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11日目 ガリ勉とギャルと逢瀬〜姫瑠の場合〜




「はあ……」


 日曜日の朝、姫瑠の部屋。

 ベッドで上気した頬もそのままに、ゴロゴロと姫瑠は転がっていた。そして、前日の出来事を思い出す。









(初ヶ根くん、今ウチのこと考えてるって。『姫瑠』って)

「下の名前で呼ぶのは……姫瑠、だけだ。これじゃ、お前のモヤモヤ……晴れないか?」


 晴らしたいからって無理に呼ぶわけじゃ無いが。そう続けた伊織の顔に、驚愕の色が浮かぶ。


「な、に泣いてるんだよ。駄目だったか?」

「ううん、駄目じゃない、駄目じゃないよ……!!」


(ウチ、可愛く無いことばっかり言ってるのに。思ってたのに。ウチだけこんなに幸せで、いいのかな?)


 姫瑠のそんな思いが溢れ出た涙に、伊織がおろおろとしながらもハンカチを差し出した。


「駄目じゃ無いなら、よかった。ほら、これ」

「……ありがとう」









(あのあと、仕切り直しってことで今日もデートに誘ってくれたんだよね。ああ、ウチどんな顔して会おう)  


 モヤモヤは伊織のお陰ですっかり晴れてしまった。しかし、モヤモヤしていた事への罪悪感は消え去った訳ではない。


(紗雪、小澤くん、皆。ごめんね)


 姫瑠が何度目か分からない謝罪をしたその時、ブブ、とスマホの通知が鳴った。


「紗雪からだ……」


 姫瑠は、恐る恐るメッセージを開く。


『おはよう、昨日どうだった? うまく行ったかな。心配だよ。姫瑠のいい時に返信ちょうだい』


「紗雪……」


 メッセージの最後に可愛らしいスタンプの添えられたそれ。自分を純粋に心配してくれているだろう藤代に、姫瑠は慌てて返信を打った。


『大丈夫! 心配してくれてありがとう。色々あったけど初ヶ根くんに下の名前で呼んでもらえるようになったよ』


 あまり心配をかけないように。そう思って端的にまとめた文章を送る。と、ものすごい速さで返信が届いた。


『どういう事!? 電話いい!?』


 いいよ、と送ると同時に鳴る着信音。それに出ると、藤代の大きな声が聞こえてきた。


「すごいすごい! 大進展じゃん、姫瑠!!」

「う、うん。全部初ヶ根くんがリードしてくれたんだけどね」

「ガリガネ、やりおる……」


 スマホの向こうで、感心した様子の藤代。姫瑠のモヤモヤについて怒っている様子は微塵もない。が。


「うん。でも……ウチ、あんな可愛くない事考えてたのにウチだけこんなにいい思いしていいのかな」


 姫瑠は、考える。すると、それを打ち消す様に藤代はからからと笑い飛ばした。


「まーだそんな事考えてたんだ。いいのいいの。姫瑠はピュア過ぎ!」


「紗雪……」

「私だって、好きな人が他のこと仲良くしてたら嫌だもん。モヤモヤどころじゃ無いって!」

「そ、そうなの?」

「そそ!だからさ」


 ガリガネとのお付き合い、思いっきり楽しんじゃいなよ。藤代が続けた言葉に、姫瑠は一度深呼吸する。そして。


「……ありがとう、紗雪! そうするね! こういう事は、楽しんでこそだもん」

「そう言うこと!」


 ウジウジせず前を向くと決めて、藤代に笑顔で明るく返すのだった。









「うーん、うーん」


 時間は進んで、午後3時。伊織の勉強タイムを最優先したい、という姫瑠の思いから伊織が普段休憩を挟むティータイムにデートする事になった。のだが。


 姫瑠はある事に頭を悩ませながら待ち合わせ場所へと向かっていた。


(せっかく初ヶ根くんが下の名前で呼んでくれたんだもん。ウチだって伊織くんって呼びたい!)


でも、勇気が出ない。


「い、いお……い、お……」

「姫瑠?」

「ひゃあっ!?」

「う、うううう初ヶ根くん!!」


 噂をすれば、何とやら。絶妙なタイミングで伊織に声をかけられ、姫瑠は飛び上がる。


「悪い。待ったか?」

「う、ううん!! だいじょぶ!! 行こっか、い、い……初ヶ根くん!!」

「お、おう」




 そうこうして入った、図書館近くのカフェ。そこにある表記に、姫瑠は心臓が大きく跳ねた。


『本日、カップル割引デー!入店の際にお声がけ下さい』


(どうしよう、初ヶ根くんとは仮のお付き合いだし……)


 そう姫瑠が悩んでいる間に、伊織がカフェのスタッフへと話しかける。


「2名、カップル割引でお願いします」

「!!」


 凄く、うれしい。姫瑠は素直に喜ぶ。が。伊織が言った次の瞬間、周りの空気が少し変わった事に気がついた。

 

 好奇の視線が、ちらほらこちらに向いている。まるで、『ギャルが無理矢理連れてきたんだろう?』とでも言いたげな、視線。


(ウチらって、カップルに見えないんだ……)


 姫瑠は、ぎゅっと手を握る。

 元々無理を言って付き合って貰っているのだ。周りの目の方が正しいのかも知れない。姫瑠が思った、その時だった。


 伊織が、そっと姫瑠の手を開かせて握り締めた。そう。これはいわゆる。


(こ、恋人繋ぎ……!!)


 堂々と手を繋いだ伊織は、姫瑠にニヤリと笑んだ。


「行こうか、姫瑠」

「い、おり、くん」

 

 やっと呼べた名前は、小さくか細い。しかし。名前を呼ぶ姫瑠の真っ赤になった顔と堂々とした伊織の態度は最初とは異なる印象を周りに与えた様で。


 何だか暖かく見守られている気がしながら、姫瑠はふわふわと席についた。



 

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