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第22話 バラ

 夏の暑さが増すとともに町も活気を増していく。人間だけでなく草木も活力に満ちあふれ、道端の雑草でさえわがもの顔で生い茂っている。

 仕事を終え、報酬を受け取ったウィルは、テオとバディを引き連れギルドから出た。


「ちょっと用事を思い出したから、バディを連れて先に帰ってて」

 テオが不意に言った。

「ああ、わかった」


 ウィルは、何の用事かいちいち聞かない。テオはもう冒険者として仕事をしている身なので、用事を逐一詮索するのは野暮だ。それに、用事といったらロアのところか、ヴィントとかいう新しくできた友人のところくらいだろう。 


 テオは「ウィルと先に帰るんだぞ」と言いながらバディの頭をなでた。

「行くぞ」

 ウィルはバディに声をかけ先に帰った。


 翌朝。

「もうすぐロアの誕生日だから、みんなでお祝いをしようかと思うんだけど、町のレストランでいい?」

 朝食を食べながらテオが言った。


「お前とロアの二人で行ってこい」

「もう三人で予約しちゃったんだけど」


 わざとらしく言うテオ。

 昨日の用事はこれのことかとウィルは気づき、少しいら立ちを覚えた。ウィルにとってはコソコソとやっているくだらない遊びのようなものだった。


「キャンセルしてこい」

「たまには外食くらいいいじゃん。たまたまロアが誕生日なだけだと思えば。キャンセル料がもったいないし」


 なぜ誕生日だからという理由でロアと食事をしなければならないのか。ウィルは気が乗らない。

 人と関わるのは最低限でいいとウィルは思っている。一緒にお茶を飲むようにはなったが、年に何度も一緒に食事をするような関係でもない。最近はテオだけで納品に行かせることもある。

 たまに、ロアが作りすぎて余ったからと、テオにスープをもたせることがある程度の関係だ。

 テオは笑顔でウィルの返事を待っている。


「……今回だけだぞ」

 ウィルは渋々承諾した。テオの笑顔を見ていると断れなかった。


「あと、プレゼントにバラなんてどうかな。一本は『一目惚れ』。三本は『愛しています』。五本は『あなたに出会えたことが心からの喜び』。十二本は『私と付き合ってください』。九十九本は『永遠の愛』。百八本は『結婚してください』っていう意味なんだって。ギルドの受付のおねえさんたちに聞いたんだ」


「あいつら余計なことを吹き込みやがって。そんな無駄なカネはない。どうしてもバラがいいなら。近くに自生しているバラで十分だろ」

「バラなんて咲いてたっけ?」


「秋に赤い実ができて乾燥させたやつをハーブティーに入れてるだろ。あれはローズヒップだ。ドッグローズといって、昔は、犬の狂犬病予防に効くといわれていたんだ」

「あれもバラなんだね。知らなかった。あと、ギルドの受付のおねえさんたちが言ってたんだけど」


「どうせまたくだらないことだろ」

「男性のたくましい二の腕もいいけど、キュートなオシリもいいんだって」


「男の尻がいいのか? くだらん。余計なことばっかり覚えやがって。女みたいなおしゃべりはおしまいにして剣の練習だ。まだまだ動きが甘い。ビシバシいくぞ」

 朝食を食べ終えたウィルは、さっさと片付けはじめた。


「ちょ、ちょっと待って。まだ食べてる」

 テオは慌てて残りのパンを口に放りこんだ。


 数日後。

 もうそろそろ家を出ないとレストランを予約した時間に間に合わないが、テオはバディと出かけたまま帰って来ない。

 ウィルはじっとしていられず部屋の中を歩き回る。

 すると、テオが帰って来た。


「ごめんなさい。遅くなっちゃった。ちょっと遅れるから先に行ってて」

 テオは慌てて自分の部屋へ行く。

「おい――」

「あと、花屋さんでバラを買っておいて。あとで僕も半分払うから」

 ウィルの言葉も聞かず、言うことを言って部屋に入っていった。


「しょうがないヤツだな。先に行ってるぞ」

 ウィルはドア越しに声をかけ、仕方なく家を出た。

 ウィルが予約の時間より少し遅れてレストランに着くと、ロアはもう来ており席についていた。



 レストランのドアが開くとウィルが入ってきた。テオの姿はない。

 どれくらい待っただろうか。早く来てしまったのもあるが、時間を過ぎても来ないので、このまま誰も来ないのではないかとロアは少し不安になりかけていた。

「テオは後から来る」

 普段着のウィルはロアの正面に腰掛けながら事務的に言った。


 テオにしてやられた、とロアはすぐに悟った。でも、悪い気はしなかった。

「いつもの格好なのね」

「よそ行きの服なんてはなから持ってない。まだ来ないのかあいつは」


 ウィルは落ち着かず、入口の方をキョロキョロと見ている。

 いつもと違う少しいい服を着て髪型も整えたのに、ウィルは何も言ってくれない。そして、花束も机の上に置きっ放しだ。ロアはじれったく思った。


「とりあえず、そのお花」

「そうだった、忘れてた。テオに持っていけと言われて。こんなので喜ぶのかわからんが」

 ウィルはそう言って、素っ気なく花束をロアに差し出した。ムードも何もない。


 五本の赤いバラと、その横に淡いピンクのドッグローズが五本添えてある花束だ。


「十分うれしい。これはドッグローズよね」

「うちの近くに咲いているやつを取ってきたから、ついでに入れてもらった」


「っていうことは、ローズヒップの実ができるってことよね」

「それがどうした?」


「今度、実がついたら取りに行っていい? あたしのフルーツティーにも入れたいから」

「テオに聞いてくれ。テオがいいと言ったらいい」


「あなたが来たとき、一緒に飲もうと思うんだけど」

「うちで飲んでるのに入ってるから俺は別に何でもいい」

 ウィルはぶっきらぼうに言った。


「せっかくの誕生日なんだから、もうちょっと主役に気を使うしゃべりかたとかできないの?」

「俺はいつでも誰に対しても変わらん。そもそも、俺に祝われてうれしいヤツなんていない」


「そんなことないよ」

「俺は面白くない男なんだよ」


「面白いからあなたとここにいるんじゃないわ」

「雑草みたいな人生のヤツに祝われたって、これっぽっちも価値なんてないだろ。バラのように咲き誇ることもない人間だぞ」


「雑草なんてない。それぞれ一本一本に名前があって懸命に生きている。人間から見れば動いていないようにみえるけど、彼らは生きてる」

「知るか、そんなこと。しょせん俺はその程度の存在だ。雑草じゃなけりゃバラのトゲみたいなもんだ。立派な墓に埋められるなんてゴメンだね。雑草のように死んだほうがマシだ」


 ウィルは自嘲するように言って、軽く鼻で笑った。

 ロアはそんな態度を見て、自分に言われているような気がした。

「あたしだって人並みに苦労してる。あなたみたいに好き勝手に生きてない」


「俺が苦労も知らずのうのうと生きているとでも言いたいのか? バラのトゲみたいに捨てられて生きる惨めさがわかるのか?」

「その言葉そっくり返してあげるわ。あなたはいつも、自分だけが苦しい思いをして他の人は悩みもなく生きてるって言ってるように聞こえるけど」


「じゃあ、お前の悩みは何だ。言えるものなら言ってみろ」

「言ってやるわよ。子どもが産めない女なんて生きてる価値あると思う?」


「だからどうした。一人の人間として生きていけばいいだろ。人間として生きていくのに、産める産めないは関係ないだろ」

「ふざけないで。あたしはそれで人間として否定され、捨てられるように別れた。故郷を捨てた。死のうとさえ思った」


「俺だってすべてを失って死のうと思ったさ。すべての人間関係をチャラにして死んでしまおうと……」

「あなた、死んだらどうするかちゃんと考えてるの?」


「死んだ後はどうしようもない」

「そういうことじゃないでしょ。テオのこととか、いろいろあるでしょ」


「テオなら何とか生きていけるだろ。何ならお前と生きていけばいい」

「テオと話し合ったことあるの?」


「いいや」

「だったら、そんなの勝手に決めないでよ。あたしに許可だってしてないでしょ」


「許可があってもなくても、そうなったらそうなったときで、お互い考えるだろ」

「何で男って、いつも相談せず勝手に決めるの?」


「お前が知ってる男と一緒にするな。それに、お前に相談するようなことじゃない」

「相談ぐらいしたっていいじゃない」


「他人を信用しろと? 胸を切り裂いて、何もかもさらけ出さなければいけないのか? このなくなった腕の傷跡さえも見せなければいけないのか?」

「そんなことまでしなくてもいい。でも、そうしてくれるなら、あたしはうれしい」


「ふざけるな! そんなことできるか! なぜ、わざわざ他人に醜態をさらさなければいけないんだ。まっぴらごめんだ」

「何も伝えられずに終わってしまうのはイヤ。言い過ぎて終わったほうがマシでしょ」


「必要と欲望を混同してるんじゃないのか?」

「あなたの世界に愛はないの?」


「愛は重荷にしかならない」

「犠牲を払っても得る価値がある。あたしはそんな存在になりたいの」


「他人の人生に引きずられるなんてごめんだ」

「孤独はその代償ね!」

 ロアは精いっぱいの皮肉を込めて言った。


「孤独がどうした。むしろ望んでいる。いくらでも引き受けてやるさ!」


 ウィルは席を立ち、ズボンのポケットからカネを出してテーブルに勢いよく置いた。くしゃくしゃになった紙幣。何枚かの硬貨が転がった。

 大きな足音をさせながら店の出入り口へ向かうウィル。


「あなたのお金なんかいらない!」

 ロアは立ち上がるとテーブルのお金をつかんでウィルの背中に投げつけた。

 ウィルは一瞬立ち止まったが、またすぐに歩きだした。


 ロアは周りの客から白い目で見られるのを感じながら、真一文字に口を結び、その場に立ち尽くした。こんなところで泣きたくなかった。



 家に帰ったウィルは、当たり散らすようにドアを閉めた。

 バディとダイニングにいたテオは驚いた顔をしている。

「サイアクだ。カネをドブに捨てただけだ。明日から働いて取り戻すぞ。じゃないと飯はない」

 ウィルはテオに向かって言うと、さっさと自分の部屋へ行きベッドに潜り込んだ。

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