第24話 わがまま
◇
夏の暑さのピークも過ぎ、少しずつ秋の気配が近づいてきた。
ロアとテオはヴィントの家へお見舞いに来た。ベッドの脇にゲイルが立っている。
「兄さん。この人たちがトゥインクリウムを採ってきてくれた人だよ」
何やら会話をしていたようだが、中断してヴィントがゲイルに向かって言った。
ゲイルは黙ったままチラリとロアたちを見て、すぐに視線をヴィントに戻した。
「さっきの話の続きだけど、僕もルシフェリオ山に登ってみたいな」
「むちゃを言うな。足手まといになるだけだ。そういうことは治ってから言え」
ヴィントは遠慮がちに言ったが、ゲイルは冷たく言った。
「そうだよね。無理だよね。気にしないで。思いつきでちょっと言ってみただけだから」
「……」
ゲイルは答えることなく不機嫌な表情をして部屋を出て行った。
「どうして山に行きたいの?」
テオはベッド脇まで行くとヴィントに聞いた。
「テオはルシフェリオ山にある十二の翼って場所を知ってる?」
「山のガイドをする依頼のときに近くまで行ったことがあるけど」
「すっごく見晴らしがいい所なんだってね」
「依頼主に配慮して一緒に行くのは十二の翼の手前までだから、そこからの景色は見たことなかったな。でも、すごくいい所だと思うよ」
「あと、願いがかなうって言われているんだよね。一度でいいから行ってみたいなって思って」
「そうだったんだね。でも、どうして急に?」
「……ただのわがままかな。兄さんにはいつも迷惑かけてるのに、これ以上わがまま言ったら怒るのはわかってたからいいんだ」
ヴィントはそう言ったものの、表情は少し寂しそうだ。
「焦らなくてももうすぐ治るわ。病気が治ったらみんなで行きましょう。それからでも遅くないでしょ」
ロアは優しく語りかける。
「うん。そうだね……」
ヴィントはうつむきがちに言った。
「もう少し楽しい話をしましょ」
ロアはつとめて明るくふるまう。空気が暗くなると病気も悪くなるような気がした。
「そうだね。収穫祭の話はどう? あとひと月ぐらいじゃなかったっけ?」
テオもロアに合わせて明るく言った。
「今日はちょっと疲れちゃったから、もう寝てもいいかな」
ヴィントはぎこちない笑顔でロアたちを見た。顔色が少しよくないようにも見える。
「疲れたときはゆっくり休むのがいいわね。今日はもうおいとましましょう」
「じゃあね。あまり気に病まないでね」
ヴィントが横になるのを確認すると、ロアとテオは部屋を出た。
帰り道、ロアとテオはしばらく黙って歩いた。
「僕ってつくづく無力だなって思う」
テオが空を見ながら言った。
「仕方がないわ。あたしたちができることは限られてる。テオが悩んだとき自分の力で乗り越えていくのと同じで、ヴィント本人でしか乗り越えられないこともある」
ロアも空を見上げる。高く澄んだ青色がどこまでも続いている。
「あ、そうだ。ちょっとギルドに用事があるから」
テオはそう言うと走って行った。
「気をつけね」
ロアはテオの背中に声をかけ、姿が見えなくなるまで立ち止まって見送った。
◇
数日後。
ウィルとテオがギルドに行くと、コンラッドに呼ばれた。ゲイルもいる。
「ちょうどいいところに来た。ちょっとここではなんだから二階へ行こう」
コンラッドの先導でギルド長の執務室へと入る。
「先日、テオから事情を聞いて、ゲイルはどうしてお金が必要なのかわかった」
コンラッドは全員を見渡して言った。
「おまえが告げ口したのか。勝手なことするな」
ゲイルはテオを睨んだ。
「ごめんなさい。困ってるみたいだったから」
「テオは笑いものにしようと思って私に言った訳ではない。私も言いふらすようなことはしないから心配しなくていい。それに、レベルに合っていない仕事をやみくもに受け続けているのは見過ごせない。このまま理由がわからないのであれば、資格を一次停止しようかと思っていたんだぞ」
「そんな大げさなもんでもないだろ」
「冒険者は何でも自由なわけではない。規律がある。そして、君はまだ若い。これから有能な一員として活躍してもらうためには、今、危険に身をさらして将来が閉ざされてはいけない。君がケガをしたら、それこそ本末転倒になってしまうとわかっているのか?」
コンラッドに言われ、ゲイルは下を向いて黙った。
ウィルはゲイルを見ていると以前の自分を思い出した。
テオと暮らしはじめた頃、誰にも相談せず手当たり次第に仕事を受けたのも、カネが必要だったからだ。ゲイルの気持ちを少し理解できた。
だからといって、同じことは推奨できない。経験があったから何とかなったが、もし若い頃、同じ出来事に遭遇していたら、どうなっていたか自分でもわからない。
ケガをしたら、コンラッドの言うとおり本末転倒になってしまう。命を落としていたら今はない。
「理由がわかって何よりじゃないか。これで一件落着か」
ウィルはやれやれといった感じで言った。
「いや、話の本題はこれからだ。テオから、ゲイルの弟のヴィントをルシフェリオ山へ連れて行ってあげたいという相談を受けたのだが」
「それはうちの問題だ。みんなには関係ない」
「そんなことないさ。友だち思いでいいことではないか。そこで、ウィルとテオを同行させようと思うのだが。どうかね? ゲイル」
「余計なお世話だ。そんなことしてくれなくていい」
ゲイルは突っぱねるように言った。しかし、顔は拒否しているというより、困惑しているようにも見える。
「君はヴィントのためにお金をたくさん稼ごうとしていたんだよね。本当にいいのかい? 今回断ったら次はないかもしれないぞ。後悔しないか?」
「夏の暑さのピークも過ぎたし、冬になる前の今が一番いい時期だと思うんだけど。友だちのために僕も何かしてあげたいんだ」
「なんでそこまで……」
「僕は無力だから、僕ひとりでは何もしてあげられない。病気も治してあげられないし、身代わりで病気になることもできない。何もしないで見ているのはつらすぎる。小さなことかもしれない、僕のわがままなのかもしれないけど、できる限りのことをやりたいんだ」
訴えかけるテオの言葉は、ただの思いつきのわがままなどではなく、うそ偽りのない気持ちだというのはウィルにも十分理解できた。
「他の仕事仲間にはこんなことは頼めない。でも、今回だけだぞ」
ゲイルは渋々といった感じで言った。
「ウィルはどうだ? お金にはならない仕事だが」
「テオがいいなら俺は構わん」
ウィルは淡々と言った。
「では、いろいろ準備があるので、五日後に出発するとしよう」
コンラッドの言葉に、ゲイルは口を引き結んだままうなずいた。テオはうれしそうにうなずいた。
ウィルは対照的な二人を見て、骨が折れそうな仕事を引き受けてしまったと思った。でも、悪い気はしなかった。
当日。
コンラッドとロア、そしてヴィントの両親に見送られ出発した。
ヴィントは背負子に座るように固定し、ゲイルが背負う。背中とお尻が痛くならないように、背負子にはクッションがついている。コンラッドが背負子を準備し、ヴィントの母とロアがクッションを取り付けたようだ。
ロバを使う案もあったが、ロバを借りるのにお金がかかるのと、ゲイルが「オレが自分の足でやらないと意味がないんだ」と言って譲らないので、この方法になった。
バディを先頭に、テオ、ヴィントを背負ったゲイル、ウィルの順で山を登っていく。
秋晴れの爽やかな風がテオとバディのバンダナを軽やかに揺らす。
ゲイルは「一人で最後まで背負う」と息巻いていたが、すぐにバテた。
「無理するな、先はまだ長い。交代しながら行くぞ」
ウィルに言われ、ゲイルは渋々腰を下ろした。
ウィル・テオ・ゲイルで背負うのを交代しながら登っていく。
無事、十二の翼の手前まで来た。木のトンネルの先から秋のやわらかな光が差し込んでいる。ウィルはヴィントをおろした。
「ここから先は2人で行け。余計な世話焼きは趣味じゃないんだ」
ゲイルはヴィントをおぶり、光の差す方へゆっくりと歩いていく。
テオはバディに水をやり、ウィルはいつものルーティーンで装備を付け直す。
しばらくするとゲイルとヴィントが戻ってきた。二人とも晴れやかな顔をしている。
ウィルはいつものガイドの依頼と同じように、何があったかは聞こうとしない。テオも兄弟の表情を見て満足したのか、詳しく聞こうとはしなかった。
その後、無事に山を降りた。
ヴィントは「ありがとう」と言ったが、ゲイルは何も言わずヴィントをおぶって去って行った。




