表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/30

第28話 宿敵

 無事でいてくれ。いやきっと無事だ。どうせ何事もなく合流し、心配しすぎだとロアにからかわれるだけだ。

 そう思いながら、いや、願いながらウィルは山を駆けのぼる。


 ゴロゴロという雷のような音が聞こえた。空からではない。バディが吠えるような音も聞こえてきた。ウィルはためらうことなく道をはずれ最短距離で音のする方へ向かう。


 茂みを抜けると開けた場所に出た。雨の匂いに混じって花の甘い香りがする。


 バディが吠えている。その横で倒れていたテオが起き上がり剣を構えた。


 剣の先には大きなモンスターがいる。モンスターの長い尻尾が振り下ろされると、その先にいたロアが弾き飛ばされ岩壁に背中を打ちつけて倒れた。


 ウィルの頭にあの時の光景がフラッシュバックした。


 十五年前、アンナが死んだ場所。同じように雨が降り、辺り一面に花が咲き、雨と花のにおいがしていた。

 あの花だ。あの花はこんなふうに下を向いて咲くのだった。そして目の前にカタキのモンスターがいる。あの憎っくきランブルだ。

 間違いない。左目にある傷は、ウィルが左腕を食われたとき、お返しに剣を刺してやった傷だ。


「ここでまたお前に会うとは……」

 ウィルは怒りを抑え低く言った。

「俺はすっかりおっさんになっちまったよ。お前も老いぼれたんじゃないのか?」

 そう言いながら剣を引き抜く。


 ランブルもウィルを覚えているようだ。怒り狂いウィルをロックオンする。

「相変わらずバカみたいに威勢だけはいいな。人間の言葉もわからない低能小型種だから当たり前か」

 ウィルはランブルを見下すように言い捨てた。


 ランブルは威嚇するように低くゴロゴロと喉を鳴らした。ウィルはまるで「ほざけ。お前たち人間こそ我らの言葉もわからない、低俗で貧弱な種族のくせに。神聖な縄張りに入るとは身の程をわきまえろ」と言い返されたような気がした。


 ウィルは自問自答する。ドラゴンの言葉がわかるようになったのか。それとも気が狂っているのか。呪われているのか。ドラゴンに呪われているから、これまでこんな人生を歩まざるを得なかったというわけか。

 そんなわけがない。自分で選んだ人生だとわかっているが、今のウィルにはランブルの呪いのほうがしっくりきた。そして、今日ここで決着をつけなければならないと覚悟した。


「低能ドラゴンと相思相愛ってわけか、うれしいね。せっかく愛し合えたところで残念だが、お前には死んでもらう。失った左手と、あいつのカタキのためにな!」

 ウィルは自分を鼓舞するように言って剣を突き出した。


 ランブルも荒ぶり凄まじい勢いで吠えた。「お前を殺して失った左目の恨みを晴らしてやる」と。


 ウィルは剣を構え呼吸を整える。冷静さを取り戻すと、怒りで隠れていた不安と恐怖が去来した。

 ヤツを倒せるのか? 自分一人で。しかも左手を失い、体力的に冒険者としてのピークを過ぎたこの自分に。決着をつけるとは自分が死ぬことを意味しているのではないか。


 どっしりと構えるランブルから出る圧倒的な威圧感と、自分の意気地のなさにいら立ち、ウィルはうかつに近づけない。


 そんなウィルの様子を感じとったのか、ランブルが体を大きくのけぞらせると右目と背びれが怪しく光った。次の瞬間、強烈なブレスが口から放出された。

 雷を帯びた白く光るブレスが空気を引き裂くように襲いくる。


 ウィルはとっさに横っ飛びでよけた。ドラゴンがブレスを吐くことは文献では知っていたが、まさか自分に向かって放たれる日が来るとは思ってもいなかった。しかし、予備動作が大きいので十分な距離があればそれほど脅威ではないとすぐに判断した。

 ブレスの余波の雷が降る雨を伝わり、ウィルのところまでビリビリとしびれを感じさせた。

 ウィルはおじけづくどころか怒りと集中力が高まり、恐怖が消えていくのを感じた。


 ブレスを吐いたランブルに隙が生まれた。

 ウィルは声を上げランブルに向かって走る。剣の間合いに入るすんでのところで止まってバックステップした。

 ウィルの目の前をランブルの尻尾が勢いよく横切る。


「同じ手を食うほどバカじゃねぇんだよ!」

 ウィルはランブルの尻尾の先端を斬り落とし、さらに正面へ駆け込み斬りかかった。



 気がつくと、バディがロアの前に立ち、低く唸ってランブルを威嚇している。

 体を起こすと、ウィルがランブルと戦っているのが見えた。

 テオは助太刀に入ろうとしているが、なかなか動き出せずにいる。ランブルだけでなく、ウィルの気迫にも気圧されているようにさえ見えた。


 ウィルと経験の浅いテオだけでは、ランブルに勝てないかもしれない。増援を頼むにも山を降りている時間などない。

 ロアは魔法で援護しなければと思うが、仲間に魔法を当ててしまった過去がフラッシュバックし尻込みした。


 ランブルの攻撃をくらったせいでまだ頭がふらつく。体のあちこちも痛む。悩んでいる場合ではないのに勇気が出ない。手が震える。

 二人がランブルに殺されてしまうかもしれない。


 ロアの胸にいろんな感情が渦巻く。ためらい、恐怖、不安、いら立ち、失望。


 モンスターに対する恐怖よりも、ウィルとテオがいなくなってしまうことの方が怖かった。

 そして、いつまでたっても変わることができない自分に対してのいら立ちと失望。

 他人に甘えて自分では何も決断できない。立ち向かう勇気もない。


「どうしよう。どうしよう」

 出てくる言葉はそればかり。ロアは動けずにいた。



 ウィルは焦り始めていた。攻撃が前足の爪でことごとくかわされる。しだいに冷静さを失い怒りに任せて攻撃をする。


「尻尾を切ったぐらいで思い上がるな。そんな単調な攻撃で我を倒せると思うのか」

 とランブルに鼻で笑われたような気がした。


 思い切り振り下ろした攻撃が弾き返され、ウィルはバランスを崩した。


 ランブルは大きくのけぞると背びれと右目が怪しく光った。ウィルは瞬時にブレスだと思ったがもう遅い。この距離では避けることもできない。

 ウィルは悟った。これで終わった。そしてあのときと同じように、誰ひとり守れずに。


 そう思った瞬間、魔法の火の玉がランブルの胸元に炸裂した。飛んできた方向を振り向くとロアが立っている。ロアはフラフラと尻もちをついて、力なく横になった。


 不意に魔法をくらったランブルはバランスを崩した。テオがその隙を突いて横から剣で追い打ちをかけた。ランブルの右腕から血が飛ぶ。さらにひるむランブル。


 ウィルは我に返り、考えるよりも先に体が動いた。隙を与えずランブルに攻撃をする。少しずつダメージを与え追い詰める。


 ランブルはたまらず後方に大きくジャンプして間合いを取ると、再度ブレスの体勢にはいろうと体をのけぞらせた。一気にカタをつける気だ。


 しかし、テオが放った魔法の火の玉がランブルの首に当たった。大きなダメージにはなっていないが、体勢を崩させるには十分な威力だ。


 ウィルはランブルの懐に駆け寄ると、心臓めがけて一気に剣を突き立てた。剣がランブルの胸に刺さった確かな手応えを感じる。剣が中ほどまで入って止まる。まだ心臓まで届いていない。片手では力が足りない。

 横から手が出てきてウィルの剣のグリップをつかんだ。見るとテオだ。ウィルはテオと雄叫びを上げながら全体重をかけて剣を押し込んだ。剣が根元までずぶりと突き刺さった。


 ランブルは叫び声をあげながらあおむけに倒れ力尽きた。


 ウィルは急に力が抜け、二、三歩後ずさると地面にへたり込んだ。激しく肩で息をする。手が震えている。さっきまで手にあった剣は、憎っくきランブルの胸の奥深くまで突き刺さっている。ランブルから流れ出てくる血で白い花が次々と赤く染まっていく。雨がそれを洗い流す。


「やったのか……ついに……やったのか……」


 ランブルの最後の叫び声が頭の中をよぎった。人間への恨みのような、死ぬことを悟った悲しみのような、何とも言えない叫び声。胸が締めつけられるような感覚を覚え、ウィルはランブルから目をそらした。

「成仏してくれ」

 ウィルはつぶやいた。あの世はないと思っているが、ランブルには成仏してほしいと思った。


 テオが右手を差し出して立っている。

「あの魔法、ロアから習ってたんだろ。上達したな」

 ウィルはテオの手を借りて立ち上がると言った。


「知ってたの?」

「まあな。みんなの助けがあったから倒すことができた。俺一人ではできなかった。ありがとう」

「うん。あ、そんなことより、ロアが、ロアが……」


 テオはそう言うと、ロアの方に走っていく。


 ロアが魔法を放ったあと力なく横になったのをウィルは思い出した。ウィルは少しふらつきながらロアの方へ歩く。テオはロアの前でオロオロしている。


 ロアが横向きに倒れている。呼吸をしているので、どうやら意識を失っているだけのようだ。あおむけにして頬を軽くたたくと、意識を取り戻した。


「大丈夫か?」

「足をくじいたみたい。それに、体中が痛くて」

 ロアは弱々しくしゃべると、体を起こそうとした。


「無理するな。そのままにしてろ」

「ごめんなさい。あたしのせいで……」

「いいんだ。みんな命だけは無事だった。それだけで十分だ」

 ウィルが言うと、テオは安堵した表情を見せた。


「ロアを木陰に運んでやってくれ」

 テオはウィルに言われたとおり、ロアを抱きかかえ木陰へとおろした。


 ウィルはテオの後ろをふらふらと歩いてついていく。


「あれ? バディは?」

 バディがいつの間にかどこかへ行ってしまったようだ。テオはバディを探しに行った。


 ロアが木陰に寝かされたのを見てウィルは安堵し、全身から力が抜けた。木陰の手前で力なく座り込むと、そのままあおむけになった。もう指一本動かしたくないと思った。雨に打たれながら暗い空を見つめる。


 静かに雨が降り注ぐなか、ウィルはコンラッドの声が聞こえたような気がした。

 雨に湿った甘い花の香りと、鉄のような雨のにおいが混ざって、幻聴を引き起こしているのだろうか。

 コンラッド以外の人の声も聞こえた。だんだん声が大きくなる。草をかき分けてくる足音も聞こえる。1人ではない。2人? 3人? 人数はわからないが、複数いるように感じた。


 バディの吠える声が聞こえたあと、「こっちだよ」というテオの声がした。続いて数人の足音が聞こえる。


 バディがやってきてウィルの顔をペロペロとなめた後、ウィルのすぐ横で地面にお腹をつけて座った。ウィルはそのままの体勢でバディの頭をなでた。


 次にコンラッドの顔がウィルの視界に入った。幻聴でも幻覚でもなかった。数人がロアの方へと駆け寄る足音がする。


「なんとか無事で生きていてくれたか」

 コンラッドがウィルの顔を覗き込んで言った。


 ウィルはコンラッドに手を貸してもらって起き上がり、瓶に入ったドリンクタイプの滋養強壮薬を受け取ると一気に飲み干した。バディはコンラッドからもらった干し肉にかぶりついている。


「死神に嫌われてるからな。残念ながら死にそびれたみたいだ」

「そう言うな。生かしてもらったと思うんだ」

「生かしてもらう……か」

 ウィルは言葉をかみしめるように言った。


「もしかしてお前が倒したのか? あのランブルを」

「俺が倒したんじゃない。テオとロアのおかげだ」


「そうだったのか。こう言ったら失礼だが、ランブルらしき声が聞こえたとき、もしかしたらもう手遅れなのではないかという考えが頭をよぎっていたんだ」

「何度も死んだと思ったよ。二度とゴメンだね」

 ウィルは冗談めかして言ったが、本心以外の何ものでもなかった。もし、もう一度ランブルと戦えと言われても、勝てる確証などない。


「それにしても、よく捜索隊を出せたな」

 ロアの方を見ると、二年前ウィルをワナにはめたルインと賭けのまとめ役のキツネ目の男が、ロアを担架に乗せていた。

 テオが寝かされたロアに毛布を掛けた。その上に、雨よけのための蝋引きレザーのシートを三人で掛けた。


 作業を終えたルインがウィルを見て、

「誤解するんじゃねえぞ。こんな面倒なこと好きで首を突っ込んでる訳じゃねえからな。あと、これで貸しはチャラだからな」

 つっけんどんに言った。

「貸しを残したまま死なれて呪われたくないしな」

 キツネ目の男も仕方なくという感じで言った。


「オレはたまたまヒマだったから」

 ゲイルがランブルから引き抜いたウィルの剣を持ってきて言った。布で血をきれいに拭い取ってある。

 暇つぶしでこんな危険なことを買って出る人なんていない。明らかに照れ隠しだとウィルはわかった。

 コンラッドは笑顔で彼らを見た。


「みんな、ありがとう」

 ウィルは自然と言葉が出た。心の底からの本心だ。言ったあと恥ずかしいとも思わなかった。


「本当はもっとたくさんの人数で来たかったのだが。かなりもめて出発も遅くなった。すまなかった」

 コンラッドに謝れられ、ウィルはむず痒くなった。


「誰も悪くない。自分の命を一番に考えるのは当然のことだ」

 ウィルは、視界に映る白い花が自分を祝福してくれているような気がした。寒い中、下を向いてたくましく花を咲かせている姿に共感した。


 その後、無事に山を下りた。

 町に着くとロアはそのまま病院へ、ウィルはテオとバディと家へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ