、黄色のコントラストが夏らしい、なかなか立派なパフェだ。
「オレンジソルベにヨーグルトアイス、マンゴー、ココナッツチップ……他諸々。うーん、夏って感じ!」
「全くだな」
ひとしきりパフェを眺めていると、店員から思いもよらぬ提案をされた。
「皆様、記念によくお写真を撮られていますよ。宜しければ、如何ですか?」
「写真……!!」
店員の言葉に、姫瑠の目が輝く。
「伊織くん! 撮ろう撮ろう!!」
「いいぞ」
伊織が答えてパフェに向けてスマホを構えると、姫瑠はぷくりと頬を膨らませた。
「それもいいけど。こう言う時は……」
こう! 姫瑠の声と共に、姫瑠のスマホがインカメラに切り替えられる。そして、向かい合って座っていた姫瑠が、伊織の隣に移動した。
「伊織くん、ここ見て! ……3、2、1」
「!」
パシャリ。
どうやら上手く自分たちとパフェを写真に収める事が出来たらしい。伊織に礼を述べて、姫瑠は満足そうにスマホの画面を見つめる。
「伊織くんとの、初ツーショット……」
そう言って大切そうにスマホを胸にあてる姫瑠を、伊織は。
(可愛い、な)
無意識に、そう思っていた。
そして、今日。月曜日。
伊織にも送られて来た写真が、姫瑠のスマホのホーム画面を飾っているのを見つけた伊織がそれとなく話題に上げると。
「えへへ、これ見ると元気がもらえるんだ。ウチの、宝物」
そんな事を言うものだから。
伊織の胸の不思議な感覚が、ぐっと増してしまったのだった。




