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第8話 小遣い

 ある日の夕食後。

 ウィルはテオの前にコインを置いた。

「手伝い頑張ったな。小遣いだ。好きに使え」

 テオがこの家に来て初めての小遣いだ。


「いいの?」

「もちろんだ。お前が働いた分の対価だ。あまり多くはやれないがな」

「ありがとう」

 テオはうれしそうにコインを手に取った。


「カネは使うためにある。稼ぐときと同じくらい必死に使え。その代わり、使ったらなくなる。使わなかったら貯まる。つまり、考えなしに使えばすぐになくなってしまう。何にいくら使うべきか、どれだけ残すのか。自分で考えて賢く使え」

 こんなことを言わなくても、父親が残したお金を使わずにとっているくらいなので、ヘタなことに使い切ってしまうことはないだろう。


 しかし、うれしそうなテオの顔が一転し、浮かない顔になった。

「どうした? 金額が不満だったか?」

「ううん、そうじゃなくて……。たまに、父さんや母さんの夢を見るんだ。どうしたら見なくなるのかな」


「見たくないのか?」

「起きたとき、悲しくなる」

「夢を見ること自体に良いも悪いもない。しょせん夢は夢だ……」

 自分も昔の恋人の夢を見ることがいまだにある。なんてこんなことはテオには言えるはずもない。ウィルは口ごもった。


「悲しいときはどうしたらいいの?」

「生きていれば、うれしいことも悲しいこともあるのは当然だ。うれしいときは素直に喜び、悲しいときは素直に悲しめばいい。ただし、悲しんでばかりではいけない。とりあえず、今やらなければならないことをやる。でないと生きていけない」


 ウィルは自分に言い聞かせるように言った。こんな受け答えでは、テオの不安からくる疑問が消えないことぐらいわかっている。


「どうして僕は生まれてきたんだろう。なんで生きてるんだろう」

 テオが町でいじめられているのではないか、とウィルは薄々感づいている。買い物に行って服が汚れていることがあるのは、そのせいではないかと。

 テオが自分から言ってくるまでは、ウィルからその話題には触れないようにしている。


「そんなバカバカしいことなど考えるのはやめろ」

「どうしてバカバカしいことなの?」


「バカバカしいと思わないのなら、とことん悩み苦しめ。苦しいと思うなら、何がどう苦しいのか理解して苦しめばいい」

「ただ苦しいだけじゃん」


「苦しみの正体がわかったら、その苦しみから逃げるのか、立ち向かうのか決めろ。あとはその決断に従って生きていけばいい」

「決めても苦しいだけなんじゃないの?」


「そうだ。でも、逃げると決めて苦しいのなら自分のせい。立ち向かうと決めて苦しいのなら自分のせい。自分で決めたのなら、自分の責任だ」

「ウィルは逃げたの? 立ち向かったの?」


「俺は……。このザマだ。左腕をなくして、こんな所で暮らしている。俺みたいな負け犬になりたくなかったら強くなれ。そして苦しみに立ち向かえ」

「ウィルは負け犬なんかじゃ――」


「俺から言えることは……」ウィルはテオの言葉を遮った。「お前のことをとやかく言うヤツらなんてしょせん大した連中じゃない。お前が思っているほど強くもなければ、賢くもない。恐れなくてもお前なら勝てる」

「でも、僕はケンカも弱いし、剣も魔法も使えない」


「勝つのは武力だけじゃない。自分の心の中だけでもいいんだ」

 ウィルは町の人やギルドの連中からの白い目を思い出した。仮に、彼らに剣で勝ってもうれしくなどない。力で人を従えても、信頼されなければ後ろから刺されるだけだ。


「心の中だけで勝って幸せになれる? 幸せってなんだろう? 僕は幸せになっていいのかな?」

「幸せのかたちは人それぞれだから、何が幸せかはわからん。とにかく、幸せになれる下地をつくるしかない。今は五年後のための下地をつくる。五年後は、さらに五年後のための下地をつくる。それしかない」


「ウィルは今、幸せなの?」

「俺は……今が幸せかどうかなんて考えるのはやめた」


 ウィルは自分で言ったことが、すべて虚しく感じられた。結局、自分は逃げているだけだ。人に立派なことを言えるような人生ではない。

 自分には普通の大人のように助言を与え、希望ある将来へ導くことなどできない。ウィルはそんな自分を無能で情けない人間だと思った。

 そのせいでテオは将来に希望がもてず、今の生活に漠然とした不安を抱いているのかもしれない。

 テオをいつまでもここに置いていたら、自分のようになってしまうだろう。テオのためにならない。

 今から自立できるようにいろんなことを教えてやり、自分の意志でこの丘から出ていけるようにしなければいけない。

 自分が教えられることは何かないか。ウィルには考えていたことがあった。


「冒険者になるつもりはないか?」

「冒険者?」


「強くなりたいんだろ? 俺でよければ、冒険者になるための最低限の剣の手ほどきならしてやれる」

「今から冒険者を目指すなんて、もう遅いんじゃないの?」

 英才教育を受けている子は、テオぐらいの年齢になっていれば剣や魔法が使えるようになっている。


「他人にとってはもう遅いかもしれないが、それは他人が決めたタイミングだ。自分にとってのベストタイミングは、自分が()()()と思ったときだ。いつだって遅すぎることはない。諦めたらその時点で負けになる。何もしないで諦めるなら、無理強いはしない」

「教えてほしい。強くなりたい」

 テオの目はまっすぐで真剣だ。


「そうとなったら決まりだ。幸せになる下地作りだ」

 ウィルは握った右手をテオの前に出す。テオも握った右手を前に出して、ウィルの拳に合わせた。


「隻腕で腰抜けの剣士なんか軽々と追い越せ」

「ウィルは腰抜けなんかじゃない」

 テオは首を横に振りながら言った。


「そうと決まれば、早速だが明日、冒険者ギルドへ行くぞ」

「いきなり冒険者になれるの?」


「いや、冒険者になれるのは十五歳になって、試験に合格してからだ」

「じゃあ何しに行くの?」


「ギルド長に会って、剣の訓練に必要な木の剣とかいろいろ貸してもらいに行く。俺だけが行っても意味がない。自分で頼むんだ」

「わかった。バディも連れて行っていい?」


「言うことを聞いて、おとなしくしているなら問題ない」

 猟犬や猛禽類を仕事に同行させている冒険者もいる。飼い主の言うことを聞かないとか、大型の動物でない限りは、ギルドに連れてきても問題はない。


「バディはおりこうさんだから大丈夫だよ。ね、バディ!」

 テオはくつろいでいるバディのもとへ行き、バディを抱き上げて言った。バディは答えるようにテオの顔をなめた。


「あと、冒険者ギルドへ行く前に言っておかなければいけないことがある」

 ウィルは真剣な顔をしてテオに言った。

「なに?」

 テオも神妙な表情になる。


「ギルドで他のヤツらから何を言われても相手にするな。小鳥のさえずりより意味がないただの雑音だと思え。わかったな」

「うん」

 明日のため、その夜は早くに就寝した。

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