0日目 ガリ勉とギャルと告白
ザワザワとする校内に、うそだ、という言葉が落ちる。
『新学期学力考査
一位 成沢姫瑠
二位 初々根伊織』
呟いたのは、眼鏡を掛けた目つきの悪い黒髪の男子生徒、初々根伊織。彼の取り柄は勉強で、生き甲斐もまた勉強だった。
おかげで伊織のテストの順位はいつも一位。それが当然で、日常。
それが、それがだ。よりにもよって。
「あんなギャルに勉強で負けるだなんて、絶対嘘だ……!!」
校内で一番有名な、陽キャに人気の美人ギャル。成沢姫瑠に順位を抜かされたのである。あの勉強に興味なさそうで、見た目ばっか気にしてそうな彼女に!伊織にとって正に、それは青天の霹靂だった。
「ああ誰か、夢だと言ってくれーー!!」
「凄いじゃん姫瑠!ガリガネ抜かして1位だよ!?」
「姫瑠ってベンキョー出来んの? えー次はヤマ教えて!この通り!」
叫びから、数瞬。伊織の背後から、成沢を取り巻いているだろう女子たちのきゃあきゃあと言う声が響く。
成沢姫瑠。
ブロンドに染めた低めのツインテール。その内側をピンクに染め分け、メイクとネイルにピアス、極めつけは赤のカラコンを学校にしてくる伊織から見て論外の生徒。
(くそ、こっちの気も知らないで)
見なくても思い出される彼女の目を引く容姿にげんなりしつつ、伊織はひとりごちた。
そして思う。どうせ成沢はこちらをバカにしつつ自慢気にするのだろうと。ギャルとガリ勉は、お互いに相容れない生物なのだから。
しかし、伊織の耳に次に届いたのは、成沢の意外な一言だった。
「いやいやいや! まぐれだって! 何ならずっと上位キープしてる初々根く……んの方が億倍すごいし!?」
(……は?)
(俺の方が……凄い?)
まさか、俺に気を遣って? 伊織の頭に疑問符が浮かぶ間にも、成沢の取り巻きが騒ぐ。
「え、え。まさかのガリガネ擁護?」
「姫瑠やっさしー!」
「いや、違くて……!!」
あいつベンキョー以外取り得ないもんね。きゃはは、はは。笑い声と共に放り出され続ける言葉。
それを聞いた伊織が感じたのは。
(何だ、ストレートに言わないと思ったら遠回しに貶すって魂胆かよ!! どこまでも人を馬鹿にして……!)
この上ない、屈辱だった。
「あんだけベンキョーに全て賭けてますって顔して二位とかチョー笑える」
「お高く止まってるもんねーガリガネ」
「ちょっと、あんた達……!!」
屈辱。苛立ち。拳をぶるぶると震わす伊織の感じるそれらが未だ続くギャル達の騒音で臨界点に達する。そして、怒りが感情の器の限界を優に超えた伊織の口から、大きな声が放たれた。
「成沢姫瑠!!」
「えっ!?」
「勝負だ!! 次の定期考査、絶対お前に勝ってみせる!!」
「ええ、ウチ!?」
高らかな、宣言。
伊織の咆哮に、しいん、と辺りが静まり返る。
「いや、無理無理無理!!」
「無理じゃない!!」
成沢の反応に、即座に伊織が切り返した。
「今回のテスト、まぐれじゃ点は取れないぞ。次だ。次でお前と決着を着ける」
「いや、あの」
「……お前が勝ったら何でもひとつ言う事を聞く!! それでどうだ!!」
「!」
何でも、ひとつ。その言葉に、演技なのか何なのかわたわたと慌てた様子だった成沢がさっと表情を変える。
「何でも……? 本当に?」
「あ、ああ」
「じゃあ、やる!!」
急な成沢の変化に、今度は伊織が若干たじろいだ。が、伊織にもこと勉強に関してはプライドがある。
(ここで、引く訳には行かない!)
「約束だ。……決着は早い方が良い。次の定期考査、張り出し前に成績をいち早く見せあうぞ」
「分かった。……約束ね!」
そして、二ヶ月後の定期考査。その結果は。
「嘘だろ……!」
「やったあ! お願い権ゲットー!」
伊織にとって予想外、まさかの二連敗を喫したのであった。
伊織は力を出し切った。出来得る限りの対策を講じ、主要五教科と副教科の勉強時間配分も完璧に出来た筈だった。それで、負けたのだ。
(これはもう、成沢を認めるしかない)
伊織が力を出し切って届かなかった領域に、成沢は恐らく並々ならぬ努力で達したのだろう。
そして、何より。
「……約束は約束だ。さあ、もう何でも来い」
「!」
自分から仕掛けた勝負を、投げ出すことなど伊織のプライドが到底許さない。
そこで掛けた、何でも来いの言葉だった。のだが。
「じゃ、じゃあ……あの……」
「何だ、早く言え」
(パシリだろうと金だろうとさっさと言えばいいものを……金は、少し困るが)
途端にまごついた成沢に、伊織が若干苛立った、その時。
覚悟を決めたような面持ちの鳴沢から、予想外の爆弾発言が飛び出した。
「ウチと……付き合ってください! お試し!1ヶ月でいいから! 」
「ああ、分かった。…………はああ!? 」