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第7話 ロアとテオ1


 買い物帰りのロアは、ギルドから出てくるウィルを見かけた。以前、声をかけたときより表情がやわらかいように見えた。


 あれ以来、薬草採取の仕事をしてくれないかと心配になったが、ちゃんと引き続き受けてくれたとわかったときはほっとした。

 しかも、これまでと同じクオリティだったので、根は悪くない人だとロアは思った。ちゃんと話し合えばわかる人だと。


 少年もたまに町で買い物をしているところを見かけることがあった。おそらく血はつながっていないであろう二人の生活は問題なく送れているのか、少し気になっていた。

 何か困っていることがあったら手伝いできたらと思っていた。


 遠くから見ているだけだが、少年には何か引きつけられるものをロアは感じていた。

 小動物のように無条件で守ってあげたいのとは違う。どことなく自分と同じものを感じた。


 似ているけれども自分にはないものを持っている。自分には欠けてしまっているものを補ってくれるような、そんな気がしてならかった。

 そして、それはウィルに対しても感じていたことだ。


 ロアはウィルに話しかけようと思ったが、また怒らせてしまうかもしれないという考えが頭をよぎり足がすくんだ。

 しかし、このまま声をかけないでいると、永遠にどこか遠くへ行ってしまいそうな気がした。

 ロアは意を決して小走りでウィルに駆け寄ると、明るく声をかけた。


「こんにちは。お久しぶりです」

「ああ」

 相変わらず素っ気ない対応だ。


「お元気ですか?」

「元気じゃなかったら、こんなところにはいない」

 いちいち皮肉を言わないといけない性格なのだろうかとロアは思ったが、気にせず自分のペースで話す。


「薬草採取の依頼を受けてくれてありがとう。すっごく助かってる」

「用はそれだけか? 俺は忙しいんだ」


「あと、あの子……名前わかんないけど、元気? もし熱が出たりケガしたりとかしたら、遠慮なく言ってね。おクスリ少しだけだったらタダでわけてあげるから」

「問題ない。余計なお世話だ」


「もし迷惑じゃなかったら、お礼も兼ねて、なにかお手伝いできないかなって思ってるんだけど」

「いらん。他人の施しなど受けん。俺たちは物乞いじゃない」


「なんでそんなこと言うの?」

「お前がやろうとしていることはただの自己満足だ。自分よりも劣った者から優越感や自尊心を得るためにすぎない」


「そんなつもりは――」

「だったら、いちいち俺を見つけ出して困っている人だと決めつけ、俺の承諾もなしに勝手に手助けしようとするんじゃない」


「勝手にやろうとなんて思ってないけど」

「じゃあ、俺がいつお前に助けてくれと頼んだ?」


「それは……でも、何もないよりかは、少しでも助かるかなって」

「それが勝手にな決めつけで、余計なお世話だというんだ」


「なによ、良かれと思っただけなのに。なにかお手伝いしてあげられないかなって」

「上から目線でやってあげるなどと言われる筋合いはない」


「上から目線で悪かったわね! わかったわ、勝手に生きてくたばればいいのよ! 知らない!」

「ああ、言われなくても勝手に生きるさ」


 ウィルはギルドから出てきたときとは打って変わって、機嫌が悪そうに去っていった。


 またやってしまった。ロアは自己嫌悪に陥る。

 どうしていつも相手の売り言葉に対して、買い言葉で返してしまうのだろう。


 ウィルの言い方も悪いと思ったが、ウィルの言うとおり、昔から周りのことを考えず勝手に決めつけてしまうことがある。それで何度も失敗してきている。

 もし気にしていることを言ってしまっていたのなら、ぶしつけに受け取られてもおかしくない。若い頃、意図せず相手を激昂させてしまったことも何度かあった。


 どうして自分はいつもこうなんだろう。恥ずかしくて、情けなくて、消えてしまいたいとロアは自分を責めた。

 ロアはうつむきながら早足で家に帰った。いつもは気持ちよく感じる若葉のにおいがする風なのに、息が詰まるように感じられた。



 数日後。道具屋への納品から帰る途中、エルフっぽい少年が麻のトートバッグを肩にさげ、町を歩いているところを見かけた。少年の足元には子イヌがついてきている。


 ウィルと暮らしていると思われる少年だ。最近、買い物のためか一人で町に来ているのを見かける。ロアは興味が半分、心配が半分、こっそり後をつけてみようと思った。

 少年のバッグは膨らんでいるのでもう買い物を終えたのかもしれない。町を出るまでならそれとなくつけて行っても怪しまれないだろう。


 ロアは少年に気づかれないよう離れて少年の後ろを歩く。少年が十字路を曲がった。町の入口の方向だ。その道なら大通りだがあまり人通りも多くないので、見失うこともないだろう。ロアは焦らず一定のスピードを保って角を曲がった。

 しかし、曲がった先には少年がいない。見失ってしまったようだ。


 買い物だと大通りにしか用事はないはずだ。焦ったロアは走りながら大通りとつながる路地裏を一本一本確認していく。


 とある路地裏の近くまでくると騒がしい声が聞こえた。子どもが大勢いるようだ。ロアは建物の影からそっとのぞいてみた。


 そこでロアが見たものは、地面に座り込む少年を町のガキ大将連中が五人がかりで取り囲み、殴ったり蹴ったりしているところだった。

 ロアは考えるよりも先に動いていた。叫びながら駆け寄った。


「コラーッ! きみたちーっ! 大人数でよってたかっていじめるなんて卑怯だぞー! 正々堂々、一対一で勝負しないかー!」

「ヤベェ変なのか来た。逃げろ!」

「うるせーババア!」

 少年をいじめていた連中は、悪態をつきながら逃げていった。


「ババアじゃなーい! キレイなおねーさんと言いなさーい! まったくもう」


 いじめっ子たちが見えなくなると、ロアはカバンを抱えて座り込んでいる少年の方へ振り返り、警戒されないようやさしく声をかけた。

「大丈夫? 何か取られてない?」

「は、はい。大丈夫です」

 少年は立ち上がり、服についた土ぼこりを払いながら言った。

 子イヌが恐る恐る物陰からでてきて、少年のそばに寄り添う。


 カバンの中身は無事のようだ。しかし少年のおでこには傷がある。ズボンの左膝やシャツの右肘のあたりに血のようなものがついている。


「ケガしてるじゃない。手当てしてあげるからウチにおいで」

「いや……でも……。ウィルにあんまり町の人と関わるなって言われてるし」


 ウィルが良くない異名で呼ばれているのをロアは思い出した。

 そのせいもあり、あまり町の人たちと関わらないようにしていることはロアにも容易に想像がついた。自分もウィルと同じ立場だったら、同じことを言うかもしれない。

 しかし、どうしてもお節介を焼きたくなってしまう。


「あたしはロア。この町で薬草を作ってるの。遠慮しなくていいのよ。これからこの町で暮らしていくんでしょ。少しは町の人とも交流して、町のことをわかっていかないと」

「だけど……」

 少年はモジモジしている。


「大丈夫。取って食いやしないわよ。わざわざいじめられてるところを助けたのに、もっといじめるわけないじゃない」

「そ、そうですね」


 ロアは半ば押し切るかたちで少年を部屋へ連れて来ることになった。


 町の端にある木造長屋が並ぶ一角まで来た。ロアが住んでいるのはそのうちのひと部屋だ。

 生活があまり裕福ではない人たち向けの安い賃貸の小さな部屋だ。居間・ダイニング・キッチンが一緒になった部屋がひとつ、その奥に寝室がある。


 部屋に入ると、ロアは警戒を少しでも解いてもらおうと思い、薬を準備しながら自己紹介をする。

「あたしは魔法を使って薬草を調合して薬を作ってるの。できた薬は道具屋さんに置かせてもらって、売れた分から手数料を引いた分があたしの売り上げになるってかんじ。一般向けの解熱剤、鎮痛剤でしょ。それに、冒険者向けの傷薬や気つけ薬」


 さまざまな薬草、鉢、天秤ばかりなどが所狭しと置かれている狭い部屋を、テオは不思議なものを見るかのようにキョロキョロと見回している。子イヌも少年と同じように興味津々でいろんなところを嗅ぎ回っている。ロアは少年と子イヌがなんだかきょうだいのように思えた。


「ほんとは自分で売ったほうが儲かるんだろうけど、お店を持ってないし。道端で売るにしても、商人ギルドに所属して場所代とか権利金とか払わないといけないし。それに、お店を持ったら店頭に立ってる間は薬草を作れなくなっちゃうのも困るし。まあ、こんな長屋暮らしで貧乏な生活してるから、お店なんて夢のまた夢だけどね。あ、適当なところに座って」


 少年は雑然とした部屋をキョロキョロと見回している。

 ロアはスツールの上に乗っている薬草が入ったカゴをどけ、笑顔で合図する。少年がスツールに座ると、子イヌもそばに座った。

 ロアは少年の前にかがんで目線の高さを合わせる。


「名前を聞いてもいい?」

「テオ。この子はバディっていうんだよ」

 テオは少し戸惑いながらも答えた。


「テオとバディね。よろしくね」

 ロアはテオに向けて右手を出し握手する。次に、バディの頭をなでた。


 挨拶を済ませたロアは、テオの傷の手当を始めた。

 おでこはそれほどひどい傷ではないので、簡単な消毒だけにした。次にズボンの左の裾をめくると、ヒザはもうかさぶたになっていた。どうやら以前にできた傷のようだ。

 次はシャツの袖をめくる。肘は今回できた傷のようでまだ少し血が出ている。消毒し、念のため薬草で作った化膿止めの軟膏を塗る。


「ほかにケガしてるところはない?」

「ううん。大丈夫」

 テオは首を横に振って言った。


 このくらいの年齢の子は、ケガをしていても言わないことがある。

 ロアはほかにもケガしたところがないか心配になり、テオの背中側にまわるとシャツを一気にまくり上げた。黒い翼のような形をしたアザが見えた。

 慌ててシャツを戻すテオ。


「僕は呪われているんだ。母さんが病気になったのも、父さんが殺されたのも全部、僕が呪われているせいなんだ」

 テオはうつむいてつぶやいた。


 悪魔裁判がなくなってから五十年も経つというのに、いまだに体のアザは呪いの印だとか、悪魔の契約の印だと言って、いじめや差別があるというウワサは知っている。

 しかし、町のガキ大将たちが、わざわざシャツ脱がせてアザをみつけていじめたりするのか、ロアは少し疑問に思った。


「大丈夫。あなたは呪われてなんかいないわ。ただのアザよ」

 テオはうつむいて何も言わない。

「いろいろ苦労してきたのね。もしよかったら、テオのお話、聞かせてくれない?」

「……」


 テオはうつむいて黙っている。

「お父さんやお母さんのこと聞かせてくれる?」

「その話はしたくない。泣きたくなるから。悲しくなるだけだから」

「ここなら泣いてもいいのよ。あたしでよければ少しだけ力になってあげる。話を聞くことしかできないかもしれないけど」


 テオは戸惑っていたが、ロアの笑顔を見るとゆっくり思い出すように話し始めた。

「母さんは人間で、父さんはエルフ。母さんは僕が七歳のときに病気で死んじゃった。家のベッドで寝たきりだった母さんしか覚えてない」


 ロアはテオがハーフエルフとわかり、町でいじめられていた理由を理解した。

 いまだハーフエルフに対して差別意識の残る小さな町で、さらに、隻腕の疫病神と呼ばれ忌み嫌われる人と暮らしているとなれば、否が応でもいじめの対象になってしまう。


「だんだん母さんの顔が思い出せなくなってきた。でも、とっても優しかったのは何となく覚えてる」

 テオは遠い目をして言った。そして、うつむくと話を続ける、

「父さんの仕事がなくなったから、他の町へ行くことになったんだ。そしたら森で盗賊に襲われて、父さんが……。荷物も全部取られた。そしたら次にモンスターも来て。もうダメだと思ったらウィルが助けてくれた」


「ウィルは命の恩人なのね」

 テオはうなずいた。ロアは続けて聞く。


「それで一緒に暮らしてるのね」

「ウィルが孤児院に連れて行ってくれたけど、逃げてきた」


 いつ孤児院に行ったのだろうか。ウィルが珍しく朝市に来たあとだろうか。もしそうだとしたら失礼なことをしたのではないか、とロアは不安になった。


「孤児院では、お友達ができなかったの?」

「みんな僕をいじめる。見た目が違うから。ハーフエルフだから」

「そうだったの」


「孤児院にいるときは、絶対に泣きたくなかった。ウィルと強く生きるって約束したから」

「孤児院の大人は誰も助けてくれなかったの?」


「見えないところでいじめられた。大人の前ではみんなとってもいい子なんだ。僕は協調性のない悪い子だって言われた。ハーフエルフでも人間と仲良くしろって。何度も懺悔室で懺悔させられた。それにアザもみつかって、呪われてるって言われて、毎日いろんな儀式を受けさせられた。それでも消えないから神の生け贄にするって」


 テオの口から生け贄という言葉を聞いたロアは、いまだに子ども相手にそんなことを言う聖職者がいるなんて身の毛もよだつ思いがした。


「ウィルが最初に会ったとき、強く生きられないなら殺してくれるって言ったから、孤児院から逃げてきた。孤児院で死ぬくらいならウィルに殺してほしいって思った」

「ウィルはなんて言ったの?」


「ここで死にものぐるいで働けって。あと、強くなれって」

 彼なりの励ましであり、生きろというメッセージなのだとロアは感じ取った。


「今はウィルのところでなんとかやってる。それでもやっぱり、ふとしたきっかけで死にたいって思っちゃう。ぜんぜん強くなれない」

「強くなるのって難しいよね」


 テオはバディを抱き上げて膝の上に乗せ、バディの背中をなでる。

「バディが一緒だから大丈夫」

「お友だちがいるのは心強いわね」

「ウィルもやさしいし。ちょっと厳しいときもあるけど」

 テオの顔は最初に来たときより、緊張感はなくなり、少しだが笑みも見せた。


「つらいことなのに、話してくれてありがとう。テオがお話してくれたから、わたしもちょっとだけお話していいかな」

 テオがうなずくのを確認するとロアは話を始めた。


「あたしがこの町に来たのは。以前いた町で、ちょっと人間関係が良くなかったから。いろんなことで悩んで、何度も死にたい、消えてしまいたいと思った。逃げるように町を出たの。そして、誰もあたしのことを知らないこの町にたどり着いた。いじめられる側の気持ちは、少しだけわかってあげられるかな」


「ずっと一人なんですか?」

 テオが素直な目をして質問してきた。


「女性にそういうことを聞くのは失礼じゃなくて?」

「ご、ごめんなさい。そういう意味じゃなくて」

「わかってるわよ。テオがもう少し大きくなったら話してあげる」

 ロアはからかうように言った。


「あっ、いま何時かな? あまり遅くなるとウィルが心配する」

 テオはあたりを見回した。窓の外は日が傾き始めている。

「早く帰らなくちゃね」


 ロアはテオとバディを町の入口まで送った。

「いつでも遊びにきて。話し相手にだったらなってあげるから。っていうか、話し相手がほしいのはあたしの方かもね」

「うん。ありがとう。また来るね」

 テオとバディは町を出て丘へと歩いていった。


 ロアはこの町に来て、誰にも過去を話さずにいた。誰にも言えなかった。テオに会って初めて言えた。

 テオだから言えたのか。それとも、誰でもいいから話したくて、テオが聞きたくもないのに自分勝手に無理やり話してしまったのだろうか。

 ウィルの言うとおり、自己満足や自尊心のためにやっているにすぎないのだろうか。

 涼しさと暖かさが混ざった夕方の空気は、ロアのもやもやした気持ちを表しているようだった。


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